90回目 時間を止めて
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカッ。
「これを見なさい」
薄暗い洞窟に響く、重厚な声。差し出されたのは、掌に収まるほどの小さな鉱物でした。
「不思議な色をした鉱物ですね」
光を反射するたびに、その色彩は予想できない色合いに変化します。深い海のような群青、燃えるような緋色、そして底なしの闇のような黒。虹とは違う、不協和音を奏でるような色合いが、不気味な光を放っていました。
「時間を結晶化したものだ」
その言葉に、私は息を吞みました。時を……時間を結晶化する。そんなことが果たして可能なのでしょうか。
「まさか!?」
驚愕する私をよそに、老賢者は静かに言葉を続けた。
「その色それぞれが、かつて勇者によって封じ込まれた悪魔たち」
信じがたい真実を、私はまだ受け止めきれずにいました。この美しい、しかし異様な輝きを放つ鉱物が、忌まわしい悪魔の集合体だというのですから。
「時を……止める」
「いかにも」
その鉱物は、過去の、そして未来の時間を閉じ込めていると老賢者は言います。かつて悪魔たちが世界を支配しようとした時、勇者がその力をもって彼らを封じ、鉱物の中の時間を止めたのだと。
「これをお前に託す。くれぐれも扱いは慎重にな。間違っても、逆に取り込まれたりすることなどないように」
老賢者は、その鉱物を私の手のひらに乗せました。冷たいはずなのに、熱を帯びているかのように感じられます。その熱は、過去の怨念、悪魔たちの憎悪なのでしょうか。
「憎悪渦巻く世界に、互いの信頼を取り戻すために」
最後に私は、老賢者から、この混沌とした世に新たな秩序をもたらすよう求められました。
世界は今、種族間の争い、互いへの猜疑心で満ちている状態です。
かつての勇者が、悪魔を封じ込めることで守ろうとした信頼は、今や失われてしまっているといっても過言ではないでしょう。
なぜなら、もはや誰一人として、勇者の名前も、その偉業も知りはしないのですから。
この鉱物を上手く用いることで、封じられた悪魔の力を利用して時を操り、世界の信頼を取り戻す鍵となりうると、老賢者は言います。
しかし、もちろん、その力は両刃の剣。一歩間違えれば、私自身が悪魔の憎悪に取り込まれてしまうかもしれないとも。
この重すぎる使命を前に、私はただ、両手で眼前に掲げた鉱物を眺めることしかできなかったのでした。
おわり
※試しにちょっと、この角の辺りだけ割ってみましょう。




