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88回目 故郷が教えてくれたこと

ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。  パカ

 私がふるさと納税をしてみようと思ったのは、返礼品が目当てというわけではありませんでした。先輩からレクチャーを受け、それを無為にするのも申し訳がなかったというのが本音です。


 ただ、少々の行動力で得られたその効果は大きく、自分の想像を上回るものだったのです。



 届けられた荷物の送り主欄に記入されていたのは、故郷の役場でした。故郷を出る際に、転出届を出しに行った時の事が、思わず頭の中を過ぎて行きます。


 自身で決めて申し込んだのですから、発送元が地元なのはいうまでもありません。


 ただ、どういうわけなのか、その地名の響きに、意識の下にある繋がりのようなものを感じて、ノスタルジーという言葉だけでは語れない心持ちに陥ってしまったのでした。


 言うなれば、へその緒のようなもので、かつては実際に繋がっていてい、胎内というべき場所で育てられていたんだよ、という証しを突きつけられたような感じの強い結びつきです。



 夢は諦めなければ叶う。大好きなアーティストがそう言っていました。


 強く願い、決して諦めなければ必ず。この自分がその証明なんだと。


 私はそれを信じていました。その言葉を胸に都会を目指し、私は努力を続けたのです。


 そして、そこで理解したのは、その言葉が真実であったということ。


 ただそれが、本当に強く願った者、そして最後の最後まで諦めずにいられた者だけが言える言葉だったということですが。



 どこかで諦めればよかった?


 そろそろ引き返すべき?


 私の夢は、努力の結果とともに、その都度移り変わって行きました。


 自分は何を目指していたのか、何のためにここにやって来たのか。


 まだ送り状を目にしただけなのに、忘れかけていた事柄が次々と頭の中に再生され、感情の荒波に弄ばれ、いつの間にか私は動けなくなってしまったのでした。


 しかし、それはまだ序の口。


 包装を解いた途端、私はさらに大きな郷愁の波に飲み込まれ、ついには手をついて涙までこぼしてしまったのです。



 子供の頃には、日常的に見ていたパッケージ、商品のロゴ。


 食事の場で、おやつ時に居間で、家族が集まる場所で当たり前に目にしていたものがたくさん入っていました。今でも実家に帰れば目にすることがあるものばかりです。


 他には、自分が故郷を離れていた間に開発されたのであろう新商品の数々。過疎の街であっても、魅力的な商品を創造し、人を引きつける商品を作り、街の魅力を発信しているのでしょう。


 しかしながら、それらを都会で見かけることはありません。なぜなら都会は、田舎では考えられないほどの物が溢れ返っているのですから。


 満たされることのない物欲に応えるかのように、目新しい物、珍しい物が常に入れ替わり続けるのです。



 望郷の念と同時に沸き上がったのは、無力感や虚脱感でした。


 郷土の新商品と重なってしまった今の自分。


 都会で話題にされることもなく、知られることもない。


 何も成し遂げられなかった自身の都会生活。



 ここで諦めたらどうなるのでしょうか。


 今が引き返すべき時なのでしょうか。



 生まれも育ちもこの大都会であった場合なら、果たしてこのような気持ちになったりするのでしょうか。


 単なる郷愁ではなく、故郷にまで肉親と同じような思慕を感じてしまっている不思議。



 突然、何かをしなければいてもたってもいられない気分になり、あるともわからない答えを求めてネットをさまよっていたその時です。


 すぐ近くに郷土の食材を用いた飲食店があるのを、私は発見しました。


 口コミの評価は高く、予約がないと入れない場合もあるという人気店です。ここになら何らかのヒントがあるかもしれない。


 特に裏付けがあるわけではありませんが、何らかの答えを求めずにいられなかった私は、すぐに今夜一名の予約を入れたのでした。



 お店は賑わう通りの目立つ場所にありました。これだけ入りやすい場所なら、きっと地代も高いはずです。それが提供される料理の値段にも反映されるのでしょう。


 故郷をイメージした室内装飾は、記憶にある地元の雰囲気とはかけ離れた、洗練されたお洒落な空間になっています。


 渡されたメニューの端には「方言番付」なる、地元ならではの言葉の一覧が記されていました。


 横綱、大関あたりは地元でも日常的に使いますが、それより下の番付となると祖父母世代から聞くくらいです。自分の歳がその世代に近づいた頃には、それらの言葉はどうなってしまうのでしょうか。



 カウンターに一人で座り、周囲の会話に聞き耳を立てながら、この後何を頂こうかと考えます。


 地酒は一番人気の銘柄をお願いしました。


 お店の人の話では、訪れる客は、郷土とはゆかりのない初来店の人の方が多いのだそうです。そういうことですから、リピーターがいなければ続かない田舎町の営業とは、全く異なっているのだとも教えてくれました。


 そんなお店に私が感じたのは、郷愁だけではなかったのです。


 地元と同じくらい新鮮な食材を集められるという調達力はもちろん、調理の技術力、集客力、インテリア。そして都会ならではの圧倒的な資金力でした。


 地元で味わう食材は新鮮でとても美味しいのですが、結局のところ同じ物しかありません。


 けれども都会にはこの店と同じように、地方の食材を集め、あるいは世界から食材を集めて、思いもよらない調理法で提供するお店がたくさんあります。そういった料理や素材の味を比較し、違いを感じられる舌を育てるというのは、やはり都会ならではの楽しみでしょう。


 ですから都会では、時間と、それにお金さえあれば、一人でも退屈しないでいられるのです。


 田舎では、楽しみを能動的に探さなければ、退屈から抜け出せなかったのに。



 ただ、いずれにせよ、感情を共有できる誰かがいなければ、何をしても寂しいことには変わりありません。


 たくさんの事を経験することで、本当は寂しくないフリをしていただけなのかもしれません。


 都会に目的を持って出てきたことも忘れようとしていた私は、自分と同じ様に寂しさを感じている人がたくさんいるこの場所に、一人でいられる安心と居心地の良さを感じていただけだったのだと、今になってようやく気が付いたのでした。


 そうしているうちに、自分は人間関係を煩わしいだけのものではないと、受け止められるように思えるようになってきたのかもしれません。



 お店の事、故郷の事をもっと聞きたいのですが、カウンター越しに話しかけても、返答が途切れてしまうこともしばしば。


 忙しそうにしている料理人さんに、これ以上付き合ってもらうのもどうかと考えていた頃、代わって答えて下さったのは隣のお客さんでした。私より後に入店された、年の頃は自分と変わらないくらいの異性の外国人です。


 なんでも二年ほど前に留学で、私の実家がある市の郊外にて三ヶ月ほど過ごされた経験があるのだとか。


 自然に恵まれた自然や空気感が、祖国の故郷にそっくりで、とても居心地が良かったそうです。その時感じた、地方ならではの文化や風習、人の温かさがどうしても忘れられず、再び日本を訪れるのを決意されたということでした。


 今は都会で外国語講師をしていらっしゃるそうですが、いずれはもう一度そこで、つまり私の故郷で暮らすのが自分の夢なのだそうです。


 物欲から解放されてしまえば、田舎はとても居心地のよい場所となるんじゃないかなと、その方はおっしゃいました。けれども、物欲をあおるばかりのこの国、この都市にあって、私はそれらから逃れることができるでしょうか。


 都会にあふれているものは、目で見ることができるので気が付きやすいです。しかし、田舎にもあふれているものときたら、心のゆとりや豊かさといった目に見えないものばかり。


 それを目では見えない器官を駆使して探さなければならないため、簡単には気付けないのかもしれません。


 今の私なら、それを探し出せる力が身に付いているでしょうか?そうであれば、こうして都会で過ごしてきた経験も無駄ではなかったと思えるのですが。


 それにしてもこんな都会のお店の片隅で、まさか外国の方に自分の故郷の魅力を教わろうとは思いもよりませんでした。


 今夜は地酒の味さえも、いつもより豊かに感じられます。あるいは感じられるようになっていたのかも。


 私はこの方に、もう少し故郷について話を聞かせてもらえないかとお願いすることにしてみたのでした。



おわり

※何もない田舎で、退屈せずに過ごす術を知っているあなたは、幸せかも知れません。

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