表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/100

86回目 メモリー (思い出)

ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。  パカ

「あなたは本校所定の全課程を修了したことをここに証します」


 卒業生代表が校長先生から受け取った漆塗りの黒い盆の上には、数十個の小さな黒い物体が整然と並べられていました。


 八月十五日、夏真っ盛りの体育館。もちろん、エアコンはフル稼働です。


 小中高の入学式が九月に移動してからは、どこの学校も卒業式は終戦記念日前後の最大限にクソ暑い最中に行われるようになっていたのでした。



 式がつつがなく終了すると、待機している保護者たちを体育館に残して、僕たち卒業生は各々の教室へと戻りました。


 僕たちに少し遅れて入って来た担任の先生の手には、先ほどの黒い盆が握られています。もちろん、その上に、先ほど見た数十個の小さな黒い物体が整然と並べられた状態でです。


 そして最後のホームルームの中で、贈る言葉とともに、その黒い物体は担任によって生徒ひとりひとりに手渡されたのでした。


 手渡された小さな物体。それはモバイルメモリーです。


 全長五センチ程度で、漆塗りに似せた黒いプラスチック製の表面には、金の文字で僕の名前と校章がかかれています。


 この中には、電子化された卒業証書と学生アルバム、そして三年分の成績表と身体測定記録、さらに文集など諸々のデータが収められているのです。


「みなさん、このメモリーの取り扱いについては、くれぐれも注意して下さい。昨年より個人情報保護法がより一層強化され、各校においても生徒のデータを保存しておく事ができなくなりました。ゆえにそれが唯一のデータです。各自大切に持ち帰りしっかりバックアップを取っておいて下さい」


 このメモリーに関する注意事項に続き、担任による最後の挨拶がありました。


「みなさんは、今夜半午前0時まで本校の生徒です。それまでその自覚を持って節度ある行動を心がけて下さい」


 そして、最後の起立、礼の号令をもって、本日すべてのセレモニーが終了したのでした。



 いつもなら、すぐに教室を後にしてしまうクラスメートたちも、今日ばかりは様子が違います。


 写真を撮ったり、肩を叩きあったり‥‥‥。


 教室の外で待っていた下級生たちも、この時を待ちかねたように、なだれ込んできました。どうやら、それぞれ、お目当ての先輩がいるようです。


「せんぱ~い、ボタン下さ~い。来年こそ、来年こそ、甲子園に行けるように頑張りますぅ」


 涙で顔をぐじゅぐじゅにしながら、元野球部の卒業生にしがみつく後輩の姿もありました。


 甲子園大会は、すでに女子野球部員の出場が認められるようになっていました。しかし、うちの野球部は地方予選の段階で、ほとんど女子だけのチームにも負けてしまうような弱小チームなのです。


 男子校であるにもかかわらず。


 普段ならとっとと教室を後にする僕なのですが、何だか今日は帰るのがもったいないような気がしてなりませんでした。


 もっとも、帰宅部の私に声をかけてくるような後輩はいませんから、いつも一緒に帰る友人たちと話しているだけなのですが。


 ところが、意外にもそんな僕らに話しかけてくる後輩もいたのです。


「すんません、ボタン下さ~い」


「へ?‥‥‥いいけど何で?」


「すんません、集めてるもんで、ハハハ」


 好きなだけ持って行けと言うと、彼は、遠慮という言葉を知らないかように、そこにいた全員のを全部持って行きました。


 あれを集めて一体どうするというのでしょう?



 結局のところ、普段より一時間ばかり余計に、教室で過ごしただけ。いつものメンバーで、いつもの駅までたどり着いたら、後は解散して日常に戻るだけです。


 とはいえ、みんなとこの駅でこうして過ごすのもこれが最後。そう思うと、今この時ですらどことなく大切な感じがしてならなかったのでした。


 気分も高揚していたせいか、僕たちは列車を待つホームでも、周囲など気にせず、羽目を外してプロレスの真似などして騒いでいました。


 リニアモーターカーのホームにももちろん、全面に転落防止壁が設置されています。


 ただ、過去の事故の経験から、いざという際には乗り越えられるように、壁は胸より少し低いくらいの高さに設定されていたのでした。


 僕たちはそれをロープの代わりにして跳ね返ったりしていましたが、胸のポケットにしまっていた卒業メモリーにとっては、それは都合のよくない高さだったようです。


 ロープに、いえ、転落防止壁に僕の体が当たった瞬間、メモリーはポケットから飛び出し、リニアの軌道である超電動磁石の上に落ちて行きました。


「!」と思ったのもつかの間。


「まもなく一番線に列車が入りま~す。お客様につきましては、転落防止扉が開くまではその場で待機して頂きますよう、お願い申しあげま~す」


 直後に入ってきたリニアモーターカーによって、僕の高校三年間の思い出は完全なまでに初期化されたのでした。



おわり?



 いいえ、大丈夫です。こんなこともあろうかと、メモリーは二個づつ受け取るのです。


 もうひとつはちゃんとお尻のポケットの中に‥‥‥あっ!割れてるっ!!



おわり

※卒業証書って卒業式以降で見たことがありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ