65回目 ナビゲーション
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカッ。
標識の指示を無視して、ナビの案内と周囲の車の流れに乗ってしまったのが誤りだったようです。
中古で買った車に付いていたナビゲーションの地図は十年以上前のものでした。
父の初盆ということもあって、この度の夏休みは少し長めに、会社には申請してあります。
今回の帰省は満員の電車や渋滞を避けて、旧街道をのんびりマイペースで行くつもりだったのですが、思わぬところでつまずいてしまいました。
もし隣に父が乗っていたら、女の脳は地図を理解するのが下手なんだからと、すぐに理屈たっぷりの講釈が始まったことでしょう。
『ルートを外れています。新しいルートを検索しました。100m先の交差点を左に曲がって下さい』
「っていうか、100m先に交差点ないし……」
女性の声の方が安心感があって聞き取りやすくて、案内に安心感も与えられるというのが、カーナビ開発会社の考え方なのかもしれません。
ただ、こう上手く行かない時に無機的に命令(?)されると、同性ゆえにかえってイラッとしてしまいます。
そういえば……
混乱と焦りの中で思い出したのは、ナビにしろATMにしろ、案内の声は女性ばかり。これも性差別の一種と考えられるなんて言っていた有識者の言葉。
最近の機種は、AIの生成音声で、男性の声も選択できるらしいですが、公共の場ではやはり聞き取りやすい女性の声の方が多いようです。
いずれにせよ、これだけ道を間違えまくって、なお言うことを聞かない私に対し、一切怒ろうとしないこの音声には、完全に無機的な印象しか抱けなくなっていました。
『その交差点を左方向……』
見知らぬ土地の生活道路に迷い込んだ私には、ナビの画面を見ている余裕はありません。
『ルートを外れています。新しいルートを検索しました』
道路の脇からは、自転車に跨がった子供が横断しようと顔を覗かせます。一刻も早くこの住宅街を抜けなければと焦りが募るばかり。
そんな私の耳に入ってきたのは、
『落ち着いて。次の信号機を右に入りなさい』
ナビから流れてきた父の優しい声でした。
おわり
※車のナビがくしゃみをしたのを、私は聞いたことがあります。




