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55回目 麻雀精霊記

ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。  パカッ。

「こんちわ。君が新しい寮生君だね」


 誰もいるはずがないと思った部屋で、突然後ろから声を掛けられたため、僕は実際に飛び上がってしまうほど驚いてしまったのでした。


 振り返ると、搬入したばかりの荷物の山の上から、僕より少し年上と思われる女性が顔を覗かせています。


「まさか……幽霊、ですか?」


「まぁ、そんなようなものかな。これからよろしくぅ~」


 不自然な高さから見下ろすその体は、完全に宙に浮いています。


 とはいえその状態を目にしながらも、幽霊によくある恐怖感や緊張感は、僕には微塵も感じられなかったのでした。


「よろしくって、ここに住んでいるんですか?」


「違うよ。隣の物置。君のことは歓迎するから来てよ」


「物置で暮らしてるんですか?」


「いいから、来てみて」


 そういうと彼女は宙に浮いたまま壁をすり抜けて、隣へと消えて行ってしまったのでした。


 言われるまま即座に部屋を出ると、僕は特に迷うこともなく隣の物置の扉を開けてみます。


「ようこそ~」


「いらっしゃ~い」


 中には四人の、しかも女性ばかりの幽霊がいて、全員がそろって手招きしているではありませんか。


「ここは、大学の男子寮じゃ……」


「昔は女子寮だったのよ。いいから入って」


 先ほど部屋にいた彼女が、僕の背後に回り込んで無理矢理押し込むと、物置の扉を閉めてしまったのでした。


 部屋番号の札の所には、確かに『物置』と書かれてはいましたが、部屋にあるのは麻雀卓と椅子だけです。


「さあ、座って、座って」


「でも、麻雀はやったこと……」


「大丈夫。私たちが手取り足取り教えてあげるから」


「で、私たちに勝てたら、ご褒美もあるわよ」


「ご褒美!?」


 僕はほんの一瞬だけ、良からぬ妄想を描いてしまったのですが、よく考えるまでもなく彼女たちは幽霊です。


 話を聞けば、彼女たちがそれぞれ得意としている教科について教えくれるということでした。



「そういうわけで、この隣の部屋の住人は、歴代必ず成績優秀で卒業するの」


「お隣さんだけの特権よ」


「管理人さんには、イケメンを連れてくるように根回ししてるんだから」


「そ、そうなんですか?」


「幽霊だからって私たちを見くびらないでね。これでもみんな大学の成績は優秀だったのよ」



 ワンルームマンションが主流の現在、築六十年のボロい学生寮に入りたがる学生はほとんどいません。


 部屋は数十ありますが、稼動数はひと桁。しかも幽霊まで出てくるようでは……。


「トランプじゃダメなんですか?」


「ほとんど運任せで飽きるでしょ」


「将棋、囲碁はどうです?」


「心理戦で相手のミスを誘う以外には、知力がすべてだからつまらないのよ」


「麻雀は?」


「麻雀の配牌(ハイパイ)は運まかせだけど、そこから相手の打ち筋を推理したり、どの牌を捨てれば高得点で和了(アガ)れるかとか、推理するのが楽しくて飽きないの」



 その時から僕は、そこで麻雀と勉強を教わる日々を過ごすことになりました。


「ロン。混一色(ホンイーソー)役牌(やくはい)、ドラドラドラです」


「あら、跳ねたじゃない。七翻で一万二千点。でも、点数計算でイカサマをされることもあるから、ちゃんと自分で計算できるようにもなってね」


「はい」



 僕の日課は、授業とアルバイトと麻雀、そして幽霊たちに教わりながらの予習復習。


 おかげさまで、学業の成績は優秀。麻雀もかなりの腕前となりました。


 そんな生活が一転したのは、三年生の春の時。


 寮の改築が決まったのでした。


 建て替えに必要な期間は十か月。もう、この物置で彼女たちと麻雀を打つこともできなくなるのです。


 部屋から退去する日、僕は彼女たちから大切な麻雀牌を託されたのでした。


 また一緒に打てることを互いに願いつつ。



 寮の代替部屋として入居したマンションにて、切ない思いを胸に麻雀牌を眺めていたある日のこと、紺のスーツを身に付けた見知らぬ男性が僕を訪ねて来たのでした。


「初めまして、藤田と言います。滝沢君で間違いないですね?」


「はい、そうですが」


「学生課で管理人さんに連絡を取ってもらって、あの部屋に住んでいたのが君だと確認してもらったんです。物置の隣の部屋の」


「ひょっとして麻雀の……」


「その通り。滝沢君の前に、物置の隣のあの部屋を使わせてもらっていたのが、実は僕だったんだ」


「ということは、先輩にあたるんですね」


「あぁ、そういうことだね。僕が入寮したのが6年前。滝沢君が使った麻雀牌は、僕が卒業した時に彼女たちに贈ったものかもしれない」


「そうでしたか。……あの、その麻雀牌と全自動麻雀卓、彼女たちから預かっているんですが」


「彼女たちは?」


「寮を退出させられてから、一度も会っていません」


「そうか。もしかしたら今日会えるんじゃないかと期待して来たんだが、残念だな」


「成仏してしまったんでしょうか?」


「えっ!? 彼女たちは幽霊なんかじゃないよ」


「そうなんですか!?」


「彼女たちは麻雀の精霊なんだ。麻雀の神様という響きの方が、何となく日本的で好きなんだけどな」


「麻雀の神様ですか」


 僕は彼女らの正体に改めて驚くとともに、人ではないなら幽霊に違いないと思い込んでいた自分の単純さに、恥ずかしさを隠せませんでした。


「今頃は、居心地の良い別の場所を見つけて、そこで卓を囲んでいるんじゃないかな」


「あまり居心地が良すぎると困りますね。新しい寮が完成したら帰ってきてくれるのを期待しているんですが」


「それは僕にはわからないけど、是非とも帰ってきて欲しいな」


「そうですね」


 そう言ったところで、藤田は手にしていたカバンを開き、中からパンフレットのようなものを取出しました。


「ところで君、今就職活動しているんじゃないかな」


「はい。そうですけど」


「よければ、S商事を受けてもらえないだろうか。はい、これ名詞。それと、会社の案内」


「開発部主任……ですか」


「今日突然訪れたのは、君をスカウトに来たからなんだ。君の麻雀の腕を見込んで」


「はっ? S商事さんですよね? 開発部で、何で麻雀の腕が必要なんですか?」


「詳しくは企業秘密で明かせないんだ。当然麻雀とは関係なく仕事は仕事としてやってもらうことになるんだけれど、それ以外で、どうしても麻雀が強い人材を必要としているんだ」


「接待ですか?」


「いや、そういうことではないんだ」


 結局、藤田先輩は麻雀の腕に関する秘密について、教えてはくれませんでした。


 とはいえS商事といえば、日本を代表する総合商社です。たかが麻雀が上手いだけで入れる会社ではありません。


 藤田先輩曰く、大学の成績については、彼女たちが教えているのだから、それだけで保証されているようなものだというのもあったらしいです。


 結局、僕はその申し出を受け入れ、最終的にはS商事の内定を得るに至ったのでした。



 それから約一年。四年になった僕は新しくなった寮に戻ってきました。


 もちろん、新しくなった物置部屋の隣です。


 しかもその物置部屋、たかが物置であるにも係わらず、しっかり防音がなされているのだそうです。


 僕は麻雀の腕をさらに磨くため、残り一年の学生生活を、この部屋で精霊たちと共に過ごしたのでした。


そして、藤田先輩曰く、卒業から2年経った頃、おそらく僕は次の誰かをスカウトするために、再びここを訪れることになる、ということらしいです。



つづく

※物語はまさかの第二章へwww

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