51回目 百科事典
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカッ。
人はわずかな環境の変化をも嫌うようになり、いつの頃からか地下でしか暮らさないようになっていました。
過酷な気象にさらされた地上世界は、変化に対応できたわずかな動植物たちに解放され、人が外に出ることはもうなくなっていたのです。
今とは暮らしも価値観も違う、そんな遠い遠い未来のお話。
「これは何ですか」
「百科事典といいます」
「見たことのない材質ですね」
「紙というものでできているのですが、その原料は木だそうですよ」
「木ですって?まさか。木がこんな風になるというのですか!?」」
「今では失われてしまった技術です」
「すごいですね」
「えぇ。すごいです」
「ところで、そもそもこれは何をするものなのでしょう?」
「棚に飾るものです」
「中にはびっしりと文字が書かれているのに?」
「これはおまじないの文言なのです。誰もこれを開いて読もうとする人はいなかったそうですよ」
「確かに。これだけの文を読み切ることは、できそうにありませんね」
「ですから、紫外線による外側の傷みに比して、中はきれいなままなのです」
「この小さな文字を書く技術はすばらしいですね」
「今は文字を書くということすらしませんからね」
「で、これを棚に飾る、と」
「どうです?」
「確かにモザイクの様で豪華な感じかしますね」
「それだけじゃないんですよ。壁と同じですが、防音と断熱に大きな効果もあるのです」
「なるほど」
「表紙を向けて飾らないで下さい。このように背表紙を正面にして並べるのです」
「この厚みが防音につながるのですね」
「それにこうして並べると手前に倒れにくい」
「すき間無くピッチリ詰めておけば耐震性も向上しますしね。
「昔の人の知恵ですね」
「叡智ですね」
おわり
※百科事典の中味は確かに叡智ですが。




