5回目 魔女への復讐
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカッ。
ある日、ベランダから外を眺めていたら、私はほうきに乗った若い魔女さんを見掛けました。
たまたまでしたが、向こうも私に気が付いたのでしょう。魔女さんは目で挨拶をしながら、音もなくこちらの方へと近づいて来たでした。
本当に空が飛べることに驚き、焦っている私に対し、魔女さんは穏やかな声で「ごきげんよう」と話し掛けてくれたのです。
とても可愛らしい魔女さんだったので、女同士で話ができないかと、とりあえず部屋に招き、コーヒーを入れて差し上げたのでした。
するとお礼にと、こんな申し出をされたのでした。
「よかったら、あなたにとっていらない記憶を消して差し上げましょうか? といっても、私に使える魔法なんてそれくらいしかないんですけど」
いらない記憶といわれても、私にはトラウマになるような記憶なんかありませんし、いざ考えてみると嫌な記憶であっても、自分には必要なもののように感じられてきたのでした。
そう思った時……
「この記憶を消してもらっていい?」
私は先日サブスクで見た映画の記憶を消すことをお願いしてみました。
超感動した恋愛映画だったのですが、記憶を消せたら、もう一度あの感動を味わえるかもしれません。
「いいですよ」
魔女さんに私の記憶を消してもらった直後に、今度は二人で映画を見ると、やはり前回と同じくらいの感動が得られたのでした。
ひとつの映画でこんなにお得な思いをすることはありません。お別れの前には、魔女さんにもう一度映画の記憶を消してもらっちゃったのでした。
これであともう一回映画を新鮮な気持ちで楽しめるに違いありません♪
その翌日のことです。
横断歩道の信号が変わるタイミングで歩き出そうとした私の肩を叩く人がいました。
振り返ると、そこには完全に私好みのイケメンが。
その方の視線と胸の前で小さく差された指の先は、私の行こうとしている方に向けられていたのでした。
指の示す方を振り返って、私はすぐに気が付きました。信号はまだ赤だったのです。
「ここは二本の道路が合流するところなんだ。だから信号が変わるタイミングが他所とは違うんだ」
「あ、ありがとうございます」と礼を言いながら、私はこの出会いに運命を感じていました。
デジャヴより強烈なこの光景。それよりも、まるで前世から彼の事を知っていたかのような、抑えきれない熱い気持ち。
「あ、あの……よかったら、近くでお茶でも一緒にいかがですか」
即座に口から出てきたのは、自身でも驚くほどの一世一代の告白でした。
そしてその瞬間から、この言葉から始まる今後の二人の関係について、私の心の中に次々と具体的なイメージが描かれ始めたのでした。
ところが返ってきたのは、「ごめん。この先で妻を待たせてるんだ」という身も蓋もない言葉。
(あれ?あれれ?)
おそらく私の顔は真っ赤だったに違いありません。
二人の位置関係はそのままに、信号機が青になるのを待つ時間の、いかにいかに長かったことか……。
その後家に帰り、気分を切り替えようと例の映画を見直していた時のことです。
「あっ、あっ、あっ、このシーン!」
それは主人公たちの出会いの場面。
ロケ地は今日のあの場所。そして発せられたのはまさしくあのセリフだったのでした。
つまりデジャヴでも、運命でもなく、実は魔法によって消されたはずの映画の記憶が、うっすら残っていただけだったのです。
その後、今日の恥ずかしかった出来事を再び思い出しては、私はそのたびに悶絶。
やり切れぬ思いはいつしか怒りに昇華して、私をあの魔女への復讐へと向かわせたのでした。
今度またいい映画を見つけたら知らせるから、二人で一緒に見ようねと、彼女とは約束をしています。
次回はこの作品を見せてやりましょう。
一度見てしまったら瞼の裏に焼き付いて、決して忘れられなくなるという、知る人ぞ知る最恐のホラー映画。
「前半はちょっとだけ怖いけど、最後に大どんでん返しがあって、超感動が待っているの~」とでも言ってやりましょうか。
おわり
※結局、その時の恥ずかしい記憶を、魔女さんに消してもらったのだそうです。




