41回目 盤上の駒
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカッ。
預言者は、とうの昔に見えなくなった目を見開いて、勇者に訴えました。
「その鍵を使ってはなりません。その鍵を決して使ってはならないのです」
「しかし、これを使わないことには、破壊神を倒すために絶対に必要と言われる聖宝具を手に入れられません」
「そもそも、それが偽りなのです」
「偽り!?」
「まず、聖宝具などというものは、もとより存在しません」
「まさか」
「それどころか、その鍵を使えば破壊神は確実に蘇るでしょう」
「それは一体、どういうことでしょうか?」
かつて創造神との戦いに敗れた破壊神は、体を結晶化されて七つに砕かれました。
そして砕かれた結晶は、世界七つの海の底深くに、魔法の鍵を用いて封印されたのです。
この惑星自体を巨大な魔法陣に見立てて。
けれども破壊神の力は、それですべて収まる程度のものではありませんでした。
深い海の底から念話を用いて幾多の勇者を誘導し、聖宝具を手に入れるためなどと偽って、何世代もかけて封印を解かせていったのです。
「待って下さい。私は破壊神に利用されていたということですか?」
「そうとも言えます。まもなく極限に達する世界の乱れを治めるためには、聖宝具が必要不可欠だと、あなたは教えられたのでしょう」
「そうです」
「そのようにあなたに語ったのは、創造神自らですか?それとも他の預言者?」
「…………」
「よろしい。最後の封印を解く鍵を手にしたあなたに、改めて私が真相を話しましょう。あなたは単に破壊神に利用されていたわけではありません。例えていうならば、あなたは神々が操るゲームの駒なのです」
「ゲーム?」
「はい。破壊神と創造神がプレイしているボードゲームの駒みたいなもの。そうお考え下さい」
太古の昔、二つの神が争っていました。
その戦いに勝った方が創造神を名乗り、この世界を一から作り上げたのです。
一方、負けた方は世界に災いをもたらす破壊神として貶められ、封印されてしまったのでした。
しかし、元々互いの力は拮抗しているのです。
破壊神は、あらゆる手を講じて中から封印を解く方法を探しました。そのために利用されたのが、歴代の勇者たちだったのです。
破壊神といえども、元は創造神と同じ力を持った神。復活したあかつきには、再び争いが始まるでしょう。
もし破壊神が勝てば、世界は一度すべて破壊されます。そして、破壊神は創造神となって、新たな世界を創造し始めるでしょう。
一方、負けた創造神は、新しい創造神によって、破壊神として封印されることになるのです。
新しい世界というのが、どのようなものになるのか、それは新しい創造神のみが考えうることなのです。
「あなたは、世界を一から作り直して欲しいですか?」
「いいえ。歴代の勇者たちを利用した破壊神を、私は認めることができません。それに、私を支えてくれた人々の思いを裏切ることなど、決してできようはずありません」
「わかりました。そうであれば、その最後の封印の鍵を私にお預け下さい」
「どうするのですか?」
「破壊神の手に渡り、最後の封印が解かれぬよう管理します。代わりにあなた方には、残り六つの鍵をお渡ししましょう。これを使って、歴代の勇者が開いた扉を再び封じて頂きたい」
「わかりました」
「そしてこちらが、封印の扉の位置を示す地図です。ただ、世界の六つの海にある扉を探して、さらに封じるという旅は、封印を解くための旅よりも、はるかに容易ならざるものでしょう」
「覚悟はしています」
「破壊神に気づかれぬよう慎重に、くれぐれも注意して行動するよう心がけて下さい」
「はい」
「もし、気が変わって、世界を一から作り直したいと考えるようになった時には、再び私を訪ねて下さい。この最後の封印の鍵をあなたにお返し致しましょう」
「……わかりました。心に留めておきます」
勇者が出ていった部屋で、預言者は一人つぶやきました。
「何が歴代の勇者だ。すべての封印を解いて来たのは、この私じゃないか」
彼が話さずとも、遅かれ早かれ勇者は真実にたどり着いたでしょう。その時、必ずや勇者は破壊神の復活を拒むに違ありません。そうなれば、破壊神の復活が遠のいてしまうのは否めないのです。
嘘を信じさせるには、その話に多くの真実を織り込まねばなりません。勇者に渡した六つの鍵と地図は、いずれも本物でした。
預言者は、勇者から預かった最後の封印の鍵の感触を手で確かめました。
「これからは時間との勝負になる。勇者がいずれかの扉を封印するより先に、この鍵で最後の封印を解かねばならん。破壊神の復活は、必ずやこの手でなさねばならぬのだ」
預言者は支度をするために、部屋を出ようとしました。
ところがが、どうしても扉が開きません。
部屋の扉は、勇者が掛けた魔法によって固く閉じられていたのでした。
おわり
※『復活させてくれたら、あなたと結婚してあげる♪』と、預言者は言われていたようです。




