32回目 不可能犯罪
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカッ。
「犯行現場は、実はほぼ手付かずのままです」
警察署長に促されて入った部屋に、名探偵は怪しげな点を見つけられずにいました。
穏やかな日が差し込むベランダへと通ずる両開きの扉は、完全に開かれています。
犯人や被害者がいなくなるのであれば、二階のベランダから落とすか、飛び降りる以外に道はありません。
現場保存主義、証拠第一主義といった概念がまだなかった時代であるにもかかわらず、部屋はそのままの状態で保存されていました。
「犯人はこの部屋からどうやって逃げたのか?いや、その前に被害者はどのようにして連れ去られたのか?いやいや、そもそもこの事件は、誘拐なのか殺人なのか?」
探偵は手にもっていたパイプをくわえ直し、消えそうになっていた火種を復活させました。
「不可解な点と言えるかどうかわかりませんが、部屋の奥にあったはずのソファーが、事件後ベランダ側に移動していたというのを奉公人が証言しています」
署長は、ソファーが移動した経路を探偵に示しました。
「床に跡が付いていないね。一人で動かすにはそれなりの重量がありそうなのに」
今のところ証拠らしい証拠といえるのは、移動したソファーと、扉の付近に落ちていた紳士物の上着と靴。
その所有者が最初の被害者で、消えたのはこの屋敷の主人でした。そして、その次が奥方。
出かける予定があるのに、いつまで経っても部屋から出てこない主人を心配し、部屋に入った奥方が小さな悲鳴だけ残して消えました。
奥方の悲鳴を聞いて駆け付けた奉公人が、すぐに警察に連絡。
そして訪れた二人組の警察官のうちの一人が、部屋を捜査中に、またしても消えてしまったというのです。
都合三人。
ソファーが動かされたのは、この後のことと思われます。
以降、誰もこの部屋には入りたがらなかったのですが、部屋の前や庭など至る所に警官を配置し、人の出入りについては注意深く見張っていました。
探偵が来るまでの数時間、部屋からは物音ひとつ立たなかったといいます。
誰かがこの部屋に潜んでいるわけでも、被害者が隠れているわけでもないでしょう。
「少し一人で考えさせてください」
探偵は部屋に一人残ると、全体をゆっくりと見渡しました。
くわえたパイプから甘い香の煙を漂わせながら、探偵は開かれた扉の脇にあるソファーに腰掛けてみます。
「このソファーが勝手に歩いたとでも?」
肘掛け付きの総革張りで、少し固めですが包み込まれるような座り心地でした。
(おや?視界が……)
そう思った次の瞬間、探偵は尻から体を二つ折りにされるようにしてソファーに喰われてしまいました。
これで四人目。
事件は未解決なので捜査は続きますが、この話はここで終わります。
おわり
※事件の顛末もさることながら、食べられた人たちがどうなったのかが気になります。




