3回目 言葉の質量
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカッ。
「あの星を見て」
男性がピンと伸ばした指の先の星を、彼女はじっと見つめました。
男性は、その手をゆっくり開いた直後にぐっと握りしめると、そのまま彼女の顔の前に持ってきて、再び開いて見せたのでした。
すると、何もなかったはずの手の中に、その星と同じ色の宝石が付いた指輪が現れたではありませんか。
「俺と結婚してくれ。この先お前を幸せにできるかどうか分からないけど、とりあえず俺が幸せになれる!」
「えーっと、手品使って最高にキメてるみたいだけど、なんか軽いのよねー。言葉が」
「まぁ、場所が場所だからかな?」
スペースコロニーは自転することによって、その内部外縁に遠心力を生み出し、地球でいうところの重力の代わりとしています。
しかし、今二人がいる場所は、遠心力の生じない自転軸の中心。無重力アミューズメント・エリアだったのでした。
早い話が、スペースコロニーの中心で愛を叫ぶと言ったところでしょうか。
「でも、だからって言葉にまで重さがないなんて、なかなかありえないセンスよ」
「『E=mc2』 アインシュタインの相対性理論によって導きだされた公式だ」
「何それ?突然に」
「エネルギー(E)は、質量(m) × 光速度(c) の2乗。ようするに、これだけのエネルギーをもって発せられた言葉。それはつまり相当の質量を持っているということだ」
「ようするに言葉のエネルギーを質量に変換ってことね。一体どれほどの重さになるのかしら?でも、いくら質量を持っていても、重力がないと重みを感じられないのよ」
「この場合、重力イコール俺の思いだ」
「1G?」
「うん。あまりGが強いと、思いに潰されてしまうからな」
彼女は何となく、無重力エリアに設置されている手すりを離して両手を広げ、宙に浮いて見せました。
「だからよく聞いてくれ。俺には後世に伝えなければならないことがたくさんある。人類の伝統文化、日常生活、人の優しさや思いやり。だが、この言葉だけは君以外の人に伝える気はない。『愛している』」
「なんか今度は無駄に質量だけ感じるんだけど」
「これからずっと君と二人で歩んで行きたい。君の残りの人生を俺にくれ」
「ブラックホールに吸い込まれそう」
「代わりに、この星と……いやこの指輪と、俺の人生を君にあげるから……」
「そうねぇ、とりあえず指輪にだけは質量を感じられるかしら」
「俺の人生の質量は、指輪の質量に負けるのか……」
「それはこれらのあなた次第よ」
彼女は、彼が手にしている指輪に、自身の左手の薬指を差し込みました。
無重力の中、男性は彼女の手の力に押されて離れそうになるのを、慌てて手すりを掴む手に力を込めて留まると、指輪が動かないように、指が差し込まれるのをサポートしたのでした。
「言葉は『質と量』よ。たまにしか発せられない心に響く一言も大切だけど、その都度相手への思いやりを伝えるのも大事なの。だからこれからは毎日私を一回以上褒めること」
「かしこまりました、我が姫よ。これからは朝に夕にあなたの美しさと栄光を称えましょう!」
「やっぱり…………軽い」
おわり
※幸せとは相対的なもの。絶対的に恵まれているから、何不自由がないから幸せ、とは限らないのです。
というか……そうらしいです。