27回目 ハンバーグ
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカッ。
具体的な店名はわかりませんが、そこはどこかのレストランでした。
テーブルに付いた私の目の前には、大好物のハンバーグが置かれています。
誰かと一緒に来ているような気がしますが、今はハンバーグのことしか頭にありません。
とりあえずフォークとナイフを手に取り、まずは端からひと口のサイズに切り分けます。
ナイフでソースを整えると、フォークで突き刺し、口へと運びました。
口の中で解れていくミンチ肉の触感、さらにソースと肉汁の濃厚な味を感じます。
ところが、それらが喉元を過ぎた途端、口から喉にかけて焼き付くような熱さに変わったのでした。
そしてすぐに、空気が気道を通るだけで鋭い痛みを感じるようになったのです。
息をすることもできず、もだえる私の耳元で低い男の声がしました。
『いい気味だ。恨むなら君の友人を怨むがいい』
その声に驚き、僕はうつ伏せていた机から頭を上げると、一瞬ですべてが夢だったことを悟りました。
大学の学科試験の勉強中に、うっかり寝落ちしてしまっていたようです。
ただ、何かを暗示するような、リアルでとても嫌な夢でした。
それから二日後、試験を終えて、そんな夢を見たことなどすっかり忘れてしまった頃、僕は男友達三人と遊びに出かけていました。
問題が起こったのは、その時、休憩を兼ねてお昼に寄ったレストランにおいてです。
注文を終えた後、しばらくしてから僕は用を足しに行きました。そして、自分の席に戻って来た時には、すでにテーブルには料理が届けられていたのでした。
ところが、席に着いた瞬間です。僕はあの夢が、予知夢であったことに気づいてしまったのです。
目の前にあるのは、あの時に見たハンバーグそのもの。置き方もまったく同じ。
夢で体験した口から喉にかけて焼き付くような熱さが、体内に甦ってきます。
とりあえず四人全員の料理が揃ってから食べ始めたのですが、僕だけは冷や汗をかくばかりで、なかなか料理に手が付けられません。
「どうした?食べないのか」
向かいの友人が、僕の異変に気付いたのでしょう。
「あぁ、ちょっと体調がな」
「大丈夫か?」
「うん。一応」
お店の人が料理に毒を仕込むとは考えにくいです。
とすると私がトイレに行っている間に、この三人のうちの誰かが料理に毒を仕込んだのでしょうか。
『恨むなら君の友人を怨むがいい』
あの声が頭の中をよぎって行きました。
あるいは、この三人が共謀して?
いつまでも料理とにらめっこをしていてもしょうがありません。
ひとまずフォークの先に、ソースを付けて舐めてみることにしました。
味に不振な感じはありませんし、しばらくしても、喉に違和感など感じません。
そういえば、夢で食べたのはハンバーグ自体でした。
おそらくライスや付け合わせにまでは、毒仕込まれてはいないでしょう。
用心しながら私はそれらに手を付けてみましたが、やはりそれらに異常はありませんでした。
とすると、やはり毒はハンバーグに……。
とりあえず僕はハンバーグを一口分、切り出しました。
けれども僕は、どうしてもそれを口に運ぶ気にはなれません。
おそらく毒を盛った奴は、僕がなかなかハンバーグに手を付けないのを見て、ヤキモキしているに違いないでしょう。
「それ、食べないのか?」
再び向かいの友人が話しかけてきました。
そんな風に言いながら、実は早く食べるように促しているのでしょうか。
「あぁ、ちょっと腹の調子がな……」
「じゃあ、もーらい」
遠慮のかけらもない向かいの友人は、そういうより先にフォークを伸ばして、一口に切ったハンバーグを食べてしまいました。
「あっ」
僕は驚いて声を上げましたが、それを飲み込んだ友人に何ら変化は見られません。
残りのハンバーグも、友人たちが分けて食べたのですが、結局何かが起こることは無かったのでした。
夢で見たハンバーグと同じだったのは、チェーン店ならではの同じ調理、同じ配膳だったからでしょうか。
友人たちを疑い、異常なまでに警戒していた自分自身を、なんだか哀れに感じます。
「ところでさ、今度またみんなで映画観に行かない?」
向かいの友人が言い出しました。
「一昨日?ラジオ聴きながら試験勉強をしてたんだけどさ、もうじき公開の映画の宣伝やってて、これが良さそうなんだよ。CMのさ、『いい気味だ。恨むなら君の友人を怨むがいい』っていう声が無茶苦茶渋くてさ」
そういえば、そのラジオ番組、僕も半睡状態で聴いてましたっけ。
おわり
※日常に潜むサスペンス。 いつの日か笑い話になるといいですね。




