20回目 一番大切なもの
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカッ。
「私と取り引きをしないか?」
こういう得体の知れない奴は、たいてい寝入り端の思考力が低下した頃を狙って来るものです。
「取り引き?」
「君の願いを何でも叶えてやろう」
一方的な取り引きを持ち掛けてくるいつもの奴らとは違い、今回はどうやら格上の存在のようです。
「何でも叶えるって……。例えば世界から戦争を無くして欲しいとか」
「もちろん可能だ。この世から全ての人間を消してしまえばいいだけだ。ただ、世界に一人取り残された君は、そこで一体何をするのかな?」
やはりこのような奴の言うことなんか、信じるべきではありません。
そもそも、本当にそれほどの力があるものかどうか。
「取り引きなら、願いを叶えるために必要な交換条件があると思うんだけど」
「もちろんある」
「それは?」
「君にとって一番大切なものを頂こう」
「自分にとって一番大切なもの? 何だろうな」
「それを決めるのは君ではない」
「何だって。一体何を取ろうって言うんだ」
「それは秘密だ」
「何かわからないまま、自分はそれを失ってしまうということか」
「何を失ったかわからないのだから、恐れや不安に襲われることもないだろう」
「命とか?」
「命ではない」
「では肉体的、あるいは精神的な何かか?」
「クイズではない。ヒントなど出さない」
「そうかわかった。確かに自分には叶えたい夢がある。その大切な夢を叶えておいて、その結果を奪おうというんじゃないのか?」
「そんな天の邪鬼のようなことはしない」
「じゃあ、自分にとって一番とは一体何なんだ。逆に一番ではないものとは何なんだ」
「どうする? 君でさえ知らない、君の一番大切なものを、私は譲り受けたい。そのために叶える願いだ。どんな願いでも構わない」
私は必死になって考えました。
自分にとって一番大切なものとは何なのか。
いま持っているものなのか、あるいは将来手に入れるべき何かなのか。
「悪いが、少し考えさせてくれ」
「いいだろう。明日の朝にまた聞きに来る。それまでにどんな願いを叶えたいのか決めておいてくれ」
結局、私はそのまま一睡もできずに朝を迎えたのでした。
自分の一番大切なものが何かわからないまま。
そして叶えたい願い事が何なのか決まらないままに。
しかし、翌朝になっても、さらにそのまた翌朝になっても、奴は現れて来なかったのでした。
おわり
※結果的には良かったんじゃないでしょうか。二番目に大切なものなら、あげてよかったかもしれません。




