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19回目 嫉妬

ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。  パカッ。

 行きたいところがある、見てみたい景色があると言われ、疑いもなくついて来たのがここでした。


 まさかこんな所に断崖絶壁があっただなんて。


「お願い。ここで一緒に死んで欲しいの」


 私の左腕は、彼女の両腕でしっかり抱え込まれています。彼女の体重も掛けられたこの状態を、私の力だけで解くことはできません。


「冗談……なのか?」


「いいえ、冗談なんかじゃない。私は本気よ」


「まさか」


「まさかなんてことはないでしょう? あなたが他の人と一緒に過ごしているのが、もう私には耐えられないの」


「ちょっと待て。こんな話は聞いたことがない」


 それもそのはず、人命を何より尊重するはずのアンドロイドが心中を持ちかけるなど、今まであり得なかったのですから。


「私だってこんな事したくない。でもそうしないと、このまま正気でいられる自信がないの」



 アンドロイドとの婚姻はまだ認められてはいませんが、私たちは事実上の夫婦として過ごしていました。今の時代にはよくある事です。


 ただ、常に忠実だった彼女を妻などと口にしながら、私は人としてきちんと向かい合ってこなかったことに、この状況になって初めて気がついたのでした。


「君の優しさに、僕はどうやら甘えすぎていたようだね。何でも許してくれるなんて思って、君が傷ついているのに気づいてあげられなかったなんて。僕は夫として失格だね」


「ごめんなさい。私こそ、こんな事をしてあなたを傷つけてしまって」


 彼女はその場に泣き崩れ、私を巻き込もうとしたことを大いに詫び続けていました。


 私は私で、彼女を追いつめてしまったことを深く反省し、元通り二人で暮らそうと、あらためて約束をしたのでした。



 プログラムとしての感情を組み込まれたアンドロイドが、嫉妬を抱くことがあるということは承知していました。


 小さな嫉妬は、相手がアンドロイドであってさえ、時に愛おしさを感じさせてくれるのです。


 しかし、原理的に最上位として組み込まれているはずの『人命の尊重』を上回るまでの嫉妬心を抱くというのはどういうことでしょうか。


 どうやらこれが、昨今世間を騒がせているコンピューター・ウィルスの仕業だと、この時ようやく私は気が付いたのです。


 症例はまだ多くはないらしいですが、将来的に社会に大混乱を招きかねないので、早めに検査をするようにと通達が来ていたのを思い出しました。


 ウィルスの名は "正義"


 その名の通り、感染した者は自己基準による判断で、正しいことを執行するようになるのでした。


 正義に目覚めた個体は、検査やワクチンを拒みたがるという副症状が、事態の対処をとても困難にさせているのです。


 各個体ごとに異なる価値観を育んできたアンドロイドは、それぞれが違う正義を持ち、時には端から見て融通が効かないと思えるくらいに、正義の執行に固執するようになってしまうということでした。


 しかも、見た目には感染しているかどうかが分からないため、所有者ですら、アンドロイドが何か事を起こさない限りは、感染に気付けることがないそうです。


 今回の心中もそうです。彼女なりの正義に基づく判断に一人悩み、そして彼女なりに考えた正義を実行することを選んだのですから。



 私があの時、あらためて彼女を妻として受け入れなかったら、どうなっていたでしょう?


 これからの彼女への態度について、改めて考えてみる必要があるようです。


 例えばですが、アンドロイドの不倫などということも、この先は頭に入れておかなければならないような状態になったりするのでしょうか?


 そういえば一ヶ月後は彼女の誕生日でした。何をプレゼントするべきか、今から考えておかねばなりません。



おわり

※不倫をするというのも、各個人の正義の定義次第では、正しいと言えたりするのでしょうか。

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