17回目 この世界の片隅で創作する人たちへ
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカッ。
世界で今一番ヒットしている曲らしいですが、私は知りませんでした。
ヒットしている割に知られていないのは、この国のメディアで取り上げられる機会が少ないからでしょう。
世界で大ヒットしている映画もそうです。興味を持たなければアンテナにも引っ掛からず、知らないままブームは去ってしまうのでした。
隣で作業をしている彼の、外したヘッドホンから漏れてくる音を聞いて、私は初めてその妙なリズムを知りました。
(あぁ、これが今、世界で流行っているのか)
洋楽に触れて来なかった私にとっては、まるで別世界の音楽のようです。
今世界で話題になっている最先端のファッション・ブランドも、私は知りませんでした。
ファッションについては、自分の仕事柄少々敏感にならなければいけないはずなのですが……。例えばデザインによる時代設定や、衣装によるキャラクターの性格付けは重要ですから。
オシャレでいるためには、常に気を使っていなければならないと思うのですが、人に見られる仕事でない以上、努力は別の方向に向けていたいのです。
近くの料理店が、世界的に有名なガイドブックで、★を三つ貰ったのだそうです。そういえば、仕事の付き合いで行ったこともありました。
ただ、『美味しい』と『すごく美味しい』の間に、これだけの値段の差があるのだと考えると、合理的に考えたがる自分には『食通』となれるほどの、時間的、金銭的、心理的ゆとりが無いように感じてしまいした。
個人的には部屋着でジャンクフードでいる方が、創作意欲を維持していられるような気がするのです。
スポーツは苦手なので、見る機会もする機会も少ないのですが、体になんらかの変化を感じるようになったら、自然と始めるものなのでしょうか?
こればかりはわかりません。
隣の彼は、時折腕の筋肉を見せびらかしては、「監督も少しは体を動かした方がいいですよ。健康な体から、いい作品は生まれますから」と茶化してきます。
価値観というと少し違うのかもしれませんが、自分を表現したい方向というのは、誰もが必ず違っていると思います。
性格であったり、幼少期の体験であったり、そういったものが自分の中で交じり合い、自分は何によって、どういった方向で自分を表現するかを決めるのでしょう。
「監督、最終回の絵コンテは上がりましたか?」
いつものように、彼は私のデスクを覗き込みました。その目は、少しだけ疲れているようでしたが、期待に満ちて輝いています。
「たった今、出来たばかりだ」
描き上げたばかりの絵コンテを彼に渡しました。表紙には、私が手描きした最終回のタイトルが記されています。
「すぐ製作に回します」
彼が絵コンテをめくりながら、つぶやきました。その指先が、緊張でかすかに震えているのがわかります。
「君の……」
「はい?」
「好きなアニメは何だって言ってたかな」
特に意味はありませんでしたが、作業から解放された反動でしょうか。私はふと彼に聞いてみました。
「僕はこれです」
彼はスマートホンの画面をこちらに向けて見せました。
「待ち受けにしてるのか」
「自分の原点を忘れないためです。流行りを知ることも大事ですが、本当に好きなものを忘れては元も子もないですから」
彼の言葉に、私は少しだけ驚きました。彼は流行を追う人間だと思っていましたが、その根底には、揺るぎない『好き』があったのです。
「そうか」
「監督は?」
「俺はこれだ。発射音を着メロに使ってる」
「へぇ。筋金入りですね」
「まぁな。この音を聞いた誰かが反応したら、その人との会話の糸口に使えるしな」
「そういう使い方もあるんですね。それは画面じゃ無理だな」
「しかも、重要な会議の前には、必ずマナーにすることを忘れないでいられるし」
「で、僕の好きなアニメを聞いてどうするんですか?」
「今回の作品をどれほどの人が見てくれるのかなんてことを、考えてたらね」
私たちの創作は、この世界の片隅にある小さな作業机から生まれています。
世界でヒットする曲や映画、ファッション、料理、スポーツ。そういった華やかな世界の片隅で、私たちは黙々と物語を紡いでいるのです。
「反応は良いみたいですしね。最終的に劇場版につがるくらい人気が出てくれたら、ありがたいんですけどね」
「何言ってやがる。この最終回の絵コンテ見て泣いてるヤツが」
鼻水を垂らしながら笑う彼の横顔に、私は確かな手ごたえを感じていました。
私たちそれぞれの『好き』が、この物語には込められています。
それはつまり、私たちの物語が、誰かの『好き』になることを願っているということなのですが。
おわり
※好きなものを他人にとやかく言われると、ネガティブな感情を抱いてしまうもの。それがわかる人であれば、逆に他人が好きだというものに、とやかく言うことはないと思うのです。