1回目 占いの街
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカッ。
普段はそのような人を見かけても声を掛けたりしないのですが、今日に限って何故か引き留めたいと思ってしまったのでした。
「およしなさい」
雑居ビルの屋上に設置された背の高い金網を越えようとして、青年は両手と片足をかけたところでした。振り返ったその表情には、驚きと戸惑いと苦悩が入り混じっています。
「よかったらあなたの事を占ってあげるわ。ついていらっしゃい」
タバコを消して立ち上がると、私はビル内につながる扉を開きました。
屋上はこのビル唯一の喫煙スペース。
金網越しに吹き付ける冷たい北風が、待ちに待った冬の到来を告げています。
「外の方が気持ちいい」
私は青年をいざなうと、半分失われたような生気を背中で感じながら階段を降りたのでした。
雑居ビルの3Fは、大フロアが簡易な壁材で仕切られ、四畳半ほどの小さな店がたくさん連なる窮屈な商店街のようになっています。
手相、風水、四柱推命、占星術の看板が並ぶ、そこは"人ではない者たち"が集う占いの街。
ホームレスでさえキャッシュレス・カードや身分証明を持つ今の時代、戸籍を持たない妖怪たちにとってはかなり生きにくい世の中になっていました。
ただの妖怪ならば、もといた異世界に帰ればよいだけなのですが、ここに暮らす彼らには帰るに帰れない事情があるのです。
そんな状況にあってこのビルだけは、オーナーの深い理解の下、曖昧な者たちであってもなんとか暮らすことができたのでした。
「あなたの運勢は今日を限りに好転します」
私はタロットカードを繰り、示された啓示の通りを青年に伝えました。
「さっき私の前に現れなければ、喜びに満ちた未来を知ることも体験することもなかったでしょう」
青年は半信半疑の表情のまま、私の言葉を聞いていました。
私は占い師ですから、何が彼を屋上へと駆り立てたのか聞くことはしません。ただ、それもいずれはひとつの思い出に変わっていくと占いには出ていますし、実際そうなっていくでしょう。
「代金はいりません。今回は私が誘ったのだから。でも何か相談したい事、話したい事があったら、必ずまた来るように」
礼を言って帰る間際の青年の笑顔は、私にとってかけがえのないお代となりました。
「ええ男じゃったの」
「おババさま!」
「お前のお父さんにそっくりじゃった」
そう言ったのは隣の店で、奇問遁甲を操り占う老婆でした。
「そうかしら。そうかもね。お母さんと好みが似てしまったのかもしれないわ」
「雪女と人の男の間に産まれたお前さんは、彼岸に行くことも出来ず、此岸で暮らすこともままならず。ほんに難儀な宿命を負ってしまったものじゃの」
「それはお互いさまでしょ。おババさまこそ砂かけ……、あぁっ、私のお店の中にまた砂を撒いて!」
「すまんのぉ。歳のせいか、すぐ漏らしてしまうんじゃ」
おわり
※本人の名誉のために記しておきますが、漏れ出た砂は決して排泄物の類ではありません。
(今後、あとがき欄に時々、このような一言コメントが入ることがあります)