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SAKICHI  作者: ていきょー
9/15

#9 カレンノ

「はあ?中国マフィア?そんなもん、腕っぷしでどうにかなる。なんせ、この世は筋肉だけが正義だからな。」


「お前はホンマに・・・」


黒ぶちのタロはヨカゼの旦那。

この間の事務所の中華系の男が何やら電話をしてコンタクトをして、和夫という男を新宿に向かわせていたことが、俺の頭から離れなかった。それを一緒に何とかしないかと相談にきた。

タロは、どこかの土地から一匹オオカミで流れてきた、まさに漢の中の漢だ。腕っぷし一つで何とかやってきたらしい。確かに、強い。俺とは気が合ったせいか、まだこいつとは戦ったことは無いから分からないが、実力は確かだと確信していた。


「筋肉いうてもやな・・・チャカ弾かれたら終いやで?10匹も子供おんねやろ?」


「こいつらはもう、ヨカゼにまかしておけばいい。俺とヨカゼのどっちかに似て、強く育っている。なあ、マシンよ。銃弾やチャカなんて、腕っぷしでひねりつぶせばいいだけの事だよな。」


「ごろにゃぁ。」


マシンはヨカゼとタロ家族の十匹の子のうちの一匹。次男坊で、四つ子姉妹が生まれた9か月後にできた、六つ子のうちの一匹。ヨカゼがその子らを引き連れて、やってきた。


「よし、そろったねぇ。点呼!」


「にゃあ!」


「ぬぅぁ。」


「ごろにゃぁ」


「にゃーあ。」


「ニャニャッハ!母様!」


「うちこういうの嫌い。取り合えずおなか減ったから早く飲ませてーだるー」


このつがいの子供たちの名前は、アドカ♀、カレン♀、サミノ♀、タフエ♀の四つ子と、ナソエ♀、ハラデ♂、マシン♂、ヤドナ♀、ラレン♂、ワミコ♀の六つ子だ。まだどうにも顔と名前が一致しない。耳と足だけが黒かったり、鼻のあたりだけが黒かったり、しっぽがシマシマだったり。黒猫と黒縁がまざると様々、個性豊かになるんだなと、つくづくそう思う。こいつらを見ていると。


特に最初の四つ子の四姉妹とは、うちの妹分、三毛のミッケが特にかわいがっていて、すっかり姉さん肌だ。


「特にこいつは見込みがある。体格がいい。一番ヨカゼが生むのに苦労した巨漢の肉体派だ。なぁ、マシン。もっと鍛えてやるからな。ほら、ササミは旨いか?」


タロは肉屋の猫だが、ほとんどその人の家には帰っていない。飼い主である店の店主が「猫は自由にしてろ」と、何をしてようと干渉しない人柄だ。しかし、タロとヨカゼと子供たちが暮らしている、神社の傍の雑木林の巣のことは知っていて、毎日ササミを持って行っていく優しいおやじだった。

マシンはそれを、バクバク食う。まだ生まれて数か月なのに、確かにデカい。


「それで、佐吉よ。うちの旦那になにか用でもあったのかい?・・・おーよしよし分かったからしっかり頬張んな!」


「みゃああ!」


ヨカゼの腹の横に、下の六つ子の内、5匹が群がる。だが、マシンだけはササミを貪る。既にムキムキだ。こいつの筋力はタロの親父を超えるかもしれない。


「元気に育っとんな、子供たち。」


「そりゃそうさ。あたい達の子さね。」


「上の4匹は?」


「・・・んー、今は多分、そこの裏山の頂上のちっちゃな神社でいろいろ学んでるよ。上のその4姉妹は霊感が強い。特にカレンは・・・あの子は何か大きな運命を抱えてこの世に舞い降りたんだろうねえ。」


そう、ヨカゼの次女、カレンからは生まれたての頃から俺には何か感じるものがあった。遠い昔の、懐かしい記憶の、あのカレン。拐われた、前世の幼馴染のカレン。おそらく生まれ変わりだと、すぐに分かった。運命か、ヨカゼがインスピレーションで付けた名前に一致している。


「あの子は猫見知り(人間でいうところの人見知り)だが、怨念の操術には毎回驚かされる。開眼もしていないのに、既にどこぞの西欧の騎士や、野蛮のような奴らを従えててね。カレンに整列!って言われようもんなら、この子たちも即座に直立のエジプト座りさね。長女のアドカの引けを取らないわさ。」


うわぁ・・・なんか目に浮かぶ。


前世のカレンも人見知りだった。しかし人を見る目は確かにあった。あの誘拐後にどのような人生を送って、パリのあそこに立っていたのだろう。


ーーーー。


「お父さん!お父さん・・・!ねえ!どうしてこんなことするの!私をさらってどうする気!やめてよ!!!ガブッ!!!!」


暴れるカレンの母が目の前で殺されたのを目にしていたからか、さらにパニック状態だ。


「いでででで!!!!おい!暴れんな!!ハリス!この小娘を縛り上げろ!」


「うきゃああああ!!!!」


カレンは馬車の中でのたうち回る。

馬車の骨組みに縛られ、蛮族の拠点につくまで、喚き暴れることを最後まで止めなかった。涙も止まらなかった。体格だけ異様に大きく、優しいハリスは、「ごめんな」と、カレンを縛り上げながら、そんな彼女を不憫に思っていた。見た目はドワーフのように恰幅が良く、髭面でマジデブだ。


「俺が、悪いようにはしないから、今だけ我慢しておくれ。」


そうは言っても、カレンとしてはさらわれた身だ。父親が今どうなっているのか気がかりで仕方がない。そんな気持ちなんぞ、察するに容易い。


「むがうああああああああ!!!!!!!!!」


口枷を思い切り噛みしめながら、涙が滝のように流れ出す。他の女子供もそれを見て心配の顔色だ。もらい泣きするものもいる。母と「ねえ、これからどうなるの?」と、何とか安心を得ようとする子もいれば、娘を目の前で亡くし、ずっと黙って俯いて泣きつぶれる母親もいる。ハリスは拉致された女と子供たちを、本当に不憫に思っていた。


翌朝、日がまだ地平を超えない頃、山の上にある蛮族たちが運営している娼館についた。

群青色の空と、赤い地上。今は紅葉の季節。少し寒い。このブルゴーニュ地方は紅葉が一段ときれいだ。

馬車から降りるのは、女と女児だけ。男児はそのまま何処かへ連れていかれる。奴隷商に売られるのだ。


「お母さあああああん!!!」


「いやああああああ!ハルバート!!!ハルバートおおおお!!!!!いやあああああ!!」


ハリスとカレンは、その光景を見て、泣いた。そして地平から日がのぞいたころ、二人の目が合った。きらめく目がお互いを捉えたのだ。カレンはその目を見て、少し落ち着いた。蛮族といっても、中には優しいのも居るのだと。パリの奴隷商の元へ向かう馬車に乗るハリスを横目で見届けながら、カレンは娼館へ連れていかれた。


―――4年が経ったある頃。また再び、紅葉がきれいな季節が訪れた。カレンは14になった。13になって男に抱かれることになり、さらに1年が経った頃。

その娼館の中でカレンは男をたぶらかすことに一目を置かれる存在になっていた。


『強く、生きるんだ。生き抜かなきゃ、お父さんに会えない。強くなければ、顔向けできない。どんな汚らしい男に抱かれようと、私は生きる。絶対に死んでなるものか。』


強い志が、彼女の胸に刻まれていた。


「ゼニス!お帰り!」


「ああ、ただいま。体調は悪くないか?」


「ええ!この通りピンピンしてるわ!」


ゼニスはそのやさしさ故に、娼館の女たちの世話係兼、略奪後の馬車の番係だった。パニックを起こす人を落ち着かせる能力が、彼にはあった。


「そうか、元気で何より。」


ふぅーーっと、たばこの煙が宙を舞って、日差しがその煙をはっきりと映し出す。

窓の外は紅葉がきれい。ゼニスは朝日をあびながら、オレンジの髭が一層オレンジに染まっていた。

カレンはその光景を、美しいと思った。

窓辺のゼニスに、恋をしていた。年齢差など関係ない。素敵なもんは素敵だ。


「・・・好き」


ゼニスはこちらを見ていない。


「ん?なんか言ったか?」


「ううん、なんでもない。」


ゼニスはワインで酔っていて、真っ赤な顔になりながら、薄目で外を眺めている。カレンは外の紅葉に負けないくらい真っ赤な顔で部屋を飛び出した。そんなカレンを、ゼニスもまた、愛おしいと思っていた。


―――冬が深まるある日の事。その娼館に嫌なうわさがたった。


「よぉ、カレンー。お前知ってっか?この娼館の女は皆、また別の新しい所に売り飛ばされるらしいよ。」


ぶっきらぼうな姉貴分のシャロンが、教えてくれた。


「えっ?どういうこと?」


「なんでも、パリの貴族がこの娼館にいる女どもを気に入ったらしくてな。はぁ・・・女ってもんは本当に苦労が絶えない。男に生まれたかったわ。ほんと。」


カレンは、胸が締め付けられるのを感じた。ゼニスとはどうなってしまうのか。

不安で夜も眠れない日々が続く。それから、娼館にやってきた金持ちを相手にしていても何も感じず、無表情、無関心だった。


「けっ!!!なんだこの娘は!おいここの主はどいつだ!?」


・・・


パンっ!!!ゴッ・・・

ドがッ・・・


夜中に鳴り響く虐待の音。ゼニスはすべて聞いていて、涙で枕を濡らしていた。どうしようもなかった。どうしようもないんだと、その巨体に似合わず枕に向かって少し声を上げて、泣いた。


痛くて冷たい長い夜がやっと明けた。


カレンは物思いにふけりながら、気づくと独房みたいな狭い物置部屋にいた。全身青たんだらけだ。昨晩の記憶はあまり無い。

その物置には、酒と、拉致されてきた人たちの服や荷物が保管されていた。ふと目に入る子供の玩具。それはゼンマイ式で、回すとまるでトムとジェリーのような、2匹が足を回しながらケタケタ笑った顔で逃げるジェリーのような猫と、それを鬼のような顔で追い掛け回すトムのような猫、巻くとグルグル回る丸いそんな玩具だった。そして、その光景に似つかわしくない、切なくも優しいオルゴールの音色が、小さな音で、物置部屋を覆った。


自然と、涙があふれだした。

あの、キラキラした窓辺のゼニスの事ばかり頭にあった。彼とはいったい、どうなってしまうんだろう。

ぼんやりとその玩具を見ていると、カレンはハッとした。

こんな鬼の住処など捨てて、逃げよう。どこか遠くへ、ゼニスと一緒に逃げて、静かに暮らしたい。ゼニスは毎日が辛そうだった。母と子が生き別れになるのを目にする度に、こっそり泣いているのを知っている。もう、そんな辛い思いをさせたくない。私が救うんだ。私がゼニスを守る。


足には自信がある。でも、ゼニスは大きい。さて、どうしたものか。ここの女たちが娼館に売られる日は一体いつなのか。希望を胸に、止まらぬ口の中の血を指で取って、白い壁に作戦を書き出した。

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