#6 タンレン
「サキエル。この世はな、簡単じゃねーんだ。妬み、嫉み、僻み。こういうもんが蔓延ってんだよ。下らねえよな。人間って、まだまだ弱えぇ。わかるか?おい。」
今日もベニーニュ司祭様が俺に剣を教えてくれている。
パキン!パキン!
「だからな、よく聞け?強く成れ。それしか道はない。その両手で、片手で戦う俺に勝ってみろよ、ほれ。」
「酒くっさ・・・いつもいつも。くっそ!」
「うひひひひ!お前が弱すぎるから、これはハンデってやつだ。ほれ、早く来いよ。」
ヒュバッ!
ヒュババ・・・
片手のくせに、この酔っ払いの剣捌きには歯止めが無い。
一体どうなってるんだ???
「ばーか。わからないって顔してるよな?そりゃそうだよ。毎回お目目瞬きしてるじゃねーか。」
はっ!と、俺はこの司祭にまさか木刀で殴られることは無いと思いなおし、瞬きしないと、決め込んだ。
「よし、そうだ。相手の動きは常に監視しろ。肩の動きだ。肩の動きは片時も見失うな。肩だけに片時も、ね。うひひーー油断したら⋯ほれっ!」
強烈な速さで回転し、強烈な木刀が、強烈に尻にヒットした。
司祭ってこんな職業だっけ・・・・?
「うぐうっ!!!!」
回転していると思ったら、次は急に喉元を突いてきた。
「ふっふーん。喉笛突かれると痛いだろ。急所なんだ、あらゆる人間の、な。覚えとけ。」
ふざけやがって。
俺はすかさずその木刀を掴んで、自分の真剣を横切りで切って、司祭を真っ二つにしてやろうとした。
しかし、司祭は木刀を手放していた。・・・と、気づいたら俺の目に砂が入っていた。
「うがあああ!!!」
「あーーっ!はっはっは!お前は・・・ふぐぐぐぐぐぐ・・・本当に・・・!! あっはっはっはっは! !」
「な、なに笑ってんだよぉ!」
「だって、昔の俺そっくりなんだもん!あーっはっはっは!!」
ベニーニュ司祭様は、その場で笑い転げる。
「はあ、はあ、いや、わりぃ。ごめんな。お前がほら、クソ真面目だからさ・・・うあーーーーーっはっはっははあっは!!!」
「い、いい加減にしてください・・・せっかくかあさんに時間貰って剣教えてもらってるんです!!時間が無いんです!」
「いーーーーっひっひっひっひ!!!クソ真面目!クソ真面目過ぎるぞお前!!!」
俺はこの男にいつか一矢報いようと、日々頑張っていた。
この人の強さは、ずる賢さだ。そう思わせておいて、実はそうでない。
その"実は"も疑わしい。まるでサッカーで言うところのクリスティアーノ・ロ〇ウドだ。
司祭は虚実の名士だった。
「くっそぉ!」
持っている真剣を振り回す。
司祭の顔から、急に笑顔が消えた。
「・・・お前、舐めてるのかー?戦いを。」
ドがッ!!!
「ぐふぅ!!!!!」
どえらい強烈なサッカーボールキックが腹に入り、しばらく息を吐ききった状態で、呼吸できずに死ぬ思いをした。
「なあ、それで大切な人を守れると思ってるのか?お前。俺がお前に何の名をあげた?水の天使の名だよなあ?ええ?その意味、分かってんの?」
は?
と思いながら、ドンっという音と共に、目の前に細かい星が出たと思ったら、真っ白な世界に俺はいた。
「おい、こっちを見ろサキエル。」
「え?え?ここどこ?」
「ココはな、深淵だ。生死の。ようこそ。」
「うわああああ!!」
剣を振り回す。なんなんだこいつは!!!
「俺はな、お前を天使だと信じてその名を名付けたんだ。水の天使。」
何言ってんだ?こいつは。
「水はさ、誰に何を言われようと、何も見えて無かろうと、剣がいくら突き刺さろうと、同じリズムで、同じ速さで、セーヌ川を流れるだろ?」
は?何言ってんだか全くわからない。
「その流れをつかめ。お前はこの世の者とは思えないような力を持ってると、俺は踏んだ。水の流れのように。時の流れのように。時は、時として、人の感じる刹那の隙間を縫うことができるんだ。それを知った時、その刹那。何もかもを避けることができる。」
気づくと見慣れた天井の下のベッドで寝ていた。
「うわっ!朝??」
日は45°くらい。9時くらいだろうか。
朝飯なんてとっくに無いだろう。収穫に行かねば。
「母さん・・・」
「おやサキエル。またこっぴどく司祭様にやられたねぇ。昨日は。」
はあ、またやられたのか、俺は。
司祭様は度々家に来ては稽古をしてくれていた。
とーちゃんも子供の時からの傭兵育ち。とーちゃんの稽古はまるでスパルタだった。
吹っ飛んでも吹っ飛んでも、「起き上がれ。」しか言われない。
お前は俺の血を引いていると言わんばかりに。それ故か、俺はタフだった。
しかし、司祭様のそれは全く違った。
言葉で、俺のそれまでのプライドをつぶす、容赦ない強さだった。
ぶっ倒れる前の、司祭様の言葉がよぎる。
「お前、カレンの事、好きだろ。」
カレンは幼馴染で、何故か俺に懐いていた。一個違いの幼馴染。
「⋯サキエル。あたし、人が嫌い。目付きが怖い。今日なんて、オクタって男の子が私の事『ブスでのろまの豚』って言ってきた。それって、私の事嫌いってことだよね・・・?もうこの間なんて・・・」
泣き虫カレン。
涙でいつも目がうるんでいる。
「気にすんな。人は好きなだけ好きなことを言うもんさ。ほれ、葡萄食う?」
勝手に取ったブドウを、カレンに投げた。
「葡萄ってさ、粒粒ついててみんな同じ粒のように見えるだろ?でも違うんだ。大きさとか、形とか。一粒一粒が栄養を取り合って必死に生きてるんだって。人も同じように見えて全然違う。みんな必死なんだよ。きっとそのオクタってやつも、なんか家で嫌なことあったんじゃない?」
カレンはキャッチしたブドウをしばらく眺める。
「あいつも、大変なのかな。」
オクタの父親は、このカストルム・ディヴィオネンセの議員だった。
厳しいしきたりに縛られた家だった。
「私ね、決めた。大変なのか何なのか知らないけど、これからこの葡萄を投げつけてくる。」
颯爽と丘を駆け上がって、街の中心部へ向かっていった。
そして翌日、晴れ晴れとした顔でまた俺の前に戻ってきた。
「ありがと、サキエル。あたし、負けないよ。誰に何と言われようと気にしないことにした。昨日ね、オクタの顔に葡萄を投げつけてやったの。『なんでも人のせいにすんな!その葡萄はな!一粒一粒必死なんだ!みんな一緒なんだ!』って言ってね。そしたらね、なんか、泣いてた。あいつ。変な奴だよね。」
ふはははは!と声を高々に上げて、またどこかに去っていった。
丘の上の方へ。俺はいつも、カレンが駆け上がっていく丘の急斜面のほう、その度に、斜め上の方へ顔を向ける。
夕日と共に消えてゆくカレンの姿を思い出した。
「なーに斜め上を見てるんだい、サキエル?」
「いや、司祭様・・・いいや、あの司祭。あの人は・・・なんて・・・」
「あっはっは!サキエル?恨んでるのかい?あのお方はね、国王直属の聖騎士団長、あと、お姫様の騎士様でもあったからね。きっとお前の親父よりもいろんなことを知っていて、誰よりも誰かを愛して守ってきている人だ。ちゃんと学びな。ワインが好きでよかったよ。」
そうして、毎日稽古つけてもらったのに、結果がこれだ。
カレンはさらわれ、司祭の元へ、助太刀することもできなかった。
悲鳴が兎に角、怖かったから。
俺の青い目は、悔しさの涙で溢れた。
何を恐怖してるんだ。大切な人も守れないで。この両手は何のためにあるんだ。
早く、強くならなければ。早く。