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SAKICHI  作者: ていきょー
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#4 ウメバア

夢を見た。

あの事件があったあとのことだ。


梅婆は数か月、毎晩、泣いていた。

そしてそのうち、泣き止んだと思ったら今度は、毎晩現実逃避するかのようにわけのわからないことをつぶやくようになった。


「お前さん。今日の仕入れは?」


壁に向かってつぶやいている。

そして陣爺をキョロキョロと探してるときに、俺と目が合った。


「なんじゃい!いつの間に!!この野良猫が!!!」


近くにあった新聞紙を丸めて、梅婆は俺を追い払おうとする。


「ばんっ! ばんっ!」


「にゃあ!!」


たまらず店の外に駆け出す。

バッチは既に逃げ出していた。

俺たちはわけがわからなった。あんなに良くしてくれた梅婆が、どうしてと。

その後、店のすぐ裏手に小さく震えるバッチの姿があった。


「もう、あの家には戻れねぇかもしれねえな。」


「お兄ちゃん。どうして人はあんなに不安定なの?」


「そりゃあな、きっと大切な人を失うと、それは生きがいを失ったようなものでな。おかしくなるんやろな。陣爺が亡くなったのは、俺のせいだと・・・、猫のせいだと、そう感じてるのかもしれんな。」


バッチの寂しそうな額を、一舐めする。


「にゃぁ・・・」


バッチは寂しそうに、さめざめと泣く。そう、さめざめと。


「寂しいが・・・俺がついとる。俺が。」


そうして、俺たちは夏がおわって少し寒くなってきた秋の空の下でさめざめと泣いた。

とぼとぼと二匹で河原を歩いていると、かん高いにゃぁ、にゃぁという、力強い声が、二匹の耳に入った。


その声に近づくと、段ボール箱の中で必死に叫ぶ真っ白でフワフワな毛を纏う幼子がいた。

それが、リュウとの出会いだ。


「みゃぁ!!!!みゃああ!!」


うっすらと青い、空のように透き通って、まん丸な目。

アルビノだ。


「おお・・・なにしとんねや、お前さんは・・・親はどこだ?ええ?」


その段ボール箱に入って、少し冷たい風から守るように、二匹で寄り添う。


「みゃぁ・・・」


この小さいのがだんだんと、呼吸が弱くなってきているのを感じる。


「おいバッチ。ここでこの子を守れ。俺は何か食いもん取ってくる。」


颯爽と箱から這い出て、俺は行きつけのパン屋へ向かった。


「おや佐吉ちゃーん!今日もミルク目当てかい?」


「にゃあ!」


梅屋の目の前のパン屋の母さんが優しい顔で、小皿に牛乳を注ぐ。

そして、俺はそれを口にすることなく咥えて、ゆっくりと引きずろうとする。

しかし段差や不器用さですぐにこぼしそうになる。


「ん?なにさ、お前。それをどこかに持っていこうっちゅーのかい。いつも一瞬で飲み切るのに。」


母さんは俺の心の内を察したかのように一緒に牛乳パックと小皿を持って河原までついてきてくれた。


「にゃぁ!」


「あれま!?なんて白い、まるでミルクみたいだねえ!お前さん!そしてその鋭い目!二枚目じゃないかい!?」


牛乳を盛られて、一生懸命それをぺろぺろとすするその姿には、生命力を感じた。


「美味しそうに飲んでくれるじゃないかこの子は・・・。ねえ、佐吉ちゃん。わたしゃ気に入ったよこの子を。捨て子だね・・・こんな元気でかわいい子をどうして捨てるんだろう。きっと人でなしね。この子を引き取るよ。」


その母さんの旦那さんは、異常な程の金持ちだった。

家は近くの大豪邸。この辺の一丁なんて丸のみにするくらいの、それはそれは大豪邸。

リュウと同じく、牛乳と同じく、真っ白な豪邸だ。


「みゃぁ!」


牛乳をすすって元気が出たのか、リュウの目は輝いていた。ありがとう、と、言わんばかりに。


俺とバッチは、大豪邸に連れてゆかれるリュウを最後まで見届けた。


「よかったな。」


「うん。佐吉兄ぃ。幸せになれるといいね。」


「よし、ほんじゃ景気づけにスナック檸檬のババぁんとこ行って、しこたまスルメ食うたろーかぃ!」


「うん!」


俺とバッチは清々しい気持ちで、並んで街に戻る。

その通り道、梅婆が店番をしているのを見かけた。

何やらブツブツ言いながら、しかし店ばかりはちゃんと開けている。


「あんた、いつまで部屋におんのよ。飲みすぎやで、毎晩毎晩・・・ブツブツ」


陣爺は俺のせいでもうここには居ない。でも梅婆の心の中にはまだ居るのだろう。


「あんた!まーたニヤニヤして!佐吉には弱いんだから・・・」


フッとにやける梅婆の顔を見て、その時俺はキュンとした。

きっと、ひとえ程度の時間だろう。しかし、まだ、梅婆は俺のことを覚えている。まだ小さくてなんもできなかった時の俺を。覚えてくれている。

でも、目を合わさず、その場を去る。


「佐吉兄。梅婆が佐吉兄のことをなんかつぶやいてるよ?行ってあげなくていいの?」


おれは侘しい気持ちになった。やりきれない。あのぬくもりを思い出してしまった。

しばし、斜め上を向いて。

しばらくして、真っすぐ見つめるバッチと目線を合わせた。


「いいや。今はそっとしておこう。思い出しとんねや。陣爺のことをよ。俺のこたぁ気にせんで、幸せな思い出見ながら幸せな時間を過ごしてほしいんやわしゃ。」


バッチの額をペロッと舐める。

まん丸のお目目が開いて、その瞳はキラキラしていた。


「佐吉兄ぃ、やっぱりかっこいい。」


「ほうか?!ほんだら、いっぱいスルメもろて豪遊やのバッチ!にゃっはっは!」


そうして、スナック檸檬についたが、スルメじゃなく、ジャーキーだった。


「ごめんね、佐吉ちゃん。今日はこれしかなくて。スルメ売れちゃったの~」


それでもありがたいことだ。マタタビしたくなってきた。

ババぁ、ありがとう。


バッチが透かさず頬張る。


「にゃあ!旨い・・・スルメなんかよりずっと・・・ふがふが」


一生とは、こういうことだとおもってる。

山を越え、谷を越え。そうして、あっという間に経験して大人になる。


人の都合で捨てられたり、守られたり、愛情を注いでもらったり、時には怒りを感じ、逆に怒られ、笑って、泣いて。俺たちゃ追い出され、しかしあの白い子は迎え入れられていた。


夕暮れが、何とも言えないコントラストを醸し出していた。

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