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SAKICHI  作者: ていきょー
19/20

#19 ダーマス

俺はしがない、大手町で働く商社のサラリーマン。


日々仕事終わりに、辞めよう辞めようと思っている酒をあおり、今日も肝臓に負担をかけるクズだ。

酒をのまわばやってられぬ。


ぐびぐびぐび

帰り道の大衆酒場で安酒をかっくらって帰る毎日。


『俺って何のために生きてるんだろう。』


何度も何度も、毎日そんなことを思っている。

多分みんなそうなんだと思う。


『頑張って働いてるのによぉ。みんながさんざん残業しながら一生懸命作ったドキュメントをよぉ。色んな会社さんを巻き込んで・・・事情を全く知らねーのに、うちの会社の上司はろくに読んでもいねーくせにちゃぶ台返しだよ。また、今日の話なんだけど。アイツ・・・マジで許せねえ。』


俺の趣味は筋トレ。

全ての関わり合いのある奴らとのことは忘れ、今日も筋トレやエアロバイクによる有酸素運動。

今日の飯もプロテイン。そのあとは決まって、酒だ。


「あーあ、あいつをぶん殴れたらどれだけスカッとするんだろうなぁ」


「なあに?そんな怖い顔して。嫌なことあったの?」


呆れた顔をする、この店のママの円花さん。


「人生、そんなもんでしょ、きっと。増田さん。いいことばっかあったって、いくら金をもってたって、所詮人は何かに飢えてる。でしょ?はい。もう一杯のみな。これさえあれば辛いこと、忘れられるよ。私のおごり。」


トン。と、カウンターに置かれるテキーラのショット。


「うん。うい。」


飲み干して、ショットグラスをトントンと差し出す。


「まーたやさぐれてるの?増田くん。」


「すーーーーー、ふううううう。そうなの。ミツエちゃん、何とかしてあげてー」


「イエッサー。円花さん!」


「おれあさ、一体毎日、何してんだろう。どうしたらいいのか。人って、岐路に立った時にさ、結局のところましな方を選択して生きるよな?でも振り返るとなんかこう、ましな方ましな方を選んで生きてきた結果、やっぱり何か物足りないんだよね。」


「ん?まっすんは筋トレ好きなんじゃないのー?そんなムキムキなら、なんでもできるじゃん。」


「・・・」


「円花ちゃん、こいつはやさぐれ始めたら難しいぞぉ。」


後ろからしゃしゃり出てくる千葉。


「あら。千葉君がこの子なんとかしてくれるの?」


「ああ。男にゃ、男の事情ってもんがあんのよ。俺に任して、ねえミツエちゃん、ちょっと。おーい、まっすんー。起きろ。」


慌てるアルバイトのミツエ。

しかし、引っ込んでろ、のように千葉は手を振る。

カウンターに突っ伏す俺は、ベロベロのまま、本音を漏らす。


「はあ、しんどぉ・・・この筋肉はさ、だけど、妻の為にあると思ってる。いざという時の為に。日々鍛える。ただの道具なんだけど、この平和な日本で、いつか何かの役に立つことがあるのかな。」


もう何もかもが面倒だ。

力ないその言葉に円花が反応した。


「おい、増田。てめえ何言ってんだよ。そりゃ、辛れーこともあるわーな。人生。」


ばああああん!割れんばかりにカウンターを叩きつける円花。

ビクッと、我に返った。


「ちゃぶ台返し?筋トレ?ちゃんちゃらおかしいぞてめえ。筋肉は妻の為にある?ほんならそのちゃぶ台返しの禿げに一発かましたれぼけぇ!」


まっすぐ、その真っすぐな円花さんの目から、目が離せなかった。


「お前が本気でやらなきゃ誰が嫁さんを幸せにできるってんだ?ええ?!気合い入れろ!しなびたチン〇野郎が!こんなとこで飲んだくれて、なんになるってんだ?ああ??ついてるもんついてるなら、しゃきっとせえええええこらあああ!!!!」


ばああああああああああああああああああああああん!

身を乗り出して、机が割れんばかりに強烈にバーカウンターに叩きつける円花さん。物凄い威圧。


「ああ・・・!」


1分くらい、思考がフル回転した。

何が正しいかなんて、どうでもいい。俺は妻を幸せにするんだ。

邪魔者からは嫌われてもいい。諂う必要もない。


「てめえは努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して、筋トレしてきたんだろうが。それを妻の為と思って研ぎ澄ましてきたんだろ?なら、それを、どうしようもない禿に使わないでどうすんだよ。しゃきっとせんかい!」


怒号で、バーの壁際にあるワイングラスとボトルたちが一斉に揺れた気がした。

俺も同時に、ワイングラスよりも長く、震えていた。


「ああ・・・!返す言葉もないよ。」


円花はこの真っすぐな目から、もう大丈夫という気持ちが浮かんだ。


「ふう。もう大丈夫そうだね。毎日毎日べろっべろでやさぐれて、私、一発かましてやろうと思ってたとこなの。ごめんね。キツく言って。お会計は5600円。」


「目が覚めた。ありがとう。」


ミツエちゃんが、『は、ハハッ』といった顔をしていたが、気にしなかった。



翌日のこと。

俺は禿のどうでもいい指摘に初めて歯向かった。

それでも自分を正当化しようとする禿をこれ以上ないほどの怒りの目で睨みつけた。


「おい、な、何のつもりだ?今までは素直に・・・」


「うるっせーなてめぇ。へこへこしてりゃいい気になりやがって。ろくに具体的な指摘も出来ねーくせに。」


「な、なんだと?おい、ちょっと席を外すぞ!」


そそくさと去っていくクソ上司。


「あ、また都合が悪くなると上に告げ口か?ああ、したらいい。いくらでも。俺はな、てめぇみたいななんも考えてないゴマすり男のために働いてるんじゃねーんだよ。お前ら上司もろとも、ぶっ潰してやりますんで。御覚悟を。」


真っ赤な顔をして去っていく上司。

もうやけくそだ。これで認められないなら、辞めてやる。

でも、その島にいた俺に向けるかわいい後輩たちの輝く目が、うれしくてうれしくて、しかしまだ時期尚早だったかもと、少し焦りを感じた。


「増田君、といったね。」


辺りがざわついた。

せ、専務???


「いやはや、盗み聞きしてしまって申し訳ない。偶然通りかかったものだから。昔を思い出すなあ。そんな熱いやり取りは。」


「すみません、不躾な、お恥ずかしい態度を取ってしまい・・・お見苦しいところを見せてしまい申し訳ございません。」


「いいのいいの。それぐらいパワーがある社員が居なきゃ、この会社はとっくに潰れているよ。そうだ、お昼休み、誰かと予定はあるかい?もしなければ、32階の専務執務室に来てくれ。いいお弁当があって、あー、でも余ってて。捨てるのが勿体なくてこまってるんだ。美味しいんだよこれが。君と話をしながら食べたいなと。」


「は、はい。是非、伺わせていただきます。」


肩にポンと、手を当てて、はっはっは、と、専務はその場を去った。

優しい目で落ち着いた、紳士そのものだった。


・・・そして、お昼になった。


「失礼します!」


「おーお、よく来てくれたね!ここ座って。今、お茶出すから。」


「い、いや、私が・・・」


「まあいいんだって。こだわりがあるんだ。だからそういう気遣いはいいから座ってなさいな。」


じょろろろろ

額から汗がにじむ。

急須にそそぐ熱い湯の音が、部屋全体を覆って熱く、その汗はそれが充満しているせいなのか?と逃避願望が芽生えるくらい、緊張して、暑い。


「なーに俯いてるんだい?私が専務だからかい?」


「いいえ、あ、いえ、そうです。少々緊張しています。」


「はっはっは!いいんだよ、君は昔の私とそっくりだな!まあ、私の淹れたお茶を一口すすって、そのお弁当たべて。」


「は、はい。では・・・」


箸を両手の親指と人差し指で掴んで、手を合わせる。

専務は、うんうんと頷く。


「お話したいって言ったのはね、実はこの会社にはいろんな派閥があってね。私はそのてっぺんにいるんだけども。どうにもクビを恐れて対抗しない若輩どもが多くて。」


??

一体何の話をしているんだろう?


「でもね、久々に目にしたんだ。今日。君の熱い思いが伝わった。後輩を思いやる気持ちも、彼らの目を見れば分かった。」


ご飯を飲み込んで、すかさず答えた。


「はい・・・ 恐縮です。」


「ああ、ごめんね。また気を遣わせて。まず美味しくこのお弁当を頂こうか。」


しばし沈黙の中で咀嚼音が舞う。


ずずずずず


お茶をすする音が部屋を響かせる。


「あぁ。美味い。やはり茶は狭山茶に限るな。『色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす』と言われるくらい、甘く濃厚なコクと香ばしさがあるんだよ。」


お茶の話は点で分からない。

食事にひと段落した専務が、こちらを真っすぐ見据えた。


「会社の本質はね、人であり、組織なんだ。一人でがんばったって、そりゃ会社である意味がない。変にお茶の話をしてしまったのだけれど、話したかったのはね、もしお茶が狭山茶だけだったら、普通の茶。一人で戦っても狭山茶はきっと冴えなかっただろうさ。しかし、朝宮、宇治、川根、本山、狭山と、競合が居て、切磋琢磨して初めて最高級の茶になった。どうだい?何か思うことはあるかい?」


「はい。ここ最近の私は少々やさぐれていました。仕事で思うようにいかず、上司にもひどい言い草をしてしまい・・・。専務にもお気遣いいただいてしまって。それなのにこんなにもてなしていただいて。申し訳もございません。」


「ちょっとちょっと。いいんだよ。これも私の役目なんだから。」


はっはっはと、穏やかに笑う専務。

こんな大人になりたいものだ。


「私が言いたかったのは、君はちゃんと会社に貢献してるってことだよ。上司だろうと部下だろうと関係ない。会社はね、一つの人間の体と同じさ。ひとえにね。手を見てみなさい。不思議なもんでなんでこんな形をしているのだろうな。不思議に思わないか?内臓が機能していて、細胞の一つ一つが、まるで意思をもって生きている。」


「は、はあ。」


手を見つめる。


「でもたまに、誤作動が起きて痛くなったり、かゆくなったりするだろう?そういう時はそれを何とかしようと組織が働くよね。それと一緒。だから、君はちょっとしたそのクソ上司の『痒み』を掻いて、律したに過ぎないんだよ。そしてね、変な話そのクソ上司みたいな要素も会社には必要だったりする。面白いよね。人の体も、病原菌がいなければ抗体がなくなって強くならない。要するに、強くなれないんだよ。」


「なるほど・・・!」


「君の怒りは、やさしさだ。大事にするんだよ。君は間違っていない。すべての事に、意味があるんだ。私はそういう社風を大事にしている。そうして、守っていくことが私の存在意義、ひいては社会貢献の小さな一貫だと思っている。」


優しい言葉に、涙があふれてきた。


「あ、ありがとうございます・・・正直、不安で不安で仕方ありませんでした。この会社の為に、何とか皆の為に動けるように、日々努力します・・・!」


「うん。がんばれ。まだ若いんだ。色んな人と関わって、いろんな刺激を受けて、成長しなさいな。はっはっは!・・・あー、お弁当美味しかった。来てくれてありがとうね。久しぶりに昔を思い出せたな。キラキラした、あの頃を。」


「はい、ありがとうございました!!!」


深くお辞儀をして専務執務室を後にした。

専務の名は、丸紅龍治。

今日の話はこの俺、増田太郎の一つの人格となった。

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