#16 ウンマル
「おい、ちょっとまて。」
連れウンしに一緒に来たバッチに物申す。
「ワリャあ、なんて・・・りっぱな・・・おい、何食ったんやこら!ワシのしらんとこで!!!」
「ええと、昨日はたしか、ほあぐらちゅう、異国のなんや黄色の、リュウのとこ行ってたらだしてもらったんで、一瞬で食いやした。ほんでその日の朝は梅婆がくれた市場取り寄せたてのイカ。ほんでもって先ほど、兄さんと一緒に食べたアジでっさ。」
「お、お前・・・・フォアグラやて・・・?わしゃ生を受けてからまだフォアグラ食うとらんぞ!!!なんちゅうもん食うとんのや!猫が!!」
「リュウの家ではシェフが普通に作っても、主人が『そんな気分じゃないんだ』とか、『今忙しいから食事はいらない』って、平気で破棄するそうで。なんで、普通に行けばもらえるさかいに。」
俺の目は血走った。明日は新宿だ。
良いものを食わねばならぬ。とおもった。
しかしまだうん〇中だ。
「フゴゴゴゴゴ‥‥」
精神を統一して残りを振り絞る。
バッチは?な顔をしている。
「うん〇ってなんででてくるんでしょーね。」
「おいやめや、集中しとんねや。無粋ってもんや。」
「へ、へい。」
「だけどな、こりゃ運命ってやつや。」
「運命ですかい。」
「ああ、フゴゴゴゴゴ・・・そうだ。フググっ・・・!食い物を口に入れるやろ、ほんで五臓六腑がそれらのいーいとこばかり吸収すんねや。ほんで、いらんものだけ出る。それがうん〇や。」
「えっ 何が運命なんですか?」
「たわけ!!最後まで聞けあほんだら!!!この世も同じなんじゃい!この世はな、始まりがあんねや。そして、恐ろしく精密な設計で出来上がっとる、いわば仮想世界なんや。だからの、今お前がしとるうん〇のように、もう137億年前にこの世が生まれてから、いろいろあって、それが出てくることは設計され切っとる中のほんの一部なんや。わかるか?ふぬぬ!!!」
「さっぱりわかりまへん。ああ、もう少し出る。」
「イライラするからいちいち宣言せんといて。フググググ・・・」
歯切れの悪い俺。
歯切れのいいバッチのソレ。
苛立つわぁ。
「うっし。リュウんとこ行ってくるわ。」
「ちょ、ちょっと佐吉兄!?」
恐ろしい速さで消えゆく佐吉兄を止められないバッチ。
リュウは今、ワミコとデート中なんだが伝えられへんかった。
「あーあ、まーた怒られるわ。ぶりぶりぶり」
途方に暮れるバッチ。
「まあ、元気よく出とるし、ええか~。」
颯爽と俺はリュウの家に向かった。夕飯時。颯爽と駆けるなかで家々やら店々から漂う色んな旨そうな香りにより、口の中は大洪水。
そうしたらいつの間にか、気づけばヨカゼのとこの長男のハラデが同じくらいの速さで並行して走っていた。
ドシリっドシリっ
「なんやお前さんじゅるっ!ダイエットかいな?じゅるるる」
「ちゃいますねん!リュウさんとこの、その、廃棄の時間が・・・ぜえ、はあ、もうすぐ・・・ぜえぜえ」
デブのくせに恐ろしく速く走る。まだ子供で普段はのほほんとしているのに。まるで火事場の馬鹿力だ。
「ぜえ、ぜえ・・・ワミコの奴がリュウさんとのデートがあるからと仕事せえへんかったんですわあ・・・はあ、はあ、父ちゃんから、妹の面倒は長男がしりぬぐいするもんだと急に言われまして。あいつ、ただじゃ・・・おかへ・・・はあ、ぜえ、おかへんっ・・・!」
「ふーん」
俺は走りながらちょっと引っかかった。
リュウがデート。
リュウがおらへんのかいな!?
そら、フォアグラにありつけるんか?
しかし・・・
「ワシもフォアグラうん〇したいいいいいい!!!」
驚くような声で叫ぶもので、ビクッと、その波打つデカい体が佐吉から引いて、走りながら軽く飛び跳ねるハラデ少年。なんやこの親分さんは。
「おい、小僧。フォアグラくうで。何が何でもや!」
佐吉の速度は音速を超えた。
「なんや・・・ぜえぜえ、なんなんだあのお方は・・・ほあぐら?」
リュウ宅に到着。今日も大豪邸だ。
あ、どこでその、廃棄とやらはされるのだろう。ハラデにきいときゃよかった。
ピョーンと、柵を超える。
くんくん・・・
これや・・・このにおいや・・・
芳醇な香りの先は豪邸の明るい所と合致している。
おそらくこれはフォアグラや。あ、あそこや。
ひろーーい庭を駆け、一瞬で勝手口のような小さい扉の傍に寄る。
がちゃ・・・
扉がタイミングよく開いた。
シェフなる人間が、ごみを出しに外に出てきたようだ。
『出口 真昼』というらしい。ネームプレートが胸にある。
「にゃああ!!にゃあ!」
おおおおお!何とええ香りや!こりゃおたふくソースのような大阪の香りではない!
「は?ええ?白の友達かい?あのデブネコいないな今日は。」
「にゃががが!にゃがが!」(フォアグラ!おくれ!)
キリッとエジプト座りだ。どうだ。この出で立ちは。
美味しいものをだせっ!
「あっはっは!なんか礼儀正しいな。そうだなー。今日の残り物はー、今日は白身魚のムニエルとフォアグラだ。でもそのままじゃ食べづらいと思うから・・・そうだな、ちょっと待ってろよ。今ごはんと混ぜてきてやる。」
くんくん・・・
ああ!この香りだ!芳醇な、この香り・・・
間違いない。前世で馳走になったフォアグラだ・・・
よだれが止まらない。瞳孔がぎゅんぎゅんしているのが分かる。
脳が溶けそうだ。全身がしびれる。じゅるるるるる・・・
前世で、翌日の戦争を控えあの小さな家で世話になった時のことを思い出す。
ーーーー
「・・・」
視線を感じる。
ギィ・・・
木の扉の向こうから、ヒルデが食事を運んできてくれた。
一気に部屋に広がる、それはそれはいい香り。
「サキエル様。明日のご武運をと、今夜は御馳走を用意いたしました。」
「おお!本当にありがとう。ヒルデさん。天に召します我らの神よ・・・」
えと・・・この黄色のは何だろう?
不思議な香りだ。レバーかな?
「もぐ・・・ん、ん、んんん!なんて深い味!口の中で溶けます!これは何ですか!?」
「フォアグラでございます。初めてお食べに?とても栄養価が高いんです。」
「ああ・・・おいしい。あれ?これはレバーかい?」
「ええ。レバーです。お肉とワインとよく合うんです。ささ、このワインも召し上がって。」
「・・・何とぜいたくな・・・・。こんなに臭みの無いレバー。これを毎晩ほうばれるなら、生きて帰らないと罰が当たりますね!ああ、なんて幸せなんだろう。母さんにも食べさせたい・・・!」
「ふふふ!そんなに気にいってくださったのね。無事にお戻りになったらまた格別に美味しいでしょう。」
「そうですね・・・」
カレンのことを思い出した。
俺はカレンを助けるために、このローマ騎士団に所属していた。もともとは、いわば一発逆転の傭兵団に所属していて、騎士団長に腕とタフさを認められ、ローマ騎士団に引き抜かれることとなった。
このカレンへの思いがきっと明日も、俺の心に火を宿すだろう。
ーーーー
がしゃん!!!
「ふがふがふがふがふががががが!!!!」
大きな音で、斜め上の世界から強制的にこっちに連れ戻された。
ハラデだ。
目の前のごちそうを美味しそうに貪っている。
「うわああああああ!小僧!」
その芳醇な物体がみるみるハラデの口の中に吸い込まれていく。
ものの数秒で3皿の内2皿が飲み込まれた。
「ふがああああ!」
運命。
時にその刹那の欲望は運命によって儚くも散る。
「ま、まて!!それは!それだけは!」
飛び掛かるのとハラデが目の前のものを吸収するのと、いったいどちらが早いか。
五分五分だ。時が恐ろしく遅くなる。
「ゆいはん。これも運命か?」
「ええ。そうです。貴方は、ヒルデさんから過去に御馳走になった。貴方がフォアグラを口にしたときに、それを恨めしそうに見ていた育ちざかりの女がいました。貴方は知らないでっしゃろ?あなたが見ていたヒルデさんの横の扉の先に、女がいたの。名はデーバラ。ハラデはその子の生まれ変わり。今世では男の子に生まれてきたの。」
「ああそうか。その業が今2倍になってワシに返って来とんのか。」
「はい。そうです。これは、この世が出来てからまるで当然のように決まっていました。運命には抗えない。たとえこの世界線ではない別の世界線があってそちらに行ったとしても、貴方は今世で、この思いをどこかで、生きている間に受けることになるでしょう。そして貴方がこの世で散った先、来世では、さらに3倍は恨めしい思いをする。」
「ハラデ。すまなんだ。いっぱい食えや。あの時俺は知らなかったんや。お前がすぐそばにいたことも。そんな思いをさせていたことも。この世がそういう摂理やちゅうことも。業や徳の感情のこととかもな。」
時の速さが戻った。
その瞬間、まるで掃除機のように、俺の腹に入るはずだったフォアグラ飯が米粒一つなくなってハラデに吸収されていった。
「げふう。今日のもウマげふぅ。」
「お前は、あの扉の裏でそんなに俺の飯を食べたかったんだな。ごめんな。」
「げふあー。何のことです?今ぼくが謝ろうと思ったのにげふ。『食』とは、戦争でげふ。その美味しいものを食べたいなら、一生懸命走りげふ。その食にありつくためだけに、日々、生き伸びる覚悟で生きねばならんげふ。だからこの御馳走を誰にも渡さないし誰にもぼく自身を殺させない。時に食べものの恨みは恐ろしいことになることがありげふ。だから、ごめんなさいするげふ。このとおり。」
デブねこの、お顔とお手手がナイナイして、黒ぶちの肉の塊になった。
こいつなりの謝罪なのだろう。
「ええよ。肉団子くん。遠いはるか昔からこうなることは、決まっていたんや。」
「はるか昔?」
シェフっぽい姿の出口 真昼がこちらを見て、うなずいている。
「この礼儀正しい子は、このふとっちょに食べさせたかったんだな。偉いな。自分も食べたいのに、顔を斜め上に向けて目を瞑って必死で逸らしていた。」
近寄るシェフの胸のそれを思い出して、そういうことか、と思った。そうか、今世ではまた人間に。
あの時の恩は忘れない。貴方のおかげで前世では精一杯生きられた。
しみじみそれを思い出しながら、ゆっくりとハラデの肉の塊に額をこすりつけ、豪邸を後にした。
「なあ!まてよ!礼儀ただしい兄猫!カルパッチョにしようとしてた、カツオの薄切りもあるんだ。ちょっと待って。・・・ほれ!どうせ悪くなっちゃうから、食べていきな!」
目の色がかわり、瞬時に戻る。
「はっはっは!俺の言葉が分かるのか?瞬きする間に戻ってきたな!なんだかさ、お前を見ていると懐かしい気がするんだ。」
出口はカツオを貪るオレを、優しくなでる。
「放っておけないというか。また、明日も来ていいよ。土日以外のこの時間はいつもここにいるから。その為に、明日も頑張れ。」




