#13 マゲルナ
「・・・ってことらしいです。人間の世界は闇が深い。一見普通の子供なのに・・・」
ああ、と、遠い昔を思い出しながら1分くらい斜め上を向くワシ。
そして落ち着いて前を向く。
「リュウ。そりゃあ深ぇ業を背負った人間とだったな。そういうんはよ、前世から、前々世、前々前々前世から引き継がれんねや。知っとるか?そういうのを、業というんだ。」
「ごう、ですかい?」
「せや。業ちゅうもんは、まあ言うなれば、相手に与えた悪い気持ちの量やな。それが、今世では半分自分に返ってくんねん。来世ではそのままの量が。再来世では倍になって帰ってくる。再々来世じゃあ3倍や。再々再々来世は4倍。でも不思議なことに、再々再々再来世だとな、1.5倍になるっちゅうねん。どや、オモロイやろ。」
「は、はあ。」
「ほんで、相手を嫌な気持ちにさせたら、それが業となって身に纏わりつくねんな。逆に幸せな気持ちとか楽しい気持ちにさせたら、それは業ではなくて、徳という。たんと覚えとけ。こういう話は猫界じゃ普通知らんわな。でも、ワシなんかもそやが、猫ももともとは人間だったりすんねや。でも業を背負いすぎて、あっけなく、捨て猫のまんま死んだりよ。いたたまれん猫生を送ることになる。行動次第じゃ、来世、再来世と、苦しい思いをすんねん。どや、勉強なったか?」
「なるほど、肝に銘じます。」
「フム。物分かりが良くてよろし。」
この世は知らない事ばかりだ。そんなこと考えたこともなかった。
佐吉の親分から聞いたこの話が胸に響いた。
「実はな、この世は量子の一粒やねん。量子ってわかるか?そもそも原子って分かるかいな?この世の物質はすべて、原子の粒粒で出来とんねや。ほんで量子は原子を構成する粒子。まあ原子より小さい物質の事やねん。その量子はな、観測されて無いときにはなんも作用せーへんねん。生き物が観測しとるときだけ物理的な作用をすんねん。まあ、この世は仮想世界っちゅうーやつや。サーバーの負荷を抑えるように。宇宙は暗いやろ?この世の量子は地中に眠っとんねん。だから宇宙は黒。この世はな、徳を積むことが物をいうんや。」
サーバー?何を言ってるんだ?この猫は。ちょっとマタタビ煽りすぎかもしれない。
???な顔をしている俺をみて、佐吉親分はすかさずフォローする。
「あー!すまん!まだ難しかったわ!まあ、そのうち分かる。」
仮想世界?家がデータセンターみたいな大豪邸の俺は仮想世界くらいは知っている。家の旦那さんが開発した猫用VRを装着して、いろんな仮想世界は見てきた。
でも現実もそうとは思いもよらなかった。
え?この世界が仮想世界???
ちょっとぶっ飛びすぎてる気がするが。。。
「なんや、疑っとんのかぁ?その顔。まあ、そのうち分かる。もしおっ死んだら、次はどんな人生で遊ぼかな、いうて、まるでゲームみたいに次の一生を選ぶねん。俺の前世は、人間社会に疲れて猫の生活を選びよった。猫の方が気楽でいいかなと。でもどの生き物でもしんどいことはあるわな。よっぽど徳を詰めればどんな生物も選べる。その中でも猫や空飛ぶ猛禽類、クジラ、イルカ。人間は徳の量が膨大でなきゃなかなか選べへん。だからせいぜい徳つみーや。他者を喜ばせるのが大事。でも、徳を積むことだけを追い求めると、徳を積めんねや。むつかしいシステムやで。ほんま。」
ベロベロな親分。
もう、何を言ってるか分からない。
シラフの時にもう一度話を聞こうかな・・・。
「おいリュウ。まだ話は終わっちゃいねえ。大事なのはな、筋を通すことや。お前の筋はなんぼや?えええ?俺はな、まだ陣爺が殺されたことを許しちゃいねえ。そういうまがいもんは、コンゼツせねばんらん。」
え?それがこの小学生とどう関係あるんだろう?
「お前は、その小学生によお、どういう感情を抱いたんや?」
「それは、やるせない気持ちでした。」
「はっ!ちゃうやろ?よく、その心の中をもっとよーーーく整理せえ。答えは一つや。その空ちゅー小学生はきっと、少年院やら親を殺されたりよぉ、いろいろあったかもしれねえな。でもな、間違ったことはしてねえと俺は踏んだ。もしくはその女が、その、彼氏やら取り巻きの男が、決して犯してはならんことをしたんや。わかるかー?ええ?殺されたのも業や。きっと前世にゃ何人も殺しとるわい。でもな、きっと今は虫けらかもしれねえ。しかし、空は、筋を通したんや。そこに、業も徳もないやろ?そんなの何も気にする必要はない。ただ、曲げんことや。自分を曲げることほど不幸なことは無い。」
・・・
「おいリュウ、この話、意味わかっとるか?」
バッチが口をはさむ。
ああ、と、佐吉親分が見せ場を横取りされたような顔をした。
しかしなんとなく感づいた俺は思わず、いつもの癖で鼻をぬぐってしまった。
「因果応報っちゅーやつや。」
「かーっ!!おい、バッチ皆まで言うなよ。それ以上は無粋だぜ。」
「そうだよ!いいかいリュウ。自分で考えな。お前が何をすべきか。飯やら何やら裕福なのが全てじゃねーんだ。この世はね。」
楓も思わず口をはさむ。
姉貴分のミッケも。
「分かるよね、男なら。」
「へい。自分は甘えておりやした。そして考えました。俺はあの子を救って見せます。何が何でも。あの子はしばらく不幸になってしまうかもしれないけど、それでもあの子を終いには幸せにして見せます。自分の為に。」
「ほうか。ほうと決まったら男みせねーとなぁ。おめえ、諦めたら承知せんぞ。その空って小僧、救ってみせぇや。お前が今、決めたんじゃ。」
「ありがとうございます。危うく筋ってもんから足踏み外すとこでした。」
「ほんだら、俺あ寝る。じゃあなー」
なんて真っすぐな人なんだろう。
同じオスとして誇りに思う。
オスとしてどうするべきか、学んだ。空を救わねば。
翌日。
またズタボロの空が河原に現れた。
「にゃあ!にゃあ!」
どう表現するべきか、一晩中考えた。
そして、壁に知っている文字を小さく、自分の血で、とにかく書いた。
それを見てもらうために空を橋の下の壁に呼び寄せた。
「You're not to blame. Don't apologize. Never compromise. You're not wrong.」
ーお前は悪くない。謝るな。決して自分を曲げるな。お前は間違えていない。ー
空はコレを見て、?な顔をしていた。
「にゃあ。にゃぁ。」
一生懸命、これを見せようとした。
「なんだこれ。よくわからないけど、英語だよね。これを俺に読ませたいんだな。スマホで翻訳するから待って。」
そして、空は泣いた。
そして、彼は、救われた。
そして、誰かのために生きる事を諦めないと思った。
「白・・・!白ぉ!!!」
曲げるな。
その言葉は空の心に強く刺さった。
そんな顔をしていた。
その時だ。おれの六神通のうち、他人通が開眼した。
人の心が読める力だ。これは、バッチ兄も得意とする神通力。
そんなことがあって、いろんな感慨深い出来事を反芻しながら、いつもの梅屋の路地裏に戻ってきた。
「ようよう!やったじゃねーか!」
帰ってきたバッチ兄が力強く頭突きをする。
「さすがワイの弟やの。俺たちは一蓮托生や。どや、心の内がみえたら、もっと俺たちの結束が輝くやろ?な?スルメでも食おうや!」
くっさ!!!
「おい、せっかく梅婆んとこからくすねてきた餌やで。そないなこと思わんといてや!あっはっは!」
そうやって、この縄張りは保たれてきたんだ。
自分は前世の記憶を持って天才だと思い込んでいた。
だが、もっと天才はここにも居て、親分もそうで、楓さんも、ミッケさんもだ。
俺はこの辺りに捨てられ、今でこそ金持ちの家で暮らせてはいるものの、これまで不幸だと思わなかった日は無かった。しかし、この辺で捨てられて、親分たちに救ってもらってよかった。
母親が誰だかもわからない捨て子の俺を、彼らに救ってもらって、幸せだった。俺はこの方々のために生きよう。そう決めた。
信念を曲げない。その大切を学んだリュウでしたとさ。