#11 ヨコレン
斯くして始まった新宿遠征。
すかさずヨカゼの次女、カエデが声を上げた。
「私、いくよ!誰がなんと言おうとね。その警棒の男がどうも気になる。なんとなくわかるの。行ったことは無いけど、その新宿に居るってことを。そして、間違いなく始末しなければ不味い存在だってことは分かる。ハチロク親分とは会ったことないけど、お母さんがお世話になった恩人で、その猫を殺めたんでしょ!タダじゃ置かないんだから!」
やる気満々だ。
さて、今吾輩は猫なのだが、どうやって東京まで足を運ぼうか。
「まあ、元気な奴には来てもらうとして、どうやって行くかね。」
すかさずタロが物申す。
「そんなものは簡単だ。空港はここから遠いだろ?だから飛行機で行くことはまずは無い。電車だ。電車の方がそこそこ到着が早いことだけは知っている。走って飛び乗るんだよ。」
脳筋が何か言っている。
「お前は正気か。走る?何言うとんの?」
「私は余裕だけどね。佐吉さんは大丈夫か分からない。」
「いやあ。もう10を超える歳だしなぁ。」
「じゃあさ、行けるかどうか、新大阪の駅まで行って予行練習しようよ!ちょっとした遠足しよ!」
カレンは意気揚々と目を輝かせて俺に投げかける。
「はあ、走るのはしんどいのよな。ジジイには、ね。少し。」
「でもほら、佐吉おじさんにはハチロク親分から受け継いだ霊体がいるじゃない。自分を物のように扱ってもらって、霊体に助けてもらえるんじゃない?結さんなんて、神様なんでしょ?」
「う、うーん・・・」
若い子がここまで行きたがっているんだ。断るわけにもいかんか。
「よし、じゃあ明日な。」
夕暮れ時、「カァカァ」とカラスが鳴く声と共に、その言葉の後にシーンと静まり返ってしまった。
「おいじじぃ。新幹線は夜も走ってんだよ!男を見せてみろや!」
ヨカゼがさすがわが娘と言わんばかりに笑う。
「そうだ!もっとこの老いぼれに言ってやれ!カレン!」
「お前、俺とそう歳変わんねーからな?マタタビばっかやってっからだぞ。もっとタンパク質を取れ。」
タロがササミを差し出してくる。
腹が立つ。
「くっそ。今夜は色々寄りたいとこあったが・・・そこまで言われちゃ男が廃るわな。」
「何?嫌々なの?どっちが大事なの?寄りたいとこって何?」
カレンが詰めてくる。
「すいませんでした。いきましょう。」
ヨカゼの母ちゃんがゲラゲラ笑っている。
はあ、もういいよ。楽しんでくれるなら(笑)
そして、日も暮れ始めた頃、近くのまだ新幹線に比べたら速度の遅い、大阪環状線の桃谷駅でまずは腕前を見せることになった。
高架下から器用に3匹は近くの店のキャビネやらをよじ登って、線路に出て、ちょうど電車の後部、止まっている電車の前でつぶやいた。
「ジレン。頼んだぞ。俺を物のように蹴り飛ばしておくれ・・・」
ジレンは以前、ハチロク親分が召喚した忍者のような霊体だ。俺がハチロク親分から受け継いだ。
「てめえ、気合入れろ。何をボソボソと言っている。」
タロのやろう・・・脳筋が。
イライラしながら走り出す電車の後部で高々とジャンプする。
ヒューン!どがっ!しゅたっ!
上手く電車の上に乗れた。さすがに人の1.5倍くらいの高さくらいの跳躍力しかなかったが、何とか届いた。それを横目に、すでにタロとカエデは前方にいた。いつのまに・・・
「お前ら、足腰どうなってんねん・・・怖いわぁ。」
風に毛をなびかせる前方の二匹。その言葉は見事に無視される。
イライライライラしながら、大阪駅に着いた。
「次は御堂筋線よ!まだパワーは残ってる?佐吉のじじい。さっきよりちょっと早いよ。」
一つ一つが気に障る小娘だ。ヨカゼにそっくりで、手足だけ白く、それ以外は顔立ちも含め、ヨカゼそのもの。
「なめとんのかこらぁ。誰やおもーとんねん!小娘がぁ。ええ?」
フフッと笑う小娘。むかつくわぁ・・・
「すまんジレン。もう一回おねげします。」
難なく飛び乗った。
「どやねん?おまんら。」
見向きもせず、前方を見る二匹。また無視だ。イライライライラ。
もうすっかり暗い夜。新大阪駅についた。さすがにちょっとしんどくなってきた。
腹減った。ぐぅぅぅぅ。
「何?じじい、おなかすいたの?情けない音がするー!」
もうすっかりやられキャラだ。めんどくさいやっちゃなぁ!
「お前はすぐそうやって・・・もっと老体をいたわれや!」
「そんな板は無いです。」
イライライライラ。その板やない!というツッコミをする気力もなく、
色んな人間が行きかう中、誰にも見つからず駅構内を素早くいかなきゃならなかった。ああ、しんどい。
「早く!じじ。今日の予行練習はここが本番だよ!」
・・・これが、この白いのが本番か。
先っちょが平べったくて、なかなか動かなくて、ジレンを呼ぶ必要は全くなかった。
「もーーー!なんやねん!!!本番て!一番簡単やんけ!」
カレンがゲラゲラと笑い転げる。
タロもフフッと笑う。
「はー面白かった!じゃあ、かえろうか。ね、おとーちゃん。」
「そうだな。今頃おかーちゃん、いろいろ肉系の食べもの用意してるはずだしな。そろそろこの体にもプロテインが必要だ。」
筋肉をピクピク言わせて何か言ってる。
はあ、しんどかった。久々に長距離を走ったせいか、桃谷に戻った頃には疲労困憊。
ああ、マタタビをやりたい。
「今戻ったバッチマタタビくれはよくれはよお!」
「何すかいきなりー。すみませんがー、もうありまてん。」
バッチはすっかり出来上がっていた。もうええわ。
ああ、なんて日だ。あのテレビに映る禿がそうつぶやく気持ちが死ぬほど分かる。もっと早い時間にあの家族のところに相談しに行けばよかった。
バッチを無視して、梅屋に歩を進める。
「おや佐吉!なんや、元気ないねえ。」
優しい梅婆がしゃがんでなでてくれる。
最近の梅婆はあの事件があってから、意識がはっきりしているようだ。
おかげで家にも上げてくれる。
「にゃあ・・・」
「何してきたんだい?あ、ほら、ハチロク親分も好きだった鮮魚のアジ、悪くなる前にお上がり。なーんやしらんけど、いろいろあったんやねえ。」
梅婆の手からぬくもりを感じる。アジが一際おいしい。これがマタタビのつまみだったら最高なんだが。
しかし、今日はぐっすり寝れそうだ。
・・・しかし、その夜、ヨカゼ一家に馬鹿にされ続ける夢を見ながらうなされることを、佐吉はまだ知らない。