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SAKICHI  作者: ていきょー
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#1 ワガハイ

俺は猫だ。令和の。


俺はこの縄張りを日々守っている。

何故かは知らない。だが自分の居場所は守らなきゃならない。

弟分のバッチが何やら咥えて持ってきた。


「佐吉兄。これ見てください。収穫っす。」


「ん?」


(ううっわ、くっさ)


唾液でぐちょぐちょの日干しイカだ。

これはイカ臭いのか唾液臭いのか。


「よくやったな。どこからパクってきた?」


ぺろっと、バッチに"よくやった"を意味するひと舐めを髭になぞって、それを伝える。


「へい、角の魚屋っす。最近あそこのババア、耄碌してるので。」


俺はスンと、斜め上を見上げる。


「そうか。梅婆が。でも、あの婆はいい人だったが。そうか。」


ーーーー。


俺はかれこれ10年前の、真昼なのに暗い暗い雨仕切る日のことを思い出した。

あん時俺はおそらく捨て猫で、さむくてさむくてさむくて、腹が減って腹が減って腹が減って、鳴いても鳴いても雨の音に搔き消されてどうしようもなかったのだが、気づいたら温かくてぬくぬくして、ああ、とうとうダメだったかと、ここはきっと死んだ後の世界だと思うような、それはそれは温かい、そんな居心地のいい場所にいた。


俺はその婆の胸に包まれていた。


「大丈夫だったかい。おまえ。こんなに濡れて。」


「みー。みー。」


もう声も枯れ切っていた。


でもどんな運命のいたずらか。

俺はその時"ぬくもり"というものを、覚えてしまった。


「あたしゃーね、お前みたいな小さな命を、ほっとけないんだわ。がんばったのぅ。辛かったのぅ。こんなに震えてよぉ。ほんで。」


真っすぐで、決して笑ってはいない、真面目な、鋭い、しかし優しい目で真っすぐ見てくるのを思い出す。


「女一筋、女は度胸。家のじじいが猫嫌いでも、あたしゃーお前を守る。この梅は、お前を。全身全霊を掛けて!」


物凄い速さで、雨仕切る中、川沿いの長い道を走っている。


「た、ただいま!」


上下に揺れ動きながら、真上からゼイゼイという音がする。その時なぜか、俺は揺られながら初めて思った。俺は、助かったのだと。


「お前はまた、、、天気にきーつけえ!っていったろーが!ばばあ!!」


「早く、温かい所にこの子を。まだ震えてんだ!」


「はうぁあ!!???お前これどうしたんだよ!!!!」


「いいから、はやく・・・」


陣爺の腕に移されて、梅婆は床に突っ伏した。

その時、俺を救ってくれた恩人の全身の姿を初めて見た気がする。


ーーーー。


「佐吉兄?どうしたんすか、明後日の方見ながら固まって。」


急に、バカなやつに現実にもどされた。


「まあ、よくやった。もうババアだからな。」


弟が手柄立てて、生きるすべを身につけてきたのに、誰が褒めないで居られよう。

梅婆さんには本当にお世話になったが、、、ごめん。


「まーちょろいっすよ。耄碌ババアが!ははっ!」


ピキッ


「必殺鬼掴み高速猫キック、豪凪!!!!!!!!!」


「ぎゃああ!いだいだいだいだいだいだいだあああああ!!!や、やめっ、、、、、」


どうしておれがこんな目に、と頭を垂れて萎むバッチ。


「耄碌とはなんじゃい!耄碌たあ!!おまえ、世話んなっといて、追い出されたからって恨んどんのか?おおん?・・・盗まれる人間を卑下するなや。お前に誇りはないのか?生かされているっちゅーことをよぉ。」


バッチはハッとする。


「あのババア、ああ見えて昔は女のヤンキーでなあ。曲がったことが大嫌いでよ。ほんで、ついこの間まで毎日毎日たばこ臭くてな。新鮮な陣爺が取ってきた魚に移ったらどうなる?とか、今んなって思い出すんわい。」


その真っすぐなまま、生きてきた婆の、優しい顔を思い出す。


「耄碌したってよ、そりゃ生物の性ってもんや。おめーもそのうちなるんやで?え?・・・でもよ、そんなとき若いもんを心底守ろうとしとったんに、その若いもんにケタケタ馬鹿にされて、笑われた時にゃあ、どう思う?ええ?」


バッチは伏せて、両腕の中に顔をうずめた。


「すいやせん、、、危うく猫でなしになるとこでした。。。」


「せやな。分かればええわ。ゆっくり成長すりゃええ。・・・ふう。久々に切れてもーた。まあ、イカでも食いながら今夜もマタタビせにゃなーーーーーー」


俺は、きれいに半分に、臭ぇイカを引き裂く。

『バッチ。梅婆には悪いが、よくやった。ちと、耄碌していたからといってババアを狙うのはアレだが。でも・・・成長したな。』と、思いを込めて、臭ぇそれを引き裂く。


「おーい、いつまでそうしてんだよ。」


「このバッチ、兄貴にもう顔も向けられやせん!眩しくて、眩しくて!」


「はあ?このどら猫が。てめえは何言うとんねや。俺は生粋のハチワレで、ほぼ黒だぞ?眩しいだあ?ああ、もう、むさくるしいやっちゃ・・・いいから来いっちゅーに。」


数年、人が怖くて近づけない奴だった。極度の臆病。

あるとき、梅婆がまた子猫を拾ってきたんだ。きれいなシマシマ。


ーーーー。


「みー。みー。」


枯れている。しかし、必死な声だ。

俺はその時、何か運命みたいなものを感じた。


『がんばったな。辛かったな。でも、もう大丈夫だ。俺が、守ってやるから。一人にしねーから。安心してくれ。』


ーーーー。


成長、したんやな。

斜め上の「梅屋」という看板を見つめて、いろんなバッチの思い出を看板の手前に浮かべていた。


『この先輩は、なんでなんか思い出すとき斜め上をみるんだ???そしてしばらく固まる。マジなんなんだろう・・・』


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