壊れた傘と雨粒
雨が降っている。
私はそっと目を開けてみた。
まず私の目に飛び込んできたのは思い入れなど無い、薄汚れたビニール傘だ。
湿気がすごいせいか寝転がっている畳の湿った匂いが鼻をくすぐる。
部屋に響くのは雨の音だけ。
なんとなくその音を聴いていたくなくて立ち上がった。早起きしすぎたので珍しく散歩に出てもいいかもしれないと思った。
☂
橋から見えるのはいつもより流れの速い川。穏やかに流れるいつもの透明の水はどこかへ消えて、今は寂しいくらいの灰色で覆われた川が流れるばかりだ。
短い橋を渡り終えてまだ開店前の静かな商店街に出た。早朝で、しかも雨が降っている中なので誰もいない。いつもの賑やかさはなく、まるで私だけがこの世界に取り残されたようだった。
突然強い風が吹いた。
私のボロい傘はひっくり返った。私は慌ててもとに戻そうとしたけれど、傘の骨が折れた。私のビニール傘は本格的に壊れてしまったのだ。
私はその傘を持って急いで近くのお店の屋根の下に入る。シャッターは閉まっているけれど、店の前に置かれた木製のベンチは私を優しく迎い入れてくれる。
私は自分の壊れた傘を優しく閉じた。
そして何も考えずにベンチに座る。ただぼうっと屋根から滴る雨を眺めた。
どれだけ時間が経ったか分からない。ポケットのスマホを見てもいいけれど、そんな気分ではなかった。
ニャー
足元で野良猫が鳴いた。猫はベンチに飛び乗ったかと思うと、私の隣に腰を下ろした。
私はまた何も考えずに降り続ける雨を見つめる。
少しして遠くからゆっくりとこちらへ向かう足音が聞こえた。そちらを見るとビニール傘をさした、パーカーにジーンズ姿の私と同じくらいの男の子が歩いていた。
彼は私の方に近づいてきて一言言った。
「こんな朝早くに人がいるなんて珍しいよ」
これだけ静かなのだ。当たり前だろう。
「君のその傘は壊れてしまったの?」
「うん、だからまだここにいるつもり」
「僕、家に帰りたくないんだ。君の隣、いいかな」
私は嫌じゃなかった。むしろ嬉しかった。
だからわたしは心から
「もちろん」
と言った。
彼は猫が座った反対側の隣に座り、私と軽い世間話をしてくれた。彼は私よりひとつ年上で、この商店街の八百屋に住み込みで働いていることなど、色んな話をしてくれた。
彼といる時間は不思議と楽しかった。だからこの時間が永遠に続けばいいのにと思った。
何も思い入れなどなかった壊れた傘に、嬉し涙がこぼれた。