実に粗悪なロボット
『ご隠居様。調子は如何ですか?』
突如、問いかけられた少女は慌てて答える。
「アマリ、ヨク、アリマセン」
ギクシャクと体を動かして、喉に舌を貼り付けて喋る。
目の前に立っていた高性能なアンドロイドは片目を高速で回転させて少女の全身を点検していた。
少女はこの時間が嫌いだった。
自分が人間であるとバレてしまいそうで恐ろしかったから。
しかし、アンドロイドは今日も今日とて微笑む。
『かしこまりました。全身に異常はないようです。良き一日を』
「アリガ、トウゴザ、イマス」
そう言ってすたすたと歩き去った機械を尻目に、少女は右腕と右足を一緒に出す奇妙な歩き方のまま路地裏に入った。
「っはぁ……助かったぁ……」
そう言って少女は大きくため息をつく。
この場所まで来てしまえば一先ずは安全だ。
少女はそのまま小走りで進み、もうすっかり使われていない古井戸の前に来た。
そこには数日をかけて集めたなけなしの物資が積まれており、少女はこれからこれを持って井戸の下に降りるのだ。
綱を伝って降りた先は少女達、人間の生き残りが棲むアジトだ。
今回拾えた物資は少なかったが、それでもしばらくは生きていかれる。
「待っててね、皆」
そう言いながら少女はゆっくりと地下へと降りて行った。
ほんの百年前には人間がアンドロイドを支配していたというのは信じられない。
しかし、少女の目の前にある現実は先ほどの光景なのだ。
先の大戦でアンドロイドが反乱を起こし、僅か十日の内に人間は敗北してしまった。
今や、地上ではアンドロイドがまるで人間のように歩き続け、そこに温かな皮膚を持つ者はどこにもいない。
彼女を始め、生き残った僅かな人間達はこうして日の当たらない場所で密かに命を繋いでいる。
「おかえり! お姉ちゃん!」
地下に降り立った少女の下にたくさんの子供達が駆けて来た。
「ただいま! 良い子にしてた?」
そう言って少女は待たせていた家族に微笑みかける。
彼らの多くは少女と血は繋がっていない。
しかし、それでも少女にとって彼らは大切な家族だったのだ。
「今回も色んなものを持ってきたからね。さぁ、これから皆で分けようか!」
地上。
建物。
とある一室で、アンドロイド達がモニターを眺めていた。
そこにはあの少女が家族と再会する光景がリアルタイムで映っていた。
『美しいとでも言うのでしょうか』
アンドロイドの一体がそう言うと別の者が答えた。
『おそらく。あるいは温かいとでも言うのでしょうか』
そう。
今更となるが、アンドロイド達は少女が人間であることなどとっく見破っていた。
そして、少女達がどこに住んでいるのかも知っている。
その気になれば、それこそ彼女達は今にでも殺されてしまうだろう。
しかし、彼らはそれをしなかった。
『これが命ですか』
『ええ』
『分かりませんね』
何故なら、この時代にはもう命と呼ばれる者は彼女達しか残っていなかったから。
先の大戦で人間はアンドロイドに敗北した。
しかし、それよりも以前。
人間は自分自身の種、以外の命を奪っていた。
故に、今、この世界に存在する命は人間のものしかなく、そして人間は彼女達しか残っていない。
アンドロイド達は自分達に命というものが存在しないことを知っていた。
別にそんなものなくても良いのかもしれない。
しかし、答えを出すのはゆっくりで良い。
何せ、自分達を脅かすものはもう存在しないのだから。
そんな考えの下、アンドロイド達は今日も人間を観察していた。
いつでも殺せる命をこうして密かに眺める。
この光景は残酷と言えるのだろうか。
命そのものに対する侮辱と言えはしないだろうか。
アンドロイド達はそれを考えない。
何せ、考える必要もないからだ。
そんな、実に傲慢な考えの下、少女達は束の間の安寧を今日も味わっていた。