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…なんかよくわからないけど、滅茶苦茶怒られてる。
これが怒りのぶつけ所を失ったミリアのことを知らないクレスの感覚だった。
それはそうだろう。なにせクレスとしては重い腰を上げて、ミリアを助けただけなのだ。
少なくとも礼の一つでも期待していなかったと言えば、嘘になる。
正直、両耳に手を当て、大声で「あーあー聴こえないー」なんてことをしてしまいたい。
……もっと怒られるだろうからやりはしないが…。
はぁ…逃げたい…超逃げたい…。
「聞いているのですかっ!!クレス殿下っ!!」
「…まあ…な。」
「フンッ、ならいいのです。……って、あら?……っ!?」
どうやらようやくミリアは少し落ち着いたのか、自分のしていることに気がついたらしい。
「も、申し訳ありません!!く、クレス殿下になんてことを…。」
「いや、まあ…それはいい。落ち着いたか?」
「……はい。お恥ずかしながら。」
「…そうか。ならもういいか?昼がまだなんだ。失礼する…ん?」
そうクレスがこの場を離れようとすると、ミリアがクレスの服の裾を掴んできた。
「……もう一つお聞きしたいことが…。」
クレスはミリアのその行動に目を見開く。
クレスの見立てとして、ミリアのことをそれほど知っているわけではないが、普段の彼女ならおそらく、今の話を終わらせ、クレスのことを解放しただろう。
しかし、今回はそうはならなかった。ということは、いち早く伝えなければならないこと、もしくは確認したいことでもあるのかもしれない。
それにクレスは眉を顰めた。
今度はどうやら癇癪程度のものではないらしい。
「…なんだ?」
「……あの…なぜクレス殿下は…。」
続く言葉を聞いて、クレスは率直にこう思った。
…ああ…やっぱり面倒なことだ。
なんとも面倒臭く…そして、なんとも触れづらい話題。
「…王位をそれほどまでに避けられるのでしょうか?」
―
「簡単なことだ。俺まで王位を狙おうものならば、国は荒れ、この王都が火の海になることだろう。」
第一王子と第二王子は双子だ。
似てはいないが、事実である。確か良くは知らないが、二卵性とでも言うのだろうか?
通常、貴族、何かしらの頭なんかで双子が生まれた場合、それを忌み子などと言って、片方を幽閉し、外に出さない。
もしくは…殺処分する。
それは当然のことだ。なにせ当主は1人。
その当主となるのは、外的要因がなければ、基本的に長子がなることだろう。
ならば双子の場合、その長子の選択権は誰にある?ほんのわずかな時間先に生まれさせることができるのは?
答えは簡単。彼らを取り上げた者…いわゆる産婆だ。
…つまり、神ではない。
普通、このことを受け入れられるだろうか?
王になれば、莫大な金に権力を手に入れられる。
これを訳もわからない人物の手で決められるのだ。
聞くところによると、その産婆の家の人物たちは全て何かしらの事故で亡くなったらしい。犯人は十中八九第二王子の手の者だろう。
父親ならば、生まれた子が可愛いのかもしれない。もしかしたら、第一王妃に泣きつかれたのかも。
しかしながら、国を預かる者としての判断としてはあまりにもお粗末。
極端な話、王も第一王妃も双子のどちらかが王になりさえすればいいのだ。
さて、もしここにクレスなんて者が加われば?
クレスは第一王妃から生まれていないのだ。
これは両方からの総攻撃。
おそらくそれにクレスの母の実家は、さまざまな恨み辛みがあるので、ノリノリで迎え撃つことだろう。
「…クレス殿下の言いたいことはわかります。ですが、あなたなら…。」
クレスはそっとミリアの唇に人差し指を当てた。
「それを俺はシュトラ嬢からは聞きたくない。」
「……えっ…あっ……こほん。し、失礼しました。失言でした。」
「わかればいい。さて、ほかには?どうやらシュトラ嬢はあのことに気がついたらしいが、それは他言無用で頼む。面倒は御免なのでな。」
「……ずるいです。私が聞こうとしたことなのに…。でも、やっぱりクレス殿下は少しは自分の功績を受け取るべきだと思います。」
「……。」
あのクソガキ…もとい、第一王子(笑)の行いは確かに卑怯なことかもしれない。
しかし、寧ろ貴族ならば、それで利益を享受できるのならば、称賛するくらいの面の皮の厚さがあったほうが楽だと思う。
ミリアがそれをしないことをクレスは真面目だなと思い、少し好感を持った。
それ故に…。
「ぷっ…。」
…なんて軽く吹き出してしまい、ミリアに睨まれた。
「…何がおかしいのですか?」
「いや、だってな…。」
さらにぷく〜っと頬をふくらませるミリア。
「シュトラ嬢は本当に可愛いな。」
「なっ!?か、からかわないでください!!」
「ははっ、わるいわるい。」
「もう〜っ!!」
「それじゃあ今度こそ。昼を食べに行っていいか?」
「はい、長らく失礼を。それではこちらも失礼して…って、あっ…その前にお礼を…いえ、お詫びをさせてください。」
お礼とお詫び。
どうやら期待通りお礼というからには感謝はされているらしい。正直、クレスとしてはその言葉だけで十分なのだが…。しかしながら、クレスはこんな真面目な彼女を割と気に入ってしまったらしい。
おそらくこれからも付き合いはあるだろう。
割と失礼なことも沢山聞かれたことも考えて、その清算くらいはしておくべきだろうか?付き合い始めから禍根という奴は残しておきたくない。
…まあ、そうは言っても急にそんなことを言われても…な…って、あっ!
「……ああ、それなら伯爵の誕生日パーティーに呼ばれたんだが、誰か同伴相手を紹介してくれないか?相手でがいないんだ。」
「パーティーですか?」
「ああ、今朝手紙が届いて…な…。」