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ミリアはあるところ2か所に寄った結果、昼過ぎという登校には随分と遅い時間に学園に来るなり、とある目的地に向け、廊下を早足で歩いていた。
理由はもうそう語らずともいいだろう。あるところの一つは新聞社。これだけで十分だ。ミリアが次にやることは決まっていた。
クレス殿下待ってなさい!!貴方には言いたいことが沢山ありますから!!
ミリアがそんなふうに意気込み、薔薇園へと向かっていると、偶然というやつはあるのだろう。ミリアは今、正直別に会いたいとか欠片も思ってはいなかったが、この件に関係はある人物に呼び止められた。
「おい、ミリア、こんな時間に登校か?」
「あ、アレックス殿下っ!?」
なんでこんなところに…とミリアは予想外のことに驚くが、ここは学園の外廊下。よくよく考えてみると、なんの不思議でもないかもしれない。
「申し訳ありません。急いでおりますので。」
「おっと、少し待て、ミリア。」
ミリアがそのまま通り抜けようとすると、アレックスが目の前へと飛び出してくる。
もしほんの数刻ばかり前ならば、ミリアは呼び止められたことに喜びの感情から頬を染めたかもしれないが……。
「……。」
…今はなんとも思わない。つまり、トクンという心音の残滓すら今はない。
「最近、授業をサボっているらしいな。アムニアから聞いたぞ。なあ?」
「私はそんなこと言ってませんよ、アレックス。私は最近、授業に来ていないから心配だと思っただけで…。」
アレックスの言葉に答えたのは、さっきからずっといたアムニアなる女性。彼女は聖女と呼ばれる者であり、アレックスたちのお気に入りだ。
「優しいな、アムニアは…。なあ、ライオネル、ヘイズ。」
「そうですな、殿下。」
「ええ、ですね…。」
誰かさんと違って。
こんな言葉を暗に言われたところで……さらにはアムニアがそんな同調に口元を一瞬緩めたのを見ても、ミリアはまったくもって…今は少しもこれっぽっちもまったくもってなんとも思わない。先日はあんなにも悔しさと悲しさに涙したというのに…。
「……。」
アレックスは私にとって、本当にどうでもいい人になってしまったのね。
口にはしないが、ミリアはそれを実感として感じていた。原因は、ミリアにとってアレックスが自分の理想、いや想像とあまりにも違ったという、たったこれだけのこと。
ほんのこれだけで長年の思いが完全に冷めてしまうなんて…なんて私は薄情な女なのでしょうか…。
自己嫌悪に陥ったミリアが俯いていると、アレックスたちは言葉で、ミリアを傷つけることに成功したとでも思ったのか、言葉を続けた。
「…はぁ…まったくなんで、こんな気配りもできない使えないやつが俺の婚約者なのか…。もし良かったら、お前たちいるか?」
「いや、俺は…ちょっと…。」
「私もいらないです。」
「そんなこと言っちゃ可哀想ですよ〜。」
アレックスのふざけた提案に取り巻きのあまりにも舐め腐った回答…………さらにはアムニアの内心の嘲笑。それをミリアは甘んじて受け入れようと思っていた。
それは自分なりの贖罪。あまりにも浅はかな自分への戒めを…。
彼女は誰に言われるでもなくそれをしようとしていた。
しかし…。
ニヤッ。
「………。」
………ブチッ!
アムニアのあまりの愉快さ故にか隠しきれずに出た、本性たる嘲笑を何度も見てしまったことで、その意思は九割方反対の方へと翻る。
なにせ今はどうでもいいとはいえ、自分の婚約者だったアレックスにミリアにイジメられているだのと妙なことを吹き込むなんかして、婚約者としての関係性を滅茶苦茶にした張本人が、反省しようとしている自分に対してそんな表情をしているのだ。
ミリアに贖罪の意思はあったとしても、あくまでアレックスに対してのもの。普通に考えて、それを他の人物がそれを享受するのは我慢ならないことだろう。
…ましてや、泥棒猫なんかには…。
…あはっ、あははははっ♪…なんか普通にむかつきますね…これは…。なんでこんなことに言われて黙っていたのでしょう、私?
そもそもアレックス殿下はともかく他3人は自分の言っている言葉と相手をわかっているのでしょうか?
…私、これでもこの国に2つしかない公爵家の令嬢なのですが…ふふふっフフフッ♪
ふふっ♪さてどうしてあげましょう♪あのときやそのとき、あんなときのお・れ・いは♪
このようにほんの少し考えるだけで出てくる、溜まりに溜まったあれやこれやまでもが思い出され、過去のあれこれまでが薪のようにくべられて、フツフツと湧き出した怒りを際限無く燃え上がらせた。
そして、いよいよ限界とミリアがガッと顔を上げようとしたその時…。
「そんなところで何をしている、シュトラ嬢。」
…彼女が今一番会いたいと思っていた男が姿を現した。
「………えっ。」