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このアトラス学園には貴族たちが主に使うレストランと、平民たちが使う学食と2つがあった。
この学園のモットーというのは確か【身分の差を忘れろ?】的なもっともらしいことを謳っていた気がしたが、そんなものは建前であると学園施設ですら言っているのだから、当の学生たちもそれに従うのが筋というやつだろう。
…まあ、どこにでも面の皮が厚いやつもいて、平民にも関わらず貴族たちのレストランの方へと中に紛れ込む、業の……いや、剛の者というやつもいるのだが…。
ということで、クレスはミリアとの遭遇を回避すると、学食の方に来ていた。
まあ、クレスもある意味、剛の者というやつだろう。
れすとらん?あっちは礼儀?作法?がダルい。飯くらいは野蛮、粗野などと言われてもできるだけ楽しく、楽に食べたい。
制服自体は同じで、幸いクレスの顔はあまり知られておらず、それほど騒ぎになることなく、紛れ込むことができた。
学食は活気があり、どこか平民たちの心休まる場なのだろう。比較的肩の荷が下りたように、丁寧な言葉遣いではなく、その年代の少年少女のような口調へと戻っていた。
「おばちゃん、カレー!」「こっちはA定食!」「次はタヌキそばね!」
「あいよ!」
なんて声とともに注文が流れていく。
そして、クレスは自分の番となり、きつねうどんとカツ丼を受け取ると適当な空いている席を探して座る。
箸を手に取り、「いただきます。」と両手を合わせ、コップから一口水を飲むと、まずきつねうどんから口にし始めた。
うどんを箸で掴むと、ふーふーと火傷しないように息を吹きかけ、制服に跳ねないようにチュルチュルと啜る。
もぐもぐ。
色の薄い関西風のお出汁が効いていて、うどん自体はそれほどコシはないものの、次々と口に運べるほどにさっぱりとしていて、これ単体ならば大盛りにしてもよかったと思わせるいつもの味だった。
期待通り。
それにクレスは口元を緩めると、次はカツ丼と、揚げられた厚いカツか、それとも垂れのしみた卵か、次に口に運ぶそれを迷っていたところで、ふとこんな声が聞こえてきた。
「アレックス様、また魔物の群れの討伐に成功されたらしいわよ。」
……。
「凄い!流石、アレックス様ね!!」
…………。
「ジルベルト様だって凄いんだから!!この前……。」
……そんな二人の兄の話が聞こえてきた。
それにクレスは思うところがないと言えば嘘になるが、まあ…よくやるな…と心の中で思うと、口直しにコップから水を飲み、食事を再開した。
さっさとカツ丼を食べ、きつねうどんを食べ終えると適当に学園内を散策してから、クレスは先ほどの薔薇庭園へと戻るのだった。
クレスは授業開始の鐘が鳴り響き、頃合いを見て薔薇庭園へと戻ったと思っていたのだが……。
「…ようやくいらっしゃいましたか。」
……なんで……。
「あなたがこのハンカチをお貸しくださった方ですね。」
…なんでこいつがまだここに…。
授業が始まり、教室に向かうか寮に帰ったと思っていたのに、金髪縦ロールこと、ミリア・シュトラがそこにはいた。
「授業をサボタージュなさるとはなんとも悪い方ですね。」
「そういう君もそうじゃないのか?」
「あら?あんた…ではないのですね?」
「……。」
「も、申し訳ありません!!つい、いつものクセで…あの…その…別に不快にさせたかったわけではないのです。ただただ会話の間を持たせようと…その…。」
クレスがどこか苦虫を噛み潰したような表情に変わると、ミリアはどこか慌てた様子で謝り、そしてこんなことを聞いてきた。
「…あなたはどこのどなたなのでしょうか?」