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そのように、一応はシュミット伯爵家への挨拶を終え、内心で一息をつくミリア。
さて、次は…と、彼女が相手を見繕おうとしていたところ、ふとこんな女児の声が聴こえてきた。
「クレス様、では参りましょう!」
「クレス、では行くのじゃ♪」
と、そんな声に視線を向けると、そこには金の髪、黒の髪と見るからに、互いの出身国が違うとわかる女の子が2人。
彼女たちは公爵家であるミリアよりも作りの良いドレスを着ていて、見るからにこの国より有力な王族であることを匂わせていた。
それはクレスのこの対応からも明らかだろう…。
「悪いな、2人とも。少し席を外す。」
そう若干申し訳なさそうに、パートナーであるミリアを置いて、その場を離れていくクレス。
「って!…ちょっ!?殿下っ!?」
離れていく彼を引き留めようとするミリアだったが、育ちがいい故か、子供というわけではないからか、パーティー会場で走るなどということができず、数歩ほど足を進め、それをやめたミリア。
すると、「ええ、お気にならさず。」という声が聴こえてきて、クレスの「2人とも」という意味を理解しつつ、ミリアは目を見開く。
「…シュミット様、いらっしゃったのですか?」
「ええ、ミリア・シュトラ様。私もクレス様ともう少しお話したかったのですが…。どうやら私が父たちに断りを入れている間に、あのお二方に先を越されてしまったようですね…。」
あのお二方?やはり彼女たちは…。
そうミリアが視線を向けると、プリシラは口を開く。
「彼女たちはそれぞれ大和の第二王女、そして帝国の第十七皇女です。つまりはクレス様が婚約を結ばれる可能性が最も高い王女の妹君たちということですか…。」
クレスの婚約。その言葉を聞き、資料で知っていたとはいえ、苦虫を噛みつぶすかのような表情となるミリア。
すると、プリシラの笑みが強くなり…。
「ミリア様、少し夜風に当たりましょう。」
と、ミリアを会場の外へと連れ出させた。
そして、その初手はミリアに大きな動揺を誘うものだった。
「クレス様の婚約が面白くありませんか?」
「えっ?」
はしたなくもパーティーの場なんてもので、そんな隙だらけ声を上げてしまう。
さらにはそのことにすら気がつかず、「……。」と取り繕うことすら忘れ無言でしばらく。
すると、プリシラがミリアの感情をさらに揺さぶるようなことを告げてくる。
「このままでは帝国と皇国の…あの2人の姉のどちらかにクレス様が取られてしまいますわね…。」
「……。」
ミリア自身、クレスのことを調べさせ、彼の状況をここ数日で大まかながら把握し、そのことを考えるのはやめてしまった。
なにせこれはあまりにも公爵令嬢という立場のミリア一人の手に余る。
ここ最近は彼女自身の状況があまりに動き過ぎたからと、実際クレスの婚約までの時間を楽観視していた。
いつ終わるともわからないこの状況は今しばらくあるだろうからと。
しかしながら、2人の皇女の出現、プリシラの言葉により、それは再び眼前のものへと早変わりした。
本来焦っていたもの故、現在、その事象がいち早く手を打たねばならないものだと思い込まされたのである。
「どうなさるおつもりで?」
プリシラがバルコニーに手をつくと、ほのかに風が吹き、彼女は煩わしげにその長く美しい髪を押さえ…。
「…そ…それは…。」
と、ミリアのなんとも歯切れ悪い様子を見るなり、その表情を無へと変えた。
「…そう…ですか…。」
そう呟くと、ミリアの方へとカツカツ、カツカツと歩み寄って来て、それをそっと言い放った。
「…私はクレス様を王にするつもりです。」
「っ!?」
振り向くミリア。
「ふふっ、どんな手を使っても♪」
プリシラの表情はわからなかった。彼女がちょうど逆光となる位置にいたから。おそらく嗤っていたのだと思う。
「……。」
言葉を失うミリア。
ただミリアは…。そう…ただ…。
キャーーーーーーーッ!!!!
そして、プリシラの背の方からつん裂くような悲鳴が響き渡った。
ゾワリ。
パーティー会場ではないミリアの背の方からも、そんな寒気を感じ、ミリアは思わずバルコニーに身を乗り出し…呟く。
「あ…あれは…。」




