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クレス・アトラはアトラ王国の第3王子である。


彼はいわゆる乙女ゲームの絵すら描かれていない、セリフもない、よく解釈するならば謎のという形容がつく…事実としてはただ単に影の薄いモブキャラクターである。


ゲームストーリーにほぼ無関係故に、ヒロインに関係ないところで、どこかしらの王族と結ばれることになるらしく、メインキャラたちから距離を置いて普通に過ごしてさえいれば、トラブルとは縁遠い人生が送れるのだろうと思い、ゲーム関係者たちとは距離を置いて、転生以来ずっと生きてきたクレス。


しかしながら、なんと言えばいいのだろうか?


転生なんてものをしてしまうのだから、それにはなにかしらの意味があるらしい。


どうやら無関係だからと、目を逸らし続けることができるなんて、それはあまりにも甘すぎる考えなのだと思い知らされることになった。



その日、クレスはひどく疲れていた。


それはなぜかというと、先日まで、王都近郊で現れた魔物の群れ退治の陣頭指揮を任されていたからだ。


なぜクレスがそんなことを?と疑問に思うかもしれないが、それは王都近郊は王の直轄領だからと再び答えることができよう。


王都にはもちろん軍を指揮する将軍たちがいるのだが、できることならばその程度の些事は王族が主導で解決できた方が、貴族や民衆にいいアピールになるとのことらしい。アトラ王家イコール強い王族として…。


極端な話、クレスが死んでもそれほどの大事にはならないから、彼が送られたのは、もしものことを考えて…ということもあるだろう。


クレスは三番目である。政略結婚の材料にはなるだろうが、あくまでスペアのスペア。



そんなこともあり、クレスはこんなふうに王たちからはある種の便利屋扱いをされていた。


まあ、正直そんな状況に思うところがないわけでもないのだが、それにも一応利点というやつもある。


とりあえず公務がある時以外は、基本的になにをしても咎められることはない。


…どうせ王位にはつかないのだから。


故に学園で何をしようとも小言の一つすらないので、無理矢理通わされた学園では、偶に授業に顔を出す以外、主に骨休めをしているのだ。


今もクレスは授業をサボり、薔薇の香り漂う庭園で優雅に昼寝をしていた。


花の甘い香りに、適度に挿す陽光、寝ぼけた耳に届く小鳥のさえずり。殺伐とした心に平穏を取り戻させる気分の良くなる、この組み合わせ。


こんな環境ならばいくらか眠り、これで目覚めが良ければ、気分爽快となるであろうこと受け合いである。


暴飲暴食、女遊びなどをしないクレスの唯一無二のストレス解消法。


それに身を委ねていたクレス。


…しかしながら、そんな良い気分を台無しにするような、泣き声が聞こえてきたのだ。


「…っ…っ…なんで…なんでなの…っ…。」


聞こえてきたのは、女性の声。


その声は震え、泣いていてトーンが高くなっているのか、それは少女のものかもしれないとすら、クレスに思わせた。


まあせっかく学園での自分の特等席で気分良く眠っていたのだから、他所でやってくれと文句の一つでも言ってやろうという思いもないわけではなかったが、それ以上に涙を流す女性のことが心配になり、クレスは身体を起こし…そして、「どうかしたのか?」と言葉を発しようとしたところで、クレスは固まった。


「っ!?」


……な、なんでこいつがここに…。


その人物の容姿は類稀なるものだった。


光り輝く縦ロールの金の髪、白磁器の上にうっすらと朱の差す真っ白な肌。バイオレットの瞳は大きく、ツリ目がちな目、今はその周りが泣き腫らしたらしく、赤く色づいているが、それもまた彼女の美しさを飾り立ててさえいるように思える。


また、胸元は同年代と比べて明らかに大きく、小ぶりなおしり、キュッと締まったウエストと男好きのする身体つきをしていて、普段のキツい印象さえなければ、男子たちの憧れを一心に請け負っていても不思議ではない。


彼女の名前はミリア・シュトラ。シュトラ公爵家のご令嬢にして、クレスの兄である攻略キャラの一人、第1王子アレックスの婚約者である。ヒロインの敵。


……まあ、言い方が悪いが、彼女はいわゆる悪役令嬢というやつだ。


要するにざまぁされる側である。



固まったクレスの頭の中はこんなことになっていた。


ヤバイヤバイヤバイヤバイ…ヤヴァい。


逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ……にげーろ。


流石にしれっとそのまま気が付かなかったことにして昼寝という選択肢がなかったのは現状が見えてはいるのだろうが、あったのは人としてどうかと思う選択肢のみ。


まあ、ある意味人生の最大の選択となりえることかもしれないことなので、そんな甘いことは言ってはいられないという人もいるだろうが……。


クレスが心を鬼にして、そんな最低な選択をしようとしたときのことである。


一陣の風が吹き、ミリアの涙が宙を舞い、偶然にもクレスの頬に当たった。


……はぁーーーっ…わかったわかりましたよっ!!


クレスはイスを手で押して立ち上がると、ポケットからハンカチを取り出す。


「おい、あんた。これを使え。」


クレスは最後の抵抗として、顔を見られないようにと広げたハンカチをミリアの頭に掛けると、さっさと庭園を後にする。


これが今のクレスにできる精一杯だった。



「……えっ…?」



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