第4話 ドラムの悩み 主菜を求めて
オークの生息圏での稲作はかなり順調だった。
あまりにもオーク達が報告に来ないので定期的に観察しに行ったのだが、問題なく育っていて、気づけば稲穂が実り始めていた……俺が人類圏で身につけた知識はいつしか問題が発生するまで出番がなさそうだ。
「ドラム様って結構かまってちゃ……面倒見がいいですよね」
「……ん?今、かまってちゃんと言ったか?」
「いえ、気のせいでございます」
「そうか、そうだよな……」
「ふっ……」
最近リーリャのあたりが強いというか、遠慮が無くなってきた気がする。だが、それだけ親密な存在になってくれたということで良しとしよう。
仲が良くなることは良いことだ。
「ドラム様、本日も遠路はるばるお越しくださりありがとうございます!」
「うむ、そろそろ稲穂も実り、熟す頃かと思ってな」
「はい!実がかなり詰まっていて嬉しく思っております。これもひとえにドラム様の叡智あっての事!」
「良い良い、日頃管理していたお前たちの手柄だ!」
「「ありがた幸せ!」」
うん、この気を遣える上司ムーブ……これには前世平社員の俺も思わずにっこりだ。
「土も乾燥していて、稲穂も黄金色……頭を垂れていい具合だな!よし、これから収穫を行う!!」
「はっ!!」
「今回は自分たちで1束1束丁寧に鎌を使って刈り取っていく……そして、この魔法で作った稲架に束ねてから掛けて干していく」
「かしこまりました!」
「稲架掛けが終わったら2週間ほど時間をおいて乾燥させればば完成だ!!」
「「これでようやく米を食せるのですよね!?」」
「脱穀やもみすりを行う必要があるが、概ね食べられるところまで来たと言って良い!……さあ!始めるぞ!!」
「「おーーー!!!」」
長かった……あまりにも長く訓練をオークと共に行った結果、筋肉ダルマとなってしまったこいつらに食生活の改善はいまさら必要なのだろうか……と何度も疑問に思ったこともあったがそんな悩みもあと少しで終わる!
そしてようやく和食への第一歩が始まるのだ!!
「乾燥にかかる2週間という時を無為に消費してはならんな……」
「ドラム様?」
「和食、一汁三菜といえば『主菜』1品と『副菜』2品、『汁物』の構成だが……」
「ドラム様〜……またどうでも良いことで悩んでますねこれは……」
転生して初の和食……本気で拘りたいところだ。主菜に肉を使うのも勿論有りなのだが、ここは是非とも転生してからの魔族生活に馴染みのなかった魚を取り入れたい!!
魚……鯵の干物、鯖の塩焼き……秋刀魚やホッケも良いが、食べるのが朝食であれば塩鮭も捨てがたい!!
あえてここでお刺身の盛り合わせという手もあるのだが、伝統の一品としては少々外してしまっているような気もする……
ああ、くそ!欲深い魔物の体が全てを喰らえと叫んでいる!だがそんなことをしてしまえば一汁三菜のバランスが崩れてしまう!
「あぁ……俺は、俺はどの魚をチョイスすれば良いんだ!?」
「何の話かわからないですが、何をしても結局満足されるのですから好きにしてください……」
「こうしては居られない!まずはこの世界で同じ魚……もしくは似ている魚が居ないかのリサーチだ!!人類圏に行くぞリーリャ!おっと……その前に魔王に小遣いをもらいに行くぞ!」
「はぁ、またですか……そろそろ本気でセバス様から怒られますよ……」
「何、ちょっとだけだちょっとだけ……多分大丈夫だ!」
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「なりません魔王様。すでに自由に使える予算は尽きております。1ガルドも余分な支出は行えません」
「セバスが言うならそうなのだろう。ドラム、今回は諦めよ」
「くっ……とうとうセバスが出てきたか……」
「それはそうでしょう……細かいものを含めれば今年15回目ですよ……どうしていけると思ったのですか……」
俺の極み和食御膳の前には早くも暗雲が立ち込めていた……このままでは不味い、非常に不味い……適当な食材では和食も不味くなる……ちょっと今の上手くないか?……上手くも旨くもないか……
「ならば2週間……少なくとも10日間は暇をもらいたい。それほど重要な案件なのだ!!」
「……若様、それは本当でしょうな?」
「……そうだ、この先の魔王軍の食糧事情に関わる重要な取り組みだからな」
「……自分が食べたいだけでしょう……ボソッ」
「リーリャ!余計なことは言うな!……ボソボソ」
「……急ぎの件も今はないから構わないのではないか?なぁ、セバスよ」
「……森に住むダークエルフからの嘆願書の件はどうするつもりですか?」
「あ、……まぁ、検討中ということで少し待たせれば良いだろう……ドラムも最近ラースをようやく下したからな、褒美を取らすということで良いじゃないか、な?」
「な?じゃありませんよ魔王様。そろそろ魔王の世代交代も近いからって浮かれてるんじゃありませんか?」
「何をいうセバス、魔物にとって下位の存在への敗北は死を意味すると言っても過言では無いのだぞ、浮かれる訳が無いだろう……むしろ気が引き締まる思いだ!」
「クローゼットの中の『月刊、退職後のセカンドライフ〜今から始められる趣味特集〜』あれは何でしょうかね……」
「何!?軍事会計報告書のカバーで隠していたのに何故それを!!」
「語るに落ちるとはこの事ですね……」
「ぐっ……」
「……魔王が魔王なら子も子ですね……」
「おい、それどういう事だリーリャ」
色々と気になる情報が出てきたが、こうしてなんとか2週間フルで自由行動ができる時間を確保することに成功した。
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「リーリャ、金は手に入らなかったが、時は手に入れた。タイムイズマネー。これはもはや金を手に入れたと言っても過言ではないのではないか?」
「それはいくら何でも過言でしょう……」
「まぁ……なんだ、食材を買えないのであれば取りに行けば良いと言うことだ!」
「はぁ、そうですか」
「リーリャ、何だその反応は何か文句でもあるのか?」
「いえ、大丈夫です。私は常にドラム様と共にありますので」
「うむ!ならば共に行こうではないか!まだ見ぬ食材を見つける旅に!」
「で、ドラム様……心当たりはあるのですか?」
「ぐっ……それは今から……」
「であれば以前手に入れたこちらをお使いになるとよろしいかと……」
「これは!」
そう言ってリーリャが胸元から取り出したのは人類圏の身分証にも使える冒険者カードと行商人組合証だった。
「こちらを使い、大きな街で珍しい食材を手に入れたり、新鮮な食材を仕入れたいが心当たりがないか?と聞いてみると良いのではないでしょうか?」
「ふっ……さすがリーリャだな」
「勿体無いお言葉にございます。こうなる事を考えてドラム様は私に手配させたのでしょう?……と言っておきますね」
「最後のセリフ……必要だったか?」
「ええ、まあ……たまには良いではありませんか」
「……そうだな」
こうして俺とリーリャは再び人類圏に潜入することにした。一汁三菜の主菜を張れるだけの魚、そして副菜を飾る彩り豊かな野菜……「待っていろまだ見ぬ魚と新鮮な野菜よ!」
「結局ドラム様が食べたいだけですよね」
……いかんな、欲望が声に出てしまっていた……
「まずは大都市から当たっていくぞ!」
「かしこまりました」
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「なに?この辺りでは魚は高級品だと?」
「はい……海から離れているので、カチカチに干された物は出回りますが、新鮮なものとなると西部の海岸沿いでなければ食べられないかと……」
「くっ、鮮度を保つ運搬技術は人類圏でもまだ発達していないのか……」
「ドラム様……どうされますか?」
「……いくしかないだろう、西部に!」
「ですよね……かしこまりました」
俺たちは人類圏の中央にある首都を超えて最西端の海岸沿いに空を飛びながら移動してきた。
「うむ、良き潮の香り……これこそ港町だな!」
「私は何だか髪がキシキシするので苦手かもしれないです……」
「潮風だからな、こればかりは仕方ないだろう。市場に行って鯵、鯖あたりを目的として探しながら、いずれはスズキやタイ、マゴチやヒラメなんかも仕入れたいな……」
「と言うかですねドラム様……魚が取れるけど運搬できないのなら魔族領で取るのではダメなのですか?」
そうなんだよな……なんかノリと勢いでここまで2日も掛けて来てしまったけれど、魔族領の最東端の海でも見つけられる可能性あったんだよな……
そっちなら半日で行ける距離だったし……魔物が魚を取らないだけで取れないと決まったわけじゃないんだよなぁ……
それに最終的には鮮度のことも含めてそうするつもりだったしな……なんて言い訳しようか……
「それでは面白くも何ともない。我は我の知らぬ食材も求めてここまで来たのだ!」
「であればドラム様の知ってる魚だけ探してもどうしようも無いですよね……」
「それはそれ、これはこれだ!我の求める和食第一号が珍味と言うのは無しだ!そこは馴染みのあるもので始めたい!」
「そういうものでしょうか?」
そうなのだ!例えるなら……初任給をもらい、初めて両親に銀座で回らないお寿司をご馳走する……どうやってお店に入れば良いんだろうか、服装はこれで大丈夫だろうか……そんなことを考えながら迎えた当日。最初に何を頼もうかと金額の書かれていないメニューを眺めながら両親が口に出した最初の一品!……カリフォルニアロール!!まさかのカリフォルニアロール!!そんな感じくらい違うのだ!
今ではカリフォルニアロールを出すお店も珍しくは無いのだが、ここは伝統的な流れで白身魚から行ってほしかった!そんな気分になってしまう。
「珍味でも構わないのだが、ここから和食を魔王軍全体に広げていくのだから、まずは伝統の一品から始めたいと思う」
「まあ、ドラム様が伝統って言ってるだけで我々からしたらどれも珍味ですし、あまり気にしないと思いますが……」
「それは、我の気分の問題だからな」
「左様でございますか」
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結論から言うと、市場の中で鯵や鯖、鰯など多数の魚種が見つかったのだが、あまり処理の仕方が良く無いのか、港町なので新鮮とは謳っていても鮮度や見栄えがイマイチだった。
漁獲後すぐに締めたり氷につけられたりしていないのか、身にハリがなく、指で少し押せば水っぽく柔らかい感触が帰ってくる。内臓もちゃんと処理されておらず、下腹が溶け始めている個体も確認できた。あれではアニサキスなどがいた場合にはすでに身の方に移動しているだろう。生食はあり得ないな……
「我の求めるクオリティに達しているものが一つもないな」
「そうでございましたか……無駄足でしたね」
「いや、人類圏の処理の甘さや食べられる魚、その種類がわかっただけでもかなりの成果だ!どのみち今日は買うつもりはなかったからな、視察の任務としては十分だろう」
「お金がなくて買えなかっただけですよね」
「……それは言ってはならん……よし!帰るぞ!!」
「かしこまりました」