②旅は道連れ
メリダはマリエッタと出会った時は墓荒らしだったが、本来の職業はスカウトである。様々な状況を読みながら地理を理解し、最善策を選ぶ。時には戦いの斥候として身を潜めて探り、時には未踏の地に身を投じる。そんな彼……もとい彼女だが、今はマリエッタの道先案内役である。
「……寒いいぃ~!」
「……知ってるよ」
「寒いから、温かくなりたいの!」
一面の銀世界の中、メリダとマリエッタが防寒着の毛皮で身体をもこもこに膨らませながら、えっちらおっちらと歩いている。一見双子に見える程良く似た二人だが、メリダは短く揃えた髪を帽子ですっかり覆い、マリエッタは束ねた長い髪の端を靡かせながら、極寒の中を進んでいく。
「……それにしてもさ、どうしてこんなに寒いんだろうねぇ?」
「そりゃあ、冬だからだろ……それに、寒い時に飲むヴォドカは格別だって言われてホイホイ出掛けたのを、今更忘れたとは言わせないぞ」
「うーん、どうしてそう思ったんだろ……あー、その時の私を叩きたいなぁ!」
不毛な会話を重ねつつ、二人は雪の中を進む。いや、流石に徒歩で雪に閉ざされた原野を踏破する程、メリダは愚かではない。事の発端はマリエッタにそう吹聴した自分ではあったが、まさかマリエッタが本気で旅の目的地を変更するとは思っていなかった。
「……ここより北に在る町? ああ、そりゃ在るには在るが……本気か?」
例の店でアオジシに舌鼓を打ちながら喜んでいたマリエッタが、何気無く店主に尋ねると彼はそう言って真顔になる。今滞在している町は大陸の東の端で、更に北方を目指せば新たな町に辿り着けない事は無い。だが、その道程は海際を北上するか、内陸部を遡るしかない。しかし、問題はどちらにせよ厳寒の地を旅する他に手段が無いのだ。
(……マリエッタ、何かこう……簡単に移動出来るような、便利な技とか無いのか?)
面倒臭くなったメリダが小声で尋ねると、明るく朗らかな表情になったのでしめた、と一瞬思ったのだが、
「旅するって、その間に起きた厄介事も含めてじゃない? それに転移魔……」
「あ、あははは……そっか、そうだよなそれも旅の醍醐味だな確かに!」
何処からどう見ても吟遊詩人にしか見えないマリエッタが、危うく余計な事(大陸を移動出来る転移魔導なんて余りにも荒唐無稽過ぎるのだ)を言いそうになり、慌てて遮るメリダだった。
……さて、そんな遣り取りが交わされて数日後。二人は人が行き交う北限の町までやって来たのだが、そこで大きな問題が発生し、行く手を遮られてしまった。
「……それ、本当?」
「ああ、本当だとも。もう冬籠もりの季節だからな。ここから先を目指そうって言っても暫く便は無いぞ」
町から伸びる公共的な交通網の馬車は、当然だが雪の季節は動かなくなる。町から更に北を目指すなら、雪橇を仕立てて馭者を雇わないとまず実現しないが、そんな物好きは今まで居なかった、と馬車の停留所の管理人に告げられた。
「……まあ、運が良けりゃ狩人の橇に便乗出来るかもしれないな。クロテンやギンギツネの罠猟師辺りなら、たまに冬でも町に毛皮を卸しに来るし……」
彼はそう二人に告げ、もし探すならばと猟師の出入りする毛皮問屋の近くにある宿屋を教えてくれた。
「……ここでもヴォドカは飲めるけどな」
「……ここまで来たら、行ってみたいなぁ……」
「判った、判ったよ……とにかく宿に行こう」
諦め切れないマリエッタに根負けし、メリダは夕闇が支配し始めた町の通りを宿目指して歩き出す。その後ろを付いて進み始めたマリエッタの鼻先に、小さな白い粒がふわりと落ちてくる。それが雪だと気付いてメリダを呼び止める。
「ねぇ! これ雪だよね!? ほらまた降ってきた!」
「……雪? そんなの別に珍しくもないさ、これから嫌になる程見られるし……」
そうつまらなそうに呟き、メリダは着古したコートの襟を立てた。
北の町の宿屋はやはり質素極まりなく、珍しい旅人を歓待する風情は微塵も見当たらなかった。しかし、寒さの厳しい地方だけに、各部屋の中を金網で覆われた太く大きな煙突が寒さ対策で通してあり、くれぐれも酔った勢いで抱き付いたりしないよう釘を刺される。
「酔った勢いで、ねぇ……そんな事をするもんかい?」
「人の温もりと勘違いする頓珍漢は、たまに居るだろさ」
案外温かい室内で気配りの湯桶を使い、下着姿の二人は身体を拭きながらそんな会話を交わす。ほわりと白い湯気の立つ温かな布切れで身体を拭う度に、さっきまで寒さの中を歩いていた事が嘘のように血が巡っていく。無論、メリダは自分と瓜二つのマリエッタが目の前で白い手足を伸び伸びと晒す様子に、僅かながら妙な心持ちにはなるが、直ぐに鏡の前で服を脱ぐ程度の感情しか抱かなくなった。
(……全く、これじゃあ身体だけじゃなくて、頭の中身まで女そのものじゃないか……)
元は男のメリダではあるが、年の近い妹が嫁ぐまで一つ屋根の下で暮らしていたせいで、似たような外見のマリエッタを妹と同じ存在に思ってしまう。だからこそ、もし男の身体に戻ったなら今の心情はどうなるのか。
「なぁ、マリエッタ。いつまで女の身体でいるんだ」
「……私の部下は、魔族の男を探し回っているだろうから。今のままじゃないと見つかるよ、きっと……」
いつもとは少し違う様子で語るマリエッタに、メリダは追っ手の執念深さを感じ取る。正攻法で逃げるよりも、奇策を駆使して翻弄しないと逃げ切れない相手。そんな者は世界広しと言えど沢山は居ない。
「……まあ、いいか。飯探しに行こう」
メリダはそう切り替えてマリエッタを促し、宿屋を後にした。
寒い土地では、温かい食事が有難い。だが、だからと言って余りにも貧相な物では有り難みも薄れる。
「……肉より野菜の方が多いのに、肉入りって呼び込むのは詐欺だよね……」
「入ってないよりマシだよ、ほら一つくれるから食べな」
馬鹿みたいに薄味のスープから最後の一欠片を掬い、メリダがマリエッタの皿に入れてやる。しかし、その一欠片をじーっとマリエッタは暫く眺めていたが、唐突にポツリと呟いた。
「うん、やっぱり北に行こう!」
その言葉と共にいち早く会計を済ませ、店を飛び出したマリエッタの後ろからメリダが追い掛ける。そうして足早に北国の旅支度を終えた二人が町を出たのは、次の日の朝だった。そして、冒頭の具合である。