表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
更新停止中  作者: 更新停止中
【キルシェの章】第二幕
19/19

第19話 「ダメ」

「お兄ぃ! おかえりっ!」

「わっ……あはは、ただいま」


 妹の催促に応じて、中腰になったジンをミントが抱きしめる。帰宅早々、偶然にも玄関口に居合わせたミントは、ジンを元気いっぱいのハグで出迎えてくれた。


「今日、すっごい早かったね。なんかあった?」

「はは、色々あってね……」

「ふうん……」


 その色々の主な原因である少女は、ジンの背中越しにそうっと顔を出し、ミントに「や、ただいま~」と手を振っていた。

 なお、失神ウィルをカミンが首根っこ掴んで引き摺る形で、友人組とはもう別れている。

 心なしか、あのキルシェの笑顔が微妙に硬い。意外と彼女なりに、昨夜の件は気まずく思っていたのかもしれない。

 その硬い笑顔に、ミントはジトついた目をお返しした。


「また来たんだ」

「た、たはは……そうだ、弁当買ってきたんだけど、妹ちゃんも……食べる?」

「いらない。もう食べた」

「そ、そっかぁ……」


 取り付く島もない。あのキルシェが形無しである。ミントはそんな彼女にツンと目も合わせず、子犬ベルムートを抱き上げてナデナデしていた。胃が痛い。


「それよりお兄ぃ、先にシャワー浴びたほういいよ」

「え!? 嘘、ボクそんな汗くさい?」


 思わぬ指摘に、ジンが慌てて隊服の袖をくんくんと嗅ぐ。言われてみると、今日は着の身着のまま帰路についてしまっていた。ウィルが気を利かせてくれなければ、仕事道具の予備バックパックすらどこぞに放置していたところであった。


「まあ……似たような感じ。ほら、早く!」

「あ! じゃああたしも入──」


 どさくさに紛れてキルシェもついてこようとしたが、ミントから即却下された。

 ミントに腕を引かれて背を押され、せっつかれるままに風呂場へと連れていかれる。

代わりにジンが持っていた分の弁当を預けられたキルシェは、「ぐすん……」といじけて居間に引っ込んでいった。

ベルムートもミントの膝から降り、ついていく。主人を慰める気なのかと感心しかけるも、その顔を見る限り、ご飯のことしか考えていなさそうだった。

 脱衣所に押し込まれ、引き戸が閉められる。扉越しに、やや気色ばんだミントの声がした。


「ね~ん入りに洗ってよねっ、お兄ぃ!」

(そ、そんなに……臭うのかな……)


 そのことに気落ちしながら、ジンは言われた通り念入りにシャワーを浴びた。

 二十分ほどかけ、余すことなく身体を洗い終えて、風呂場を出る。

 蒸れた濡れ髪をタオルで拭いていると、瞳の金色が洗面台の丸鏡に煌めいた。


「あ、替えの服……」


鏡から思わず目を背け、そこで着替えがないことに気付いた。面倒とは思いつつ、自室に行くべく差し当たり下着とズボンだけ履いて戸を開ける。


「……ふえっ、お、お兄ぃ!?」


 ミントが廊下に居た。その手に持っていたチラシが床に落ち、ジンがそれを拾う。


「“第百二十一回、エルド彫刻コンクールのお知らせ”……?」

「もっ、も~う! お兄ぃっ! ちゃんと服着てよーっ!」


 半裸のジンに、ミントが顔を真っ赤にして怒る。ジンはそれもどこ吹く風で、興味深そうにチラシの内容へ目を通していた。


「ミント、これ出るのかい?」


 そう言われ、横で騒ぎ立てていたミントが押し黙る。

 ミントは視線を宙にさまよわせ、ちらりとジンの目を見てはまた口籠った。

 それほどまでに、何か言いにくい理由でもあるのだろうか。


「いいじゃないか、コンクール。しかも帝立主催なんて、大舞台だよ」


 エルドレムダには養成校・神学校という基本となる学校の他に、専門的な学術研究機関として何種かの帝立アカデミーがある。

 ジンの師で蟲研究者のDr.ルカが所属する学会も、その系列の中の一つだ。

 そして、彫刻コンクールを主催している帝立アートアカデミーとは、国教たるエルド教を背景に夢天界の芸術振興を担う一大団体なのである。


「……でも、ほら……それ」


 ミントがチラシの裏面を指さす。そこに書かれた募集要項を読み、ジンは彼女が顔を曇らせていた理由を悟った。


「ああ、今回のテーマ……“天使”なんだ」

「うん……」


 ミントはきまりが悪そうに、ジンの顔を上目で見た。

天使の、引いてはジンの両親ネフェルとカシスに関わる話題を避けるのは、この家での不文律だ。昨日うっかりそれを破ってしまっただけに、ミントはこの件をすんなりと言い出せずにいたのだ。

 しかし、それはミントとバーバラが暗黙の内に配慮してくれているだけのことであり、この夢天界で生きる上で、本来その話題は避けては通れないのが普通だ。

 まして当のエルド教団を母体とするアカデミーの主催となれば、推して知るべしだ。

 心に刻みつけられた忌避感は、そう易々と消えはしない。だが、その感情は誰かの大切な想いを踏みつけにしてまで、優先されるものではない。あっては、いけない。

 ふうっと長く息をつき、ジンはミントへと、柔らかに微笑みかけた。


「よし、ミント。ならせっかくだし、観に行こうか」

「な、なに……を?」

「天使像、だよ」


【次回以降不定期更新となります】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ