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「お嬢様!昨日、家の店で売っていない大きな頭飾りをつけている若い娘を見ましたよ!」


学園の休みの日に頭飾りの店を訪れると、サラが興奮して報告してくれた。


「本当!?」


家の店を真似したな!

ではなく、とうとう真似されるほど広がってきたということだ。

そもそも私は誰でも真似しやすいようにシンプルに布だけで作れそうな物を売っている。

買ってもらうに越したことはないけれど、作ろうと思えば誰でも作れる。というものを目指してもいる。


「私も負けてなるものかと昨日から創作意欲が止まらなくて!」


最近のサラは創作意欲の低下に悩んでいた。競争相手がいないから創作意欲が湧かなくなっていたのだ。

そのサラが今は目を輝かせて新しい物を作っている。

多分昨日から寝ていないのかもしれない。

休むよう言うべきだ、ということは分かっている。でも集中している創作家を止めることはよい手とはいえないのではないのかな。本人がある程度満足するまでやらせてあげようと、私は制作に使われている部屋から出た。

店番はサラの妹がしてくれていた。

本当にサラの家族には感謝しかない。


「お嬢様、この前のお祭りで最高売上を上げましたよ!」


サラの3人目の妹のアガタが売上表を見せてくれた。

そもそもの普段の売上自体が大したことないのだけれど、この前お祭りで屋台として店を出した時にかなり売れたらしい。

お祭りの日限りでつけてくれる人が買ってくれたらしい。

私が目指すのは常用することなので1日限りならパーティーの日に着飾る感覚と変わらない。でも、こういうところから広がっていけばいいなー、と思う。

お祭りの日に屋台を出すことを勧めてくれたのはアガタだ。

アガタは売上を上げる為に工夫することが楽しんで出来るタイプなのだ。

こういう提案って、前世の記憶を生かして、とかね。あるよね、普通は。人には得意不得意があるしね!

そもそも私の前世記憶は役立つ知識なんてない。当時覚えた不満とかマイナス要素だけしかないので役には立たない。

多分前世で経営とかもしたこと無さそうだし、私が偉そうに言えることなんてない。

そもそも数字に弱かったし。

数字見るだけで脳が拒否してくるんだもん。


私はただサラ達の出会いに感謝して圧迫感を感じないお店を楽しむだけだ。



サラの妹達と喋って、市場調査と宣伝を兼ねた町歩きで楽しい時間を過ごしたら、帰りが遅くなった。

家は放任主義なので遅くなっても怒られない。

本当に興味ないんだろうな、と思う。

家に帰るとプレゼントが届いている、と小さな箱を渡された。

サミールから届いたそれを送り返せ、と言ってしまいたいところなのに、家の者は私とサミールの今の関係を知らないからそれも出来ない。

サミールの訪問がなくなっても毎年誕生日プレゼントは贈られてくる。

サミールはどいうつもりなんだろう?

去年はブレスレットだった。あんまり高くなさそうだから普段から着けたらどうかと勧められた。もちろん着けていない。だって、ブレスレットって勉強に邪魔だから。手首に何か着いていると本読むのも字を書くのにも邪魔だし。

ガリ勉の私に勉強に邪魔になるブレスレットを着けるという選択肢はない。

今年は何だろう、と小さい箱を開けてみると、目を疑った。

これは、指輪ではなかろうか。

私はもう16歳だから成人を迎えた。

成人を迎えた後に指輪のプレゼントをするというのは、結婚するつもりがある、という意味ではなかったかな。

一体これは何?

サミールがベルナに夢中になってから私は当たり前のようにサミールも婚約解消を望んでいると思っていたのに。

サミールのことが分からない。







「男っていうのはそんなにかわいい女の方がいいのかしら?」


グレースが悩ましげに溜め息を吐いた。

鏡持ってきて自分の姿を見てみろ。どう考えても色っぽいグレースの方が男に人気があるだろう。

真剣な話、私達の年齢ならかわいさよりも色っぽさに憧れるんじゃないかなと思う。

グレースみたいな色っぽい美女が悪役令嬢とかやったら絶対いい感じなのに。中身がそうじゃないからムリか。


「聞いてよ、マリエラ。ガストンったらね、私の前で他の女のことを誉めたのよ!?ありえないわ」


女っぽいくせに悩みがお子ちゃまなところがグレースの魅力なんだと思う。そしてガストンが他の女を誉めるのはグレースを怒らす為にわざと言っていることに早く気付いて欲しい。私はいつまでこんなくだらない悩みを聞かなければならないんだ。

ガストンがベルナの取り巻き化した問題の時に2人の関係が近付いてから、ガストンはわざとグレースを怒らせて嫉妬させようとする。

恋には刺激が必要なのか。

そのガストンの罠にはまったグレースの相手をしないといけないのはいつも私なんだよ。けっこう面倒なんだぞ、ガストン。


「グレースってば、ガストンがグレースだけを好きなのは分かっているでしょう?そんなにすぐ怒らないで」


当たり障りのないことしか言えない。この当たり障りのないフォロー入れるの本当に面倒臭い。

こういうの苦手な私にとってはわりとストレスなのだ。

でもグレースは美人だから許す。

それにすぐ頬を染めて恥ずかしがるグレースを特等席で見れる特権を思えば、全てがどうでもよくなる。

グレースのことは大好きだ。ちょっと面倒なところがあるのもグレースの魅力の1つ。マリエラとしての人生で2番目に親しいと言えるのはグレースだろう。

でも1番のサミールとの関係を越えることは出来ないだろう。

気負わなくていいサミールとの関係は私にとって癒しでもあった。






「マリエラ、婚約解消したら俺と結婚しようぜ」

「え、絶対やだ」


ガストンに紹介されて以来、ハイドとは気軽に話すようになった。

どうでもいい相手なので気遣うことなく会話が出来るのは意外と楽しい。でもだいたい内容が鬱陶しいのでイラッとすることは多い。


「即答しないで、少しは考えてみろよ。俺達相性はいいと思うぜ?」

「だって、ハイド浮気しそうだし」


性に自由なハイドのことだ。浮気しても平気で嘘つきそう。

浮気も嘘つきもムリだ。

ハイドは何を言っても流してくれるところがサミールと似ている気がする。酷いことを言っても響いていない感じが気軽で楽だ。

何だか最近サミールのことを考えていることが多い気がする。あの指輪のせいだ。

そう考えていると、ハイドが肩に腕を回してきた。


「マリエラ、俺はいつも本気だって」


許可もなく人の体に触るなんて本当に馴れ馴れしい。嫌悪感でハイドを殴りそうになった。


「ハイド、触らな」

「何をやっている!」


私がハイドの手を払おうとしていると、大きな声が聞こえてきた。

なんだか久し振りに声を聞いた気がする、と思ったら私はいつの間にか声の主のサミールの胸元に顔をうめていた。


「人の婚約者に何やってるんだ!」


サミールがハイドに怒鳴っている。サミール、いつの間にここに来たの?


「もう婚約解消が近いと有名じゃないか。婚約者が他の女に熱上げて長いからな。なのに今さら婚約者面か?エラ、この際だから俺にしておけよ」


なんでハイドは勝手にエラとか呼んでくるんだ。馴れ馴れしい。ホントムリ。


「俺達のことはあんたには関係ないだろう!マリは俺の婚約者だ」


サミールがハイドから私を守ろうとしているつもりなのか私に触れている力が強くなった。私の顔はもうサミールの胸筋にうまっている。

意外とたくましい体つきに驚く。てっきり恋の病で勉強も鍛練も疎かにしていると思っていたから。もっとひょろっとしていると思っていたのに。

私達は婚約してもう5年以上になるのに、手すら握ったことなかったな、と思いながらサミールの胸筋を堪能している自分がいる。身体的接触が初めてなんて本当に婚約者なのだろうか。

このままでは私がヘンタイの扉を開いてしまいそうなのでとりあえずこの2人なんとかならないかな。


「サミール様、苦しいので離してくださいますか?」


私が言うと、サミールの何とも言えない複雑そうな顔を見ることになった。

私はサミールをわざと出会ったばかりの時のようにサミール様と呼ぶし、あえて他人行儀に接する。

愛称呼びまで親しくなったのはとっくに昔の話。学園に入ってからほとんど会話をすることもなかったのだからこういう対応でいいはずだ。まだ愛称呼びをしてくるサミールの方がおかしいのだ。私達の距離はとっくに開いてしまっている。

一度縮んだ距離はそのままだとでも思っていたのか、サミールは複雑そうな表情だ。

わざと他人行儀に接するぐらいの嫌味は許して欲しい。先に別の女に心を向けたのはサミールなのだから。


「エラ、さっさとそんなやつとは婚約解消しろよ。そうしたら俺と結婚しよう」

「ハイドは黙ってて」


サミールと婚約解消したとしてもハイドと結婚するつもりなんてない。さっき言ったばかりでしょ。


「マリ、こんなやつが好きなのか!?」


サミールがショックを受けたように言ってくる。私はハイドが好きだなんて言ったことはない。ハイドと勘違いされるなんて冗談じゃない。


「ハイド、私はサミール様と話があるからどこか行って。サミール様、今は話す時間はあるんですよね?」


自分で言っててなんだけれど、友達にため口で、婚約者に敬語ってなんだろう?





私は話があると言ったはずだ。

誰にも見られないよう建物の裏にサミールと移動してきたら、サミールに抱きしめられた。


「サミール様?」


婚約解消の話をするはずなのに熱愛中の恋人のようにくっついているのは何故だ。


「マリ、ごめん。謝るから、婚約解消するなんて言わないでくれ」


ああ、イヤだな。

真っ直ぐ言われたら、許しそうな自分がイヤだ。

それに、サミールに抱きしめられても全然イヤじゃない自分がホントイヤ。

ハイドの時は少し触られるだけでも嫌悪感で殴りそうだったのに、サミールは全然イヤだと思えない。

初めて抱きしめられたのに、戸惑いよりも安心感の方が強いのもホントイヤ。


「サミール様」


とりあえず離して欲しい。

力加減の知らないサミールに潰されそうだ。


「その喋り方、頼むから止めてくれ」


私の呼び方が悪かったのだろう。サミールの力が更に強くなった。


「分かったから、サミール。ちょっと離して。苦しい」


さすがに愛称呼びまでは出来ない。

サミールは力を緩めてはくれたけれど、緩めただけで離してはくれなかった。


「離したらマリは逃げるだろ」


何言ってるんだ。私は逃げたことなんてない。

今まで逃げてたのはサミールの方だ。


「サミール、でも」

「マリ、好きだよ。愛してる」


サミールの言葉に体の体温が上がるのが分かる。

私はこんな薄っぺらい言葉なんて信じない。日頃の行いの方が真実に近いはずだ。

それなのに動揺するのは何故だろう。

私の知るサミールと大きく違う。

私にとってサミールは軽口を言い合える気負わなくていい関係で、こんな言葉を簡単に言う人じゃなかったし、こんなに体が大きくもなかった。

私の知るサミールは、まだ少年と言えるような年齢で、こんな大人の男のような人、知らない。

サミールの体が少し離れたかと思うと、首元に何かを着けられた。

カチッとはまったそれは、どうやらネックレスらしい。

チェーンが短いのでどんなデザインの物か見ることが出来なかった。


「指輪は着けてくれないんだろ」


サミールが私の手にプレゼントの指輪が付いていないのを確かめるように触ってきた。

付けるわけがない。勉強の邪魔になりそうだし。


「これは簡単に外れないからな。マリ、一応聞いておくけど、さっきの男のことは好きじゃないんだな?」


まだハイドのことを疑っているらしい。

好きどころか嫌いに近いところにいる。

私は首を縦に振るしか出来なかった。

何だか頭がぼーっとしている。

その油断がダメだったのだ。

サミールの顔が近付いてくるのをそのまま受け止めてしまった。

唇に触れるそれに、抵抗をする気すら起きなかった。






何だったんだろう!?

家に帰ってから羞恥で意味もなく部屋の中を歩き回ってしまった。

だって、サミールが!

婚約解消予定だったはずのサミールに抱きしめられたり、好きだと言われたり、キキキキスだってしてしまったのだ。

しかも私、キスのおかわり自分から行ったからねっ。

どうしたマリエラ!?

初めてのくせに、はしたないぞマリエラ!

ま、まあサミールも年頃の男の子なのだから、キスぐらいしてみたかったんだと思うよ。

婚約解消する前に婚約者とキスぐらいしておきたかったとか、その程度のことじゃないかな。

私もサミールと婚約解消してから独身人生を貫くとしても、キスぐらいはしておきたかったような気もするし。


なんて色々考えて自分を誤魔化そうとしてみても、やっぱり気持ちは変わらない。

ハイドに少し触られただけで嫌悪感でいっぱいだったのに、サミールに触られるのは全然大丈夫だったことで、私はサミールを好きだったんだな、と自覚してしまった。

弟みたいな、親友みたいな感じだと思っていたのに、大人の男の人に成長したサミールに異性を感じてしまった。


私はサミールのことを嫌っていなかった。

私達はただの親が決めた婚約者だったけれど、親にすら敬語で話すことが当たり前のこの人生で、何の気負いなく話せるサミールという存在は、私にとってとても特別だった。

グレースとですらサミールほどの関係になることは出来ないだろう。

始めはこんなやつとやっていけるのだろうかと思ったのに。サミールは上手に私の心を溶かしてくれたのだ。

だからサミールがベルナに一目惚れしたと分かった時も、応援してあげようと思った。

私に敬語で話さなくていい気楽な関係を教えてくれたサミールの為に、応援するつもりだった。

実際にはベルナが異常過ぎてサミールの初恋は上手くいっているとはいえないけれど、それは私の知ったことではない。

サミールのことを嫌いだとは思ったことがない。

ベルナの言いがかりも、サミールの責任が多少はあるとしても、ベルナが異常な性格をしているからだとサミールを責める気持ちは起きなかった。

甘い考え方なのだろう。

政略とはいえ裏切った婚約者を怒りもしないなんて。


私はサミールのことが好き。

好き、だからこそ、他の女に気持ちを寄せるサミールとは結婚したくない。

本当に想う人と一緒になれないからと、仕方なく家のために結婚する相手になりたくない。

サミールは子供の頃からしっかりと貴族としての教育をされているから、結婚は婚約者とするものだと思い込んで私のことも気に掛けてくれるのかもしれない。

初恋相手は美化されて大切な思い出となると聞いたことがある。

仕方なく結婚した私のことは、小さなことでケンカしただけでも大きな嫌悪になるくらい嫌な存在になっていくに違いない。

思い出がキレイなほど、現実はより汚く見えるだろうから。

サミールが好きだからこそ、そんな存在になることに耐えられない。

それなら、婚約を解消した方がましだ。


幸い私は結婚出来なければこの世の終わりと思い込んで悲観する考えがない。

前世でも、結婚が全てだと思い込んでいたことがない。周りに独身者が当たり前のようにいたからだろう。

それならサミールと婚約解消して、一生独身で生きていこう。

親には学園入学当初に成績を上位30位を維持出来たら何でも願いを聞いてくれると約束をしてある。それで婚約解消を認めてもらえばいい。




私はサミールと婚約解消して悠々自適な独身ライフを楽しむ。

サミールは初恋の人を想い続けながら都合のいい相手を娶ればいい。

私が身を引くことで結婚しなければこの世の終わりと思い込んでいる憐れな令嬢が、サミールという結婚相手を手に入れられるかもしれないのだ。

世の中には愛情よりも安定した結婚生活を送れればいいという女性も多い。

うん。それが一番いい。

当初からの予定通り、サミールとは婚約解消を目指そう。






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