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サラとの仕事は楽しかった。
きゃっきゃ言いながらデザインの話をして、サラが集めてくれた布の種類の多さにびっくりしながら楽しく店の仕事は進めることが出来た。
商売に対する真剣さに欠けるような気がしたけれど、売る物自体が博打みたいなものだから焦っても仕方ない。
サラが売り物の頭飾りをいくつか作ってからのオープン。
ひっそりとオープンして、売上もひっそりとしたまま。
店はサラが売り役兼作り手となり、暇な店の合間に売り物を増やしていた。
店はオープンしたものの、他の人にとっては「何だこれ?」状態。
何をする物かも分からないからとりあえず売れない。
商売下手な私とサラに変わって、サラの家族達が見本としてつけてくれると申し出てくれた。
サラの家は女ばかり6人姉妹。
1番上がサラで19才。その下がメイドのララで、一番下は6才だという。
サラの姉妹達も初めは「何だこれ」と引き気味だったのに、慣れてくるとかわいく見えるようになってきたと毎日つけてくれるようになった。
やっぱりアレだよね。小さな子がつけると更にかわいく見えるよね。あんまりかわいいから小さい子向けに変更しようかと本気で悩んだ。
ついでにサラの家族がつけ心地など辛辣な意見をくれるのでとても勉強になった。身内だからこその遠慮のない意見って大切。
そして細々と私の店は営業していた。
っていうかほぼサラの店だよね。
サラがいてこその店だし。
でもメイドのララからも、姉があんなに楽しそうなのは初めて見たと感謝されたから、サラにとってもよかったのだろう。
サラの家族に大きな頭飾りを宣伝でつけさせておいて、私がつけないなんて出来るわけがない。
私は羞恥に堪えながら学園に大きな頭飾りをつけて行った。
勉強に関係ない目立つ頭飾りなんて注意されないかと心配したけれど、そこは成績上位の力が働いたのか学園からは注意されなかった。
平等を目指すからこそ家の権力は使えないけれど、平等だからこそ成績を頑張った者は優遇される。
頭飾りは流行るどころか歩く度にヒソヒソ何かを言われているような気がした。でも、そもそも頭飾りのことを言われているのかベルナ関係のことを言われているのかも分からないし、気にしても仕方ない。
勉強と頭飾りと忙しくしていたら、いつの間にか3年生になっていた。
頭飾りはほんの少しは売れるようになっていた。
もともと安い素材で作ってデザイン性で売っているので、プライドの高い貴族が買わないことは理解済み。
平民の中で周りに何と言われようと自分のおしゃれを貫きたい勢でリピーターが増えている。
まだまだ「何だあれ」って指差される系だ。まあ本人が楽しいならアリだよね。
なんだかんだ私も大きな頭飾りをつけることが当たり前となって、毎日どの頭飾りをつけるのかが楽しみになっていた。
毎朝メイドのララときゃっきゃ言いながら選んでる。
まさに前世で出来なかったことが出来ている。毎日楽しい。
学園の成績順位は5位まで上がってきた。
3年になると上位成績者は学園の許可をとって特別図書館を利用出来る。
入る時には名前の記入が義務となるここは、一般生徒は入ることすら許されない。
つまり、ゆっくり勉強が出来るのだ。
本は貴重品な為、持ち出しも許されていない。
そういう実力主義な学園の方式、好きですよ。
とりあえず蔵書が多いので、特別図書館の中を軽く見て回ろうと歩いていると、声をかけられた。
「あの、イシュリー伯爵令嬢。グレース・リリシアンと申します。わたくしとお友達になってくださいませんか?」
声をかけてきたのはグレース・リリシアン伯爵令嬢。同じ学園の中でも美女として有名な彼女に声をかけられた私は驚いた。
「もちろん。気軽にマリエラと呼んでください。グレース様とお呼びしても?」
「わたくしのことはグレースと!ぜひ!」
グレースと私はすぐに仲良くなった。
グレースはどちらかというと冷たい性格に見える美女なのに、中身はとってもかわいかった。
黒い髪に緑の目のキツメに見える美女だ。私はなんとなく黒髪こそセクシーだな、と思っている。
私はベルナのかわいい系よりグレースの美人系の方が学園で1番キレイだと思っていた。
グレースは学園入学時は成績順位20位から10位まで上げてきたガリ勉仲間だ。
「憧れのマリエラとお友達になりたくて頑張りましたのよ。10位まで上がることが出来たので、やっと声をかける勇気が持てましたの」
グレースは悪役令嬢系の見た目なのに言うことがかわいすぎる。
というか私のどこに憧れる要素あったかな?
この国も男性優位なところなので、成績がいいだけで憧れられるものなのか。
学園自体が女生徒を受け入れ始めて20年くらいだというし、成績上位10位以内に女生徒が3人も入ったのは学園始まって以来初めてだという。
因みに3人とは私とグレースと、2位のエリーゼ嬢のことをいう。
特別優秀な女生徒なら今までもいたらしい。上位10位以内に入ったのは今まで2人が最多だったとか。
「それなら3人でお祝いの集まりとかしたいな」
なんとなく、学園始まって以来の快挙なのだから特別なこととかしたいよね。
と気楽に言ってみたものの、正直2位のエリーゼ嬢とは喋ったこともない。
「それはいいですわ!エリーゼ様にも早速声をお掛けしましょう!」
グレースはすぐにエリーゼ嬢を探して歩き出した。
こういう行動力ある人って羨ましいよね。
私はぐだぐだ考えて足が重いから、グレースみたいな人といると心が軽くなる気がする。
エリーゼ嬢はいつも特別図書館にいることが多い。
姿は見ても、話したことないんだよね。
学園には成績上位者しか使えない中庭がある。
でも本当は一般生徒が使えないのではなく、成績上位者しか入れない建物の間にあり、一般生徒が来るには遠い為に自然と使うのは成績上位者だけとなる。
その中庭に私達は集まっていた。
集まったのは9人。何故か9人まで増えた。
3年の女子3人で集まろうとしていたのに、エリーゼ嬢に声をかけたところ、近くにいた上級生も話を聞いていて、それなら自分達も、となり、それならまだ特別図書館を利用出来ない下級生も、ということなった。
こうしてこの学園で上位成績10位以内に入る女子生徒全員が集まったのだ。
ありがたいことに全員が集まってくれた。
因みにこの中庭、普段はあまり使われていない。基本的にガリ勉上位成績者は中庭でまったり休憩なんてしないから。
「グレース様、マリエラ様。このような集まりを企画してくださってありがとう。学園最後の年にいい思い出となりましたわ」
「私も皆さんと集まれて嬉しいです。私の学年は1年時からずっと上位10位に入れたのは私だけで、孤独な闘いでしたわ」
そう言ってくれたのは5年生と4年生の先輩方。
「私達も招待してくださってありがとうございます。憧れの先輩方とお会いできて感激です」
「私は今日初めて勉強を頑張ってきて良かったと思えました」
そう言ってくれたのは1年生と2年生の後輩達。
前世では集まり事の幹事なんてやったこともないし、やりたくもなかったけれど、グレースのお陰で何とか開くことが出来た。
用意したお菓子もグレースと話し合って決めたり、より絆が深まったよね。
とりあえず、皆が喜んでくれたようで良かった。
勉強時間を取られて嫌々だったらどうしようかと心配したりもした。皆ガリ勉なわけだし。
「あの、私から皆さんにプレゼントをさせてください」
最後に、私は集まった皆に大きな頭飾りをプレゼントした。
嫌がらせではありません。宣伝でもなく。ただ、たまにはこういうバカっぽい頭飾りとかしてみてもいいんじゃない?的な遊び心で。
正直、微妙そうな顔をしている子もいた。でも、喜んでくれた人もいたようで良かった。家の中だけでもいいからつけてくれたら嬉しいな。
「あの歩く人災女、最近わたくしの婚約者に迫っているようなのです」
あれ以来、グレースとエリーゼを加えた3人で中庭に集まることが増えた。
3人でいると時々先輩達も来てくれることもある。楽しい。
そんな楽しい集まりで、珍しくグレースが顔色悪く相談してきた。
「あの歩く人災女、とうとう公爵家にまで」
因みにエリーゼは毒舌。歩く人災女とはエリーゼが名付けたベルナのことだ。
グレースの婚約者は公爵家三男のガストン。学園卒業後にグレースの家に婿養子に入る予定だ。
「だがガストンなら大丈夫だろう」
エリーゼはガストンと幼馴染みらしく、気軽に呼び捨てしている。
「いいえっ。わたくしガストンが歩く人災女の取り巻き化しているのを見てしまいましたわ」
グレースとガストンは婚約してるといっても政略的なものらしい。学園でも一緒にいるところをあまり見なかったので、グレースがガストンのことを気にするのを初めて見た。
普通の婚約者はこんなのものなのだろうか。
やっぱり政略的な関係でも、婚約者のことは気になるものなのかも。
エリーゼが浮気者の婚約者を問い詰めに行こう、と明らかに面白がって言い出した。
ガストンを探して学園を歩いていると、歩く人災女御一行を発見した。目立つので遠くにいても分かる。
グレースの言っていた通り、本当にガストンが歩く人災女の取り巻きになっていた。
「ガストン!これはどういうことですの!?」
グレースが怒って問い詰めると、ガストンは驚いた顔をしたのに、その顔はすぐに嬉しそうなものに変わった。
「グレース!怒ってくれるの?ベルナ姫、悪いね。婚約者が怒っているから僕はもう抜けるしかない。分かってくれるよね?」
ガストンはどう見てもベルナに惚れているようには見えなかった。どう見てもグレースが嫉妬していることに喜んでいる。
ガストンは私達も放置してグレースだけを連れてどこかに行ってしまった。
「やっぱりな」
エリーゼの言う通り、ガストンは歩く人災女に惑わされてはいなかった。
「ひどいです、マリエラ様!私のこと、苛めに来たんですよね?」
取り巻きが減ったベルナが何故か私を責めてきた。
私は何も喋っていないのに、なんで責められてるんだろう?
周りにいる他の生徒達も不思議そうにしている。
どう見ても悪役令嬢的なのはグレースだったのに、グレースは責めにくいのか私を責めてきた。
ベルナは何故か怯えたように震えている。
「なるほど。噂には聞いたことはあったが、これはひどい。あの被害妄想女がマリエラのことを一方的に敵視しているのか」
さすがエリーゼ。的確に状況を理解してくれた。
「一方的にじゃないです!マリエラ様は私とサミールの友情を妬んで苛めてくるんですから!」
被害妄想女と言われたベルナがエリーゼに言い返している。
ベルナは本気で私に苛められていると思い込んでいるらしい。成績上位者って、そんなに暇じゃないんだよ?
エリーゼも同じ成績上位者として、わざわざ苛めの為の暇な時間なんてないことは分かってくれているはずだ。
「行こう。時間のムダだ」
エリーゼも呆れて相手をする気も起きないらしい。
ですよね。同意します。
「待って!マリエラ様、サミールをあなたから解放してあげてください」
ベルナが背中を向ける私達に訴えてきた。
まるで私がサミールを縛り付けるように言ってくる。
そういえば私はサミールと3年近くまともに喋っていない。
「サミール様、婚約解消ならいつでもお待ちしております。破棄でも構いませんが、その場合は私の両親が納得出来るような理由を用意しておいてください。いずれは婚約解消するつもりでしたが、早い方がいいんですよね?」
久し振りにサミールに声をかけた。
よそよそしい話し方は妥当だろう。
ぞろぞろ人がいる前でこういう話をするのはどうかと思っていたけれど、私もグレースを見習って勢いで言ってやろうと思った。
サミールは驚いた顔で固まっている。
あれ?サミールに婚約解消するつもりだと言ったことなかったっけ?
サミールも私が婚約解消を望んでいないと勘違いしていたんだろうか。
ベルナまでが驚いた顔で固まっていたけれど、私達はすぐに移動してしまったのでその後の反応は知らない。
「正直、私も噂通りマリエラが嫉妬しているものと思っていた。勘違いしていたことを謝る」
エリーゼは律儀に頭を下げてくれた。
どうやらエリーゼは噂を信じて私には近寄り難い印象を持っていたらしい。
最近私と話すようになって、ベルナに対して関心すらないことや、勉強で忙しくて苛めに行く時間がないことは分かったらしい。
「噂とはそういうものでしょ。気にしないで」
そう言いながらも、これって許す以外言えないやつじゃん、とか思う私は心が狭いのだろうか。
噂を信じるのは仕方ない。私だって何かの噂を信じて勘違いしていることくらいあるだろう。
ただ律儀に謝られるとやりにくい。
そういうエリーゼが好きなんだけれど。
「そろそろあの女の対策が必要なんじゃないだろうか」
そう切り出したのはガストン。
グレースはここにはいない。
ガストンに集められたのは他にエリーゼとハイド。
ハイドは遊び人として有名なので話したこともない。成績は9位。遊び人のくせに9位かよ。とちょっとイラッとして話しかけたいとも思ったことがない。
ガストンは、ベルナがあまりにもしつこいので一時的に取り巻きのふりをしていただけらしい。
数日取り巻きのふりをしたらベルナも満足するらしく、そういう手でベルナの男落としの対策をしている者もいるらしい。ベルナの取り巻きの数が一定数から増えない謎が解けた。
中には本当に惚れてしまう者もいるみたいだけれど、ベルナの側で現実を見ていたら目が覚める者も多いらしい。
ガストンはベルナのお陰でグレースとの関係が近付いたと嬉しそうにしていた。
でもグレースを不安にさせるベルナの放置はよくないという結論に至ったらしい。
「そこでハイド、君があの女を落としてくれたら丸く収まるだろ」
集められた割に作戦はとんでもなく雑だった。
「俺、あの女好みじゃないんだよなー。俺はマリエラ嬢の方が好みなんだけど」
ハイドが私の髪に触れようとしてきた。それをエリーゼが見事な手刀で落とした。エリーゼかっこいい。
「君、最近暇だって言ってたじゃないか。いい暇潰しになるだろう。エリーゼとマリエラ嬢はグレースの側でグレースを守ってくれ」
リーダー!敵は悪役令嬢役がはまりそうなグレースより私のことを敵役として採用してくるので守られるべきは私の方だと思います!
なんてガストンには言えない。ガストン公爵家だから。
ていうか私はガストンと直で対面するのは今が初めてだった。グレースやエリーゼの話は聞いているからか思ったよりも親しく感じてしまう。
ガストンの男たらし、女たらしの2人をくっつけて丸く収めよう作戦は見事に失敗に終わった。
「あの女信じらんねえ!ちょっとキスしようとしただけで殴ってきたんだぞ!キスくらいで騒ぎやがって」
ハイドがベルナに近付いて分かったことは、ベルナ達が意外にもキレイな関係であったことと、ハイドが節操なしだというどうでもいいことだけだった。