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とうとうこの日が来てしまった。
今日は学園の入学の日。
初日は学園に行って、クラスを確認して説明聞いて終わり。半日くらいで終わるかな?
学園入学試験で見事10位を取れた私は、ルンルン気分で学園の門を入った。
サミールは5位らしいから負けてしまった。でも学園生活は5年もある。勝てる射程圏内には入っているだろう。
親には一度きりにならないように気を引き締めろ、とか安定のダメ出しから入ったけどな。
本当に一度きりになってしまっていたらどうするのか。ここを誉めないなら誉めるところなんてそうそうないぞ。本当に誉める気一切ないんだな。
なんてちょっとガッカリした自分にもガッカリだ。
ちょっとムカついたので親と約束を取り付けた。
学園在学中30位以内をキープ出来たら私の願いを何でも1つ聞いてくれると。
10位で入学出来たのに30位以内って。5年間を30位以内キープもどうせ出来ないと思われているらしい。
どうやら私は好き勝手やっていたらとんでもないわがまま娘というレッテルを貼られていたらしい。
わがまま娘を矯正させる為に学園に入れることにしたとか。
その間お父様に何も言われていないんだけどね。
あの偉そうなおっさんなら呼び出して怒るかと思いきや、直接怒られたことはない。
何だよ偉そうにしといて。いつ怒られるかとちょっとビビっていた自分がバカみたいじゃない。
まあ直で言われるとやりにくくなりそうだから言われないならいいよ。
学園入学は13歳。私達は思春期真っ只中。
会ったこともない同年代の子供達が集まっていて、素敵な出会いもあったりする。
例えば、見たこともないかわいい女の子に一目惚れして初恋を経験したり。
一目惚れだもん。仕方ない。婚約者がいても一目惚れはしてしまうものなのだから。
入学式の話題を拐ったのはそのかわいさで何人もの男の子達を虜にしたベルナ・ベンドリー男爵令嬢。
あどけなさの残る田舎から出てきたばかりのその女の子に、何人もの生徒が見惚れた。
そう。婚約者のいるなし関係なしに。
私は冷静に見ていた。
婚約者のサミールがその女の子に一目惚れする瞬間を。
サミールが初恋に戸惑いながら相手との距離を縮めていく様子を、私は観客のつもりで見ていた。
親にも敬語で話さなければならない今の人生で、サミールは私にとって気負わなくていい貴重な存在だった。
嫌われてもいい、という根本的な考えがあるからこそ気安く話せて気遣わなくていい関係は、私にとっていつの間にか大切なものになっていた。
でもそれは婚約者とか、好きな相手というより、親友に近い感じで。
サミールの初恋を応援してあげたい気持ちはあった。
でも婚約者の立場で応援とかしにくいし、ただ見守っていこうと思っていた。
それでサミールが婚約解消をしたいと言ってきたら、解消したらいい。
そんなわけで私は別に嫉妬とかもしていないし、サミールがベルナに近付くのを邪魔したりもしていない。
騒ぎは入学して1ヶ月で起きた。
「今時子供の頃から婚約者を持つなんて時代にあっていません!無理やり婚約させられたサミールが可哀想です!それに、私とサミールの仲を誤解して意地悪も止めてください!」
人が集まる学園の食堂でベルナに意味の分からないことを言われた私は、頭の中が疑問符だらけになって何も言い返せなかった。
とりあえず分かったことは、ベルナの可憐さと、「私可哀想なの」の雰囲気に充てられた回りの生徒達が私を悪役として見ているということだろうか。
サミールはベルナと同じクラスになって、見事友達の座を勝ち取っていた。
それは知っている。見ていたから。
婚約者がいながら別の娘に心を寄せてしまったことに戸惑いながらも、好きな子には近付きたいサミール。
思春期故のその戸惑い、なかなか良かったです。ご馳走さまでした。
でもだからって何で私が責められているんだろう?
私は何もしていないのに。
サミールとの婚約は親が勝手に決めたことなのに、まるで私が無理やり婚約させたみたいに言われて意味不明。
それと友達とか言いながらサミールを呼び捨てですか。
そして誰が誰を苛めるって?
ベルナのかわいさに嫉妬した誰かの嫌がらせを私のせいにしてくるとか何だこいつ。
私はびっくりしたのと、正直ビビってしまってベルナから視線を逸らした。
ほら、私って親にもそんなに怒られてないから、怒ってくる相手の対応が分からなかったんだよね。
初めての経験に咄嗟に対応出来るような出来た人間じゃないし。
それに意味分からないことばかり言われた。
こいつはヤバイやつだ。相手にしたらダメだ。
と本能が告げている。
私が反応出来ずにいると、ベルナが大きな声で訴えてくる。
「無視するなんてひどいっ。どうしてそんなひどいことができるんですか?」
あ、こいつわざとやってるんだ。大きな声で周りを味方に付けて、私だけを見事に悪役にしようとしている、と分かってしまった。
ベルナも無垢なふりしてけっこう汚いんだな。
だから私は今度は確実に自分の意思で無視した。
言い返したら相手の思うツボ。キレイな悪役になんてなってやるものか。
こいつをどうにかしろよ、とベルナの取り巻き状態で側に侍っているサミールに目線を送ったのだけれど、サミールはベルナを気遣ってアワアワしているだけだ。役に立たねえ。
「そうじゃない」「何か勘違いしてるんじゃないか」とベルナを落ち着けようとしているサミールは、ベルナの立派な取り巻きだった。
周りの生徒達が騒ぎを面白そうに見ている。
1人悪役にされて周りがみんな敵に見える。と前世の私なら悲観していたかもしれない。
けれど、前世の記憶がある為かそこまでショックはないかもしれない。
都合の良い悪役に仕立て上げたいなら勝手にしたらいい。私は相手にしない。
私はまだ1人で騒ぐベルナにも聞こえるように大きなため息を吐いた。
食べかけのランチを持って、食器を返しに向かう。すっかり食欲がなくなってしまった。
追いかけられたらどうしようかと思ったけれど、追いかけられなくて安心した。
怒りは後からやってきた。
言われている最中は戸惑いの方が大きくて言われるままになってしまったけれど、アレはないだろう。
けれど、いきなり言いがかりをつけられて怖かったのも本当で、言い返していたら惨めに声が震えていたかもしれない。
私は物語の主要人物じゃない。焦げ茶の髪色と目、という地味さからも分かるように、ただの大衆の1人でしかないはずだ。
なのに、学園で一番かわいい女の子に目をつけられるとか意味が分からない。
こんな時に味方になってくれる人がいたらいいのに。私には誰もいなかった。
婚約者なんてその原因の1人だし。
泣きたい、とまではいかなかった。そこまでじゃない。だからこそどうしたらいいのか分からない。
イライラしたまま家に帰ると、レアキャラお父様よりも更にレアなお母様が帰ってきていた。
お母様は1年のほとんどを旅行に行っていて滅多に帰ってこない。
3人目を産んでから体調を崩し、慰安の為の旅行らしい。
慰安って何だよ。3人目ってことは私を産んでからってことでしょ。私が生まれてから何年経っていると思ってるんだ。
ただ旅行に行きたいだけの言い訳に私を使い続けられることを、普段は流せるのに今日は流せなかった。
ほんの少しでもいいからお母様に罪悪感を抱かせてやりたい。
私は今から家を出ようとしているお母様に近付いた。
「お母様、またすぐに行ってしまうんですか?いつも家に居てくれなくて寂しいです」
イメージはベルナのあざとさだ。
袖を掴んで上目遣いというやつでお母様に訴えてみると、私が思ったよりも効果があったらしい。
「そうよね。学園が始まったばかりで心細いだろうに、側にいてあげなくてごめんなさい」
お母様はそう言うと、行く予定だった旅行を止めてしまった。
別にそこまで望んでいなかったのに。
今まで無関心だったくせに、夕食を一緒に取ると言われた。
娘の帰りも待たずに出掛けようとしていた人とは思えない。
夕食の時に学園のこととか聞いてきた。
気が付いたらお母様と普通に喋れていた。
ほとんどお母様の旅行話の聞き役だったけれど、それはそれでまあまあ楽しかった。
それでもお母様に親しみは感じなかった。
少し話したくらいで母親の役目をはたしていると勘違いしているのかなと思うと、少し腹が立つ。
お母様に対する気持ちは、良くて近所のお姉さん的な感じ。
話しやすい人だとは思う。それでも親しみは遠い。
今日のことは言い出せなかった。どうせ学園の方針で家の力を借りることは出来ない。
平等を掲げる学園では家の力を借りずに問題を解決するべきだ、と考えられている。
自分で問題を解決してこそ将来に役立つ。という未来を考えた方針であり、家に頼ることは心が狭い、と不評を買うことになる。
私としてもそこまでのことでもないな、と思っている。
でも学園のそういう方針があるからこそ男爵家のベルナが伯爵家の私に楯突いてきたってことだ。
学園の方針は学園在学中には適応される。でも、卒業した後は別。卒業してから問題になることも多いらしい。
そこまで考えているのかな?
考えていないから出来るんだろうね。
でも喋り相手が出来たことでちょっと心は落ち着いた。
それからお母様は旅行を止めて家にいるようになった。
お母様が家に居るようになると、何故かお父様も家によく帰ってくるようになってきた。
とっくに夫婦の縁なんて切れていると思っていたのに、意外と2人は仲良くしている。
お父様もお母様が家に居なくて寂しかったということだろうか。
お父様って口下手そうだから寂しいって自分から言えなかったんだろうな。
そして、お父様が帰ってくるとお父様にお母様をとられてお母様との時間が減った。
別にいいけど。近所のお姉さん程度の人だし。
学園生活はわりと普通だった。
普通というか、成績上位を取れたことで勉強に目覚めてしまい、勉強に忙しい私はうっかりガリ勉になってしまった。
普通に勉強が忙しくて学園で何と言われていようとも気にならない。
前世では見えなかったてっぺんが手に届きそうな所にあるんだ。うっかり目指してしまった私は悪くない。私の日常は勉強漬けになった。
そのお陰か1回目のテストでは10位から8位まで順位を上げることが出来た。
因みにサミールは順位を落とした。ベルナの取り巻き業が忙しいらしい。そのまま落ち続けるが良いさ。
ベルナは入学当初は自分のかわいさに人が見惚れるのを戸惑っていたようだけれど、それに慣れてからは自分に惚れない者はいない、という認識になってしまったらしい。
入学当初から冷静に傍観してきた観察者として、私はベルナが純心な乙女から超自惚れ女になるまでを見てきた。
自分を取り巻く男に戸惑う初な少女は、自分の周りには常に男が侍るものだ、という思考に変わっていた。
そして向こうからくる男だけでなく、自分に惚れない男はいない、という信念のもと、自分の取り巻きではない男が自分に惚れるまで付きまとうという迷惑行動に出ていた。
偶然を装い男に何度も近付き、相手が自分に惚れた、と思ったら次のターゲットを狙いにいく。
つまり、ベルナは男漁りに忙しくて私の所にはあまり来なかった。
時々訳の分からないことを言われることはあったけれど、無視していたらいつの間にかなくなっていた。
私はベルナの相手をする程暇じゃないから仕方ない。
まあガリ勉で灰色学園生活を目指そうという私にとってベルナは面白い学園のネタ作り女だった。
サミールは学園入学後は家には来ていない。
学園で会っているのでわざわざ家で会うことはないだろうと親達は気にしていないらしい。
私は親友に近い立場だったサミールの存在をクビにすることにした。
サミールと婚約解消しても次の婚約者を宛てがわれるだけなのでギリギリまで婚約解消はしたくないけれど、親友といえるくらい親しみを感じることはもう出来ない。
友情なんてそんなものだ。道が違えばいつかは離れる。
勉強で忙しいというのに、お父様が訳の分からないことを言ってきた。
「自分の店を経営してみなさい」
どうやら一部の貴族の間では子供に店を出させてオーナーのようなことをやらせることが流行っているらしい。
本当に一部の間らしいけれど。
その流れに乗ったのかお父様が店を持つことを提案してきた。
経営なんて冗談じゃない。
私は前世から数字には弱いのだ。
それに、経営なんて始めてしまったら常に売上が気になり、休みの日すら気が休まらない気疲れ地獄になるじゃないか。
よくある転生系では将来の為に金を稼ぐぜ!的な感じでやる気になるんだろうけれど、経営の大変さを知らないから気楽に言えるんじゃない?
会社員なら会社の責任にして逃げられる。自分が経営者になったら自分が全ての責任を負わなければならない。
私にはあまりにも重い。
そうやって考え過ぎるから私はいつも何も始まらない。
ぐだぐだ考えてみたけれど、お父様の提案に刃向かう力など私にはない。ぐだぐだ考えたところで仕方ないのだ。
私が進み出さないばかりにお父様とお母様がワイン業なんてどうだ、とかカフェにしようとか勝手に決められそうになったので、自分の意見をはっきりさせることにした。
とりあえず飲食業は嫌だ。理由はなんとなく。なんか前世から飲食系では働きたくなかったんだ。
私は売上無視の店を始めることにした。
売るのはやたら大きな頭飾り。
前世で若い子達が頭にムダに大きなリボンやら頭飾りを着けているのを私はバカにしていた。
そんなバカみたいに大きな頭飾りなんて恥ずかしくないのかな、と。
本人がかわいいと認識しても、周りからは「え?」と理解を得られないようなバカっぽさ。
実用性もなく、ただ本人が「かわいい」と認識出来るだけで、それも若い子にしか許されない。
若さ故の過ちのようなバカっぽさ。
だからムダに大きな頭飾りにした。
前世の私は大人しくしていたから、はしゃげる時にはしゃぐことが出来なかった。
はしゃげる時にはしゃぐことが出来なければ、心が高まる時などそうそうないことを前世で経験している。
私ははしゃげなかったことを後悔していた。
今の人生は前世の後悔のやり直しを許されているのなら、私はバカっぽいとバカにしてきたことに挑戦したい。
ターゲットは若い娘だけ。
店も大通りではなく、脇道の小さなお店。なんなら屋台でも経営出来そう。
貴族層は狙わないで高価な宝石なんかも使わない、ただの布とかで作る。
平民の若い娘を対象にするから売上は期待出来ないだろう。
そういう商売の仕方も許される貴族の娘って得だね!
私が商売の方針を決めると、皆が微妙そうな顔をした。
お父様とお母様は貴族が対象でないことに不満そうだし、ターゲット層が狭いのも納得出来ないらしい。
でも、発展というものは、貴族だけでなく平民までがおしゃれを楽しめるようになってこそだと思うのだ。
貴族の人達はこの国が発展した素晴らしい国だと思っているけれど、お金のある貴族がおしゃれを楽しめるのなんて当たり前だろう。
平民達がおしゃれにお金を使えるようになってこそ本当の発展だ、と私はお父様とお母様をそれっぽく説得した。
渋々許可は取れたけれど、納得はしていないらしい。
まあ私はわがまま娘だから。
親の許可なくてもやるよね。
店を始めるにあたって問題だったのは、誰が作るか、ってことだった。
私は見本でこんな大きな頭飾りを作りたいのだといくつか作ってみた。私は基本真っ直ぐ線を縫うことすら出来ない不器用さなので、売り物を自作するのはムリだった。
それなりに器用で、出来たら私のやりたいことに賛同してくれる人とかいないかな。
と考えていたら、家のメイドの1人が身内を紹介してくれた。
「私の姉を雇ってくださいませんか?もういい年なのですが、あの性格では結婚は絶対ムリなので、せめて働き口だけでもあればと家族で困っていたのです」
紹介というか、雇ってくれというお願いだった。
身内に対して結婚出来なそうとかあんまり言わないと思うんだけれど、興味はそそられた。だから一度会ってみることにした。
誰かと会うのにワクワクした気分になったのは久し振りだった。
「サラといいます。妹がムリをお願いしたようで申し訳ありません」
それはとても大きな女の人だった。
結婚出来ないの意味が身長が高すぎるからだ。と一瞬思ってしまった。それくらい大きい。この国では比較的身長の高い女性も多いので、長身はマイナスポイントではないのに。
むしろ平民なら結婚相手は小さい女性より大きい女性の方が歓迎されたはずだ。子宝的な意味で。
サラはとりあえず家事が苦手らしい。
でも指先は器用で、布仕事は得意。というか布マニア?だった。
「裁縫の仕事はしたことがあるのですが、大きな体が邪魔だと邪険にされ、集中すると回りが見えなくなるので隣の人にぶつかったりしてよく嫌がられていました。布屋で働いたこともあるのですが、珍しい布に夢中になってすりすりしてしまったらクビになりました」
サラはどうせダメだろうと諦めての面接だからか自分のことを正直に喋ってくれた。
私が作りたいのはこんな感じの物だと私が作った見本を見せると、サラの目の輝きが変わった。
「なんすかこれ?これを頭に?それもパーティーの時だけじゃなくて普段使いで?」
サラは見本をじっくり触って観察してわざわざ縫い目のガタガタを指摘してくれた。
うん。分かってるんだ。縫い目のことは今は置いといて欲しい。
「こういうバカっぽい、じゃなくて前衛的な頭飾りを作りたいの。これはただの練習だから縫い目は気にしないで。お花の形にしたりとか、リボンを大きいリボンの形で固定した物にしてみたりとか、そういうのを売るつもり」
細いリボンの髪結びはこの国にもある。私が作りたいのはもっと太くて大きい布で作るもので。
針金とかはないから固定するのがどうやってやるのか問題はある。でも色んな形とか、色とか作ってみたいな。
「すごい!私にこの仕事やらせてください!」
やる気を出したサラに両手を握られてお願いされた。
始めのやる気のなさはどこへやら。布屋をクビになったのも、布屋の主人が身内を雇うことになったからクビにされただけらしい。
さっきと言ってること違うよ?と思ったけれど、口には出さない。
布屋の伝ならお任せを!というので売り物に使う布の購入はサラに任せることにした。