第5話 銃撃戦
「やってきたわね。のこのこと」
薄暗がりの中で、その小さな影は私たちに告げた。
ここはお屋敷から車で一時間ほどの場所にある、町外れの廃工場だ。果たして、ミケの首輪の発信器の情報を頼りにして、私たちはこの場所を突き止められたのだ。
この場にいるのは、私とえりかさん。そして、そこから少し後ろの方から、杜若さん。杜若さんは物陰にスッと身を隠しているけど、彼女にその存在を認識されているかどうかはわからない。
階上から彼女は私たちを見下ろしていて、その顔を見ることはできない。でも、背格好と声ですぐに分かる。あれは凜子さんだ。
「猫を返しなさいよ、この泥棒猫!」
えりかさんはそんな面白いことを叫ぶ。私も叫んだ。
「ねえ凜子さん! なんで、こんなことをしたんですか!」
そんな私を、凜子さんはせせら笑うのだ。
「あのさ、わかんないかなあ。あんたの推理とやら、あたしに疑いを掛けるには全然材料が足りないってコト。早く起きていた、だから何? いつもより早く起きてたらダメなの? 猫は家の中にいたはず? 見逃しただけかもしんないじゃん、あたしがさ」
「……じゃあなんで、逃げたんですか」
「それもわかんない? 邪魔なんだよね、あんたたち。要するに遺産を頂戴するには、このクソ猫を手に入れればいいんでしょ? あんたらを始末すれば、あたしがクソ猫のオーナーってことになって万事解決じゃない」
「そんな、乱暴な……」
「あんたらは誘き出されたってワケ。まんまとあたしの演技に引っかかって。生きて帰れると思わないほうがいいよ?」
それから凜子さんは一気に捲し立てる。
「あたしが蜂須賀なの。あんたら違うでしょ? 蜂須賀の遺産はあたしが継ぐべきなの。あのクソジジイ、最初っからあいつを脅しつけとけば良かったけど、死んじゃったらしょうがないよねえ」
その語尾にかけて、凜子さんの声のトーンは大きく、激しくなった。その、よねえ、を言い終わるのと同時のことだ。
「隠れろ!」
その声であたしはハッとした。反射的にえりかさんを引っ張り、物陰に隠れる。
「チッ。……なっかなか、うまく扱えないんだよね。これ。でも心配しないで、銃弾はいっぱいあるから」
背光効果で見えなかったけど、彼女は武器を携帯していた。ガトリングガン。素早い連射ができるごつい銃だ。
「オラァ、死に晒せ!」
彼女はその決め台詞を吐いた。
「クソ女ども、さっさと死んじゃえよ! 往生際悪ぃんだよ!」
凜子さんは銃撃の合間にそんな風に叫んでいて、私たちは物陰に隠れている。
「誰がクソ女よ!」
えりかさんは相変わらず、私と同じメイド服姿だったけど、履いているのは自分の赤いエナメルのハイヒールだった。だけどそのヒールが今は折れてしまって、この銃撃には手も足も出ないって感じだけど、それでも気丈に言い返している。私はと言えば踵の低いローファーで、彼女よりは少し動きやすい以外にはアドバンテージはなかったんだけど。
「クソ女じゃん。あんた、愛人業のクソ母から甘やかされて贅沢三昧で育ったけど、それが祟って資金がショートして、キャバで稼がないとならなくなったんでしょ? なのにホス狂いって馬鹿じゃないの? 金なんかいくらあったって、あんたがクソってことに何も変わりないから諦めな」
「くっ……」
えりかさんは歯噛みする。
私は思い返してみる。えりかさんの「遺産が手に入る」とか、「ナンバーワンにしてあげる」という電話は、どうやらホスト相手だったようだ。
「それからあんた。外村真琴だっけ。色キチ●イのクソ親父が気まぐれで手を出した貧乏ったらしいクソ女、その娘のクソ貧乏女。ボロアパートで小銭数えてるのがお似合いなんだよね、あんたには。穴の開いた靴下でも履いて」
彼女の、その言葉。
目の前が黒くなって、それから赤くなる。
全身の血が逆流するみたいに私は感じていた。
私のことは別にいい。だけど、母さんは。
「極道とか向かないから。後継者に相応しいのはこのあたし。分かるでしょ? ……」
彼女の言葉を私は遮る。ドスの効いた発声で。
「誰が、クソ女だ。もう一度言ってみな」
「は?」
「あんたが一番クソ女だろうが。四六時中ダラッダラッしながらスマホぽちぽち、あたしは最初からお前らなんか相手にしてませーんみたいな顔してさあ。にしたって他にやることないの? 勝負するのが怖いの? 真面目に勝負したら負けるって最初っからわかってんのかな?」
「は? てめえ、ふざけんなよ」
彼女はドスの効いた返しをするけど、私はさらにドスの効いた声で押収する。
「ふざけてないわ、徹頭徹尾真面目だわ。あんたはどうやら、私と違って父親と面識があったのよね? だったら、どうして先に父親に取り入らなかったの。ずっとそうやって無関心気取ってたの? そりゃ、後継者指名されなくてもしょうがないよねえ? 残念でもないし当然だよねえ?」
「この……!」
私の挑発は、どうやら彼女をキレさせたようだった。
「決めたわ。あんたを最初に蜂の巣にしてやる。小便漏らして命乞いしたって遅ぇわ、覚悟しな」
そう言って彼女は、もう一度引き金に手をかけたらしい。
連続する銃声。そしてそれは、私の方にだんだん近づいてくるようだった。
その時。
「助かりましたよ、時間を稼いでくれて」
声が聞こえてきたのは明後日の方向、私の位置からは右上の方だった。
銃声の中でも、
今までと違うリズムで、銃声が二発。それから、大きなものが床に落ちる音がして、ガトリングガンの銃声が止まる。
「くっ、このクソが……ッ!」
凜子さんはガトリングガンを取り落としていた。彼女はジタバタしながらも、それを拾い上げようとする。
「……凛子さん、抵抗はやめてください。僕の部下が狙っています、あなたを」
「…………」
凜子さんの額には、レーザーの赤い点が照射されている。それに気がついて、やっと凜子さんは抵抗を諦めたようだった。
彼は、手にしていたリボルバーを一回転させて、銃口をふっと吹いた。
「……杜若さん」
私は呟く、彼の名前を。
「すみません、手荒な手段を。……改めて自己紹介します。蜂須賀組若頭、杜若大介。養子縁組により今は、蜂須賀大介と申します」