表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第5話 銃撃戦

「やってきたわね。のこのこと」

 薄暗がりの中で、その小さな影は私たちに告げた。

 ここはお屋敷から車で一時間ほどの場所にある、町外れの廃工場だ。果たして、ミケの首輪の発信器の情報を頼りにして、私たちはこの場所を突き止められたのだ。


 この場にいるのは、私とえりかさん。そして、そこから少し後ろの方から、杜若さん。杜若さんは物陰にスッと身を隠しているけど、彼女にその存在を認識されているかどうかはわからない。

 階上から彼女は私たちを見下ろしていて、その顔を見ることはできない。でも、背格好と声ですぐに分かる。あれは凜子さんだ。

「猫を返しなさいよ、この泥棒猫!」

 えりかさんはそんな面白いことを叫ぶ。私も叫んだ。

「ねえ凜子さん! なんで、こんなことをしたんですか!」

 そんな私を、凜子さんはせせら笑うのだ。

「あのさ、わかんないかなあ。あんたの推理とやら、あたしに疑いを掛けるには全然材料が足りないってコト。早く起きていた、だから何? いつもより早く起きてたらダメなの? 猫は家の中にいたはず? 見逃しただけかもしんないじゃん、あたしがさ」

「……じゃあなんで、逃げたんですか」

「それもわかんない? 邪魔なんだよね、あんたたち。要するに遺産を頂戴するには、このクソ猫を手に入れればいいんでしょ? あんたらを始末すれば、あたしがクソ猫のオーナーってことになって万事解決じゃない」

「そんな、乱暴な……」

「あんたらは誘き出されたってワケ。まんまとあたしの演技に引っかかって。生きて帰れると思わないほうがいいよ?」

 それから凜子さんは一気に捲し立てる。

「あたしが蜂須賀なの。あんたら違うでしょ? 蜂須賀の遺産はあたしが継ぐべきなの。あのクソジジイ、最初っからあいつを脅しつけとけば良かったけど、死んじゃったらしょうがないよねえ」

 その語尾にかけて、凜子さんの声のトーンは大きく、激しくなった。その、よねえ、を言い終わるのと同時のことだ。

「隠れろ!」

 その声であたしはハッとした。反射的にえりかさんを引っ張り、物陰に隠れる。

「チッ。……なっかなか、うまく扱えないんだよね。これ。でも心配しないで、銃弾はいっぱいあるから」

 背光効果で見えなかったけど、彼女は武器を携帯していた。ガトリングガン。素早い連射ができるごつい銃だ。

「オラァ、死に晒せ!」

 彼女はその決め台詞を吐いた。


「クソ女ども、さっさと死んじゃえよ! 往生際悪ぃんだよ!」

 凜子さんは銃撃の合間にそんな風に叫んでいて、私たちは物陰に隠れている。

「誰がクソ女よ!」

 えりかさんは相変わらず、私と同じメイド服姿だったけど、履いているのは自分の赤いエナメルのハイヒールだった。だけどそのヒールが今は折れてしまって、この銃撃には手も足も出ないって感じだけど、それでも気丈に言い返している。私はと言えば踵の低いローファーで、彼女よりは少し動きやすい以外にはアドバンテージはなかったんだけど。

「クソ女じゃん。あんた、愛人業のクソ母から甘やかされて贅沢三昧で育ったけど、それが祟って資金がショートして、キャバで稼がないとならなくなったんでしょ? なのにホス狂いって馬鹿じゃないの? 金なんかいくらあったって、あんたがクソってことに何も変わりないから諦めな」

「くっ……」

 えりかさんは歯噛みする。

 私は思い返してみる。えりかさんの「遺産が手に入る」とか、「ナンバーワンにしてあげる」という電話は、どうやらホスト相手だったようだ。

「それからあんた。外村真琴だっけ。色キチ●イのクソ親父が気まぐれで手を出した貧乏ったらしいクソ女、その娘のクソ貧乏女。ボロアパートで小銭数えてるのがお似合いなんだよね、あんたには。穴の開いた靴下でも履いて」


 彼女の、その言葉。

 目の前が黒くなって、それから赤くなる。

 全身の血が逆流するみたいに私は感じていた。

 私のことは別にいい。だけど、母さんは。


「極道とか向かないから。後継者に相応しいのはこのあたし。分かるでしょ? ……」

 彼女の言葉を私は遮る。ドスの効いた発声で。

「誰が、クソ女だ。もう一度言ってみな」

「は?」

「あんたが一番クソ女だろうが。四六時中ダラッダラッしながらスマホぽちぽち、あたしは最初からお前らなんか相手にしてませーんみたいな顔してさあ。にしたって他にやることないの? 勝負するのが怖いの? 真面目に勝負したら負けるって最初っからわかってんのかな?」

「は? てめえ、ふざけんなよ」

 彼女はドスの効いた返しをするけど、私はさらにドスの効いた声で押収する。

「ふざけてないわ、徹頭徹尾真面目だわ。あんたはどうやら、私と違って父親と面識があったのよね? だったら、どうして先に父親に取り入らなかったの。ずっとそうやって無関心気取ってたの? そりゃ、後継者指名されなくてもしょうがないよねえ? 残念でもないし当然だよねえ?」

「この……!」

 私の挑発は、どうやら彼女をキレさせたようだった。

「決めたわ。あんたを最初に蜂の巣にしてやる。小便漏らして命乞いしたって遅ぇわ、覚悟しな」

 そう言って彼女は、もう一度引き金に手をかけたらしい。

 連続する銃声。そしてそれは、私の方にだんだん近づいてくるようだった。


 その時。


「助かりましたよ、時間を稼いでくれて」


 声が聞こえてきたのは明後日の方向、私の位置からは右上の方だった。

 銃声の中でも、

 今までと違うリズムで、銃声が二発。それから、大きなものが床に落ちる音がして、ガトリングガンの銃声が止まる。


「くっ、このクソが……ッ!」

 凜子さんはガトリングガンを取り落としていた。彼女はジタバタしながらも、それを拾い上げようとする。

「……凛子さん、抵抗はやめてください。僕の部下が狙っています、あなたを」

「…………」

 凜子さんの額には、レーザーの赤い点が照射されている。それに気がついて、やっと凜子さんは抵抗を諦めたようだった。

 彼は、手にしていたリボルバーを一回転させて、銃口をふっと吹いた。

「……杜若さん」

 私は呟く、彼の名前を。

「すみません、手荒な手段を。……改めて自己紹介します。蜂須賀組若頭、杜若大介。養子縁組により今は、蜂須賀大介と申します」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ