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第2話 ミケと杜若さん

「はあ」

 私は縁側から降りて屈んだ状態で、溜息を吐く。猫のミケは縁側の下に潜り込んでしまったようで、なかなか出てこないのだ。私と同じく後継者候補のえりかさんは、鰹節やら猫のおやつチューブやらで誘き出そうと試みたのだけど、ミケは警戒しているのか、出てこようとする様子はない。えりかさんは業を煮やして、今は邸内に引っ込んでいる。

「はあ。……なんでこんなことに」

 私はもう一度溜息を吐く。


 私とえりかさんは支給されたメイド服でこの仕事に当たっていた。クラシックめのスタイルで、スカートが長くていやらしい感じではないのは幸いだったけど、猫のお世話になんでわざわざメイド服を着なければならないのかはわからない。

 もう一人の後継者候補、凜子さんは、メイド服に着替えることもなく、スカジャン姿でずっとやる気なく携帯を弄っているだけだった。どうやらそのスカジャンには種類があるらしくて、背中の刺繍は毎日違う柄だった。彼女だけ苗字が蜂須賀で、今は亡き蜂須賀一真組長の娘として途中まで育てられたけど、故あって離婚し、母方に引き取られたということらしい。


 本題の、猫のお世話業のことだが、思ったよりも大変だった。ミケは凄まじく手のかかるクソ猫、ではなくて、私たちを警戒しているらしい。迂闊に手を出そうとすれば引っ掻くし、屋敷のそこかしこにおしっこするし。その度に雑巾を持って走り回るのは私だ。

『見慣れない人がたくさんいて、ストレスを感じているのかもしれません』

 そんな風に杜若さんは言ってくれたけど、だったら猫の世話なんてさせるなと言いたい。そもそもが変な試験だった。

 もう一つの悩みの種は、えりかさんの妨害だ。彼女はことあるごとに、問題の責任を私になすりつけて杜若さんに報告する。例えば、ミケが勢いよく駆け抜けたせいで、玄関にあった陶器の花瓶が落ち、盛大に割れた。それもえりかさんは私のせいにした。

『金継ぎすれば大丈夫ですよ』

 杜若さんはそう言ってくれたけど、もしかしてその金継ぎの費用は私が出さなければいけないのだろうか。


「……苦労していらっしゃるようですね」

「杜若さん」

 庭の方から杜若さんが歩み寄ってくる。彼はこの屋敷では、世話係として私たちの要望に答えながら、お目付役も兼ねているのかもしれない。私たちの訴えや要望を聞きつつも、同時に監視されているような気が私はしている。

「いやあ……。極道の後継者なんて、私には向いてないですよ。残りの二人が適任じゃないですか?」

 私はつい、正直に吐露してしまう。

 後継者になることができれば、莫大な資産が転がり込むのかもしれない。でもその代わりに、これから極道として生きていくことになるし、それは楽な道とも思えない。それに、後継者になれなかった時にはどうなるだろうか? この数日間、会社に行くこともできていない。話はつけてくれたとのことだけど、会社の方が心から納得しているとも思えないし、帰ったと同時にクビを切られてもあんまり不思議とは私には思えない。

「そうとは限りませんよ。慎重さが必要ですから、この世界は」

 杜若さんはそんな風に私の言葉に答える。

 確かに、えりかさんはちょっと、慎重さに欠けているかもしれなかった。だって、猫に気に入られようと、ことあるごとにマタタビだの猫用おやつだのを持ち出すのだ。そのおかげで、猫はご飯時にはキャットフードに手をつけようとしないし、こういう肝心な時におやつで釣ることもできないでいる。


「困ったなあ。……」

 それから、私は少し考えてみる。

 猫の鳴き声は、猫にとっては言葉、人間への挨拶のようなものだという。猫だって、人間に向かってコミュニケーションを取ろうとしているのだ。人間が人間の都合で振り回すためにあれやこれやと手を出したところで、猫が心を開かなかったら意味はない。

「ピャアアァ……ミャアアァ」

 そんな感じで、私は猫の鳴き真似をしてみる。ピャが混じるのは子猫の時で、成猫になるともう少し低い声になる。子供の頃はその辺を走っている猫を鳴き真似で騙せたり、怪訝な顔をされたこともあったのだけど、今は私も声が低くなってしまって、再現度はそれほどでもないかもしれない。

「……駄目ですね。出てきませんね」

 そう言って私は立ち上がる。杜若さんは、驚いたように私の顔を見ていたけど、やっぱり猫ネイティブであるミケのことは騙せなかったみたいだった。

「すみません、私、一度お屋敷の中に入ります。私がいない方が、ミケも出てきやすいかもしれないし」

 そう言って歩み去ろうとする私。

「……あ、出てきた。ほら、ミケ」

 数メートルほど私が離れたところで、ミケは出てくる気になったらしい。杜若さんに抱え上げられて、満足そうに目をしぱしぱさせていた。

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