第1話 発端
「オラァ! 死に晒せ!」
絶え間ない銃声に混じって、女の絶叫が響く。
私は傍らのもう一人の女を引っ張り、彼女が遮蔽物からはみ出ないように注意する。
「なんでこんなことになったのよ!」
「知りませんよ!」
彼女は私に向かって叫び、私は叫び返す。
そもそもと言えば、一匹の猫が発端だった。あれはそう、たった四日前の話になる。——
——その猫は、ふかふかした座布団の上に香箱座りをして、ひときわ大きなあくびをした。
体の大きな三毛猫で、鼻の横にはほくろのような黒い点がある。目が細いのは眠いからで、しゃっきりしていればもう少し可愛いのかもしれない。
「この度は皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます」
ここはどっしりと重厚感のある、巨大な日本家屋の、十畳ほどの部屋の中だ。猫の隣に敷かれた座布団に正座した男が丁寧に挨拶する。
ぴっちりした黒いズボンにベスト、白のシャツに絹のネクタイという服装で、両方の二の腕に嵌めたアームバンドのために、シャツの袖と黒い手袋の間に隙間が出来て、そこから肌が見えている。黒縁メガネをかけていて、丁寧な口調で喋っている彼だけど、真面目そうだとは感じない。いかにも染めてますという派手な金髪で、うなじの辺りが妙に長い、そんな堅気っぽくない髪型をしているからだ。
(なんか、ホストかキャバクラのボーイみたいだなあ……)
私はそう思ったけど、普段からホストやキャバクラのボーイに慣れ親しんでいるわけじゃない。私は貧乏なのだ。
「早く話を始めなさいよ! 足が痺れてきたじゃないの!」
私の隣に座る女が苛立ったように叫ぶ。彼女も明るい髪色をしているが、日頃の入念な手入れのせいだろう、説明をしている彼のような不自然さは感じない。艶があって綺麗な髪だ。鮮やかな赤のキャミソールドレスと透け素材のカーディガンという出で立ちで、セクシーだけど寒そうだ。さっきから足を崩していて、どうやら正座には慣れていないようだ。
もう一方の隣に座る女は最初からあぐらを掻いていて、ずっとやる気なさそうにスマホを弄っていた。小柄な背丈、マッシュルームカットの黒髪で、スカジャンにダメージドジーンズのタイトスカート、網タイツで、足の爪にも手の爪にも黒いネイルをしている。
「順を追ってお話させてください。仰々しくてすみませんが、そういう世界ですので」
それから、男はこんな話をし始めた。
「極道『蜂須賀組』の組長、蜂須賀一真が、跡取り息子を残さないままこの度、冥土に旅立ちました。莫大な遺産を残してね。なので後継者問題の解決のため、蜂須賀一真の血を引く三人の女性から一人を選ぶ必要が出てきたのです。それが皆さんですよ。……ここまではいいですね?」
赤いドレスの女は心持ち不機嫌そうに鼻を鳴らすが、異論は挟まない。それからスカジャンの女はスマホから目を離さなかった。どうやら、二人にとってはこの話題は、周知の事実のようだ。
一方の私にとっては、こんな話は初耳だった。うちはシングルマザーの家庭だったけど、母さんは父親の話をしたことはなかった。母さんは清掃や店員の仕事を掛け持ちして、女手一つで私を育ててくれた。
『あなたはちゃんと勉強して、真っ当な職につきなさい』
そんな風に母さんは言っていた。清掃員やパート店員が真っ当な仕事でないとは思わないけど、薄給でこき使われるきつい仕事であることは間違いがない。私は私なりに頑張ったのだけど、今のご時世、そんなに良い仕事はなくて、私の今の身分は契約社員だ。
「話を続けます。三人から一人を選定するため、皆さんにはこれから一週間、この猫の世話をしていただきます。この屋敷に住み込んで」
男はそう告げた。
「え、今からですか? 一週間も?」
「はい」
こう聞いた私に、男の人は簡単に肯くのだ。
「あんた、何聞いてたの?」
小馬鹿にした口調で紅ドレスの女は私に向けてそんな風に言うけど、私が聞いたのは、『親族に不幸があったので、今すぐ荷物をまとめて、来て欲しい』ということだけだ。日を跨がる可能性は考えて一応着替えは用意していたけど、一週間も滞在することになるなんて思ってはいない。
「ご心配なく。必要なものは全て、こちらで用意させていただきますから。それでは、これから一週間、よろしくお願い申し上げます。……袋小路えりか様。……蜂須賀凜子様。そして、外村真琴様」
男はその順番で、赤いドレスの女、スカジャンの女、それから、私に向かって挨拶する。
「この猫はミケです、亡き組長も可愛がっていらっしゃいました。……それから、私は世話係の杜若と言います。以後、お見知り置きを」
世話係の男、杜若さんはそう言って、恭しく頭を下げるのだった。
「ねえ、あんた。……この猫に気に入られるのが、遺産相続の条件ってことでいいの?」
そう聞くのは赤いドレスの女、えりかさんだ。杜若さんはそれに答えて言う。
「この一週間が恙無く過ぎれば、そういうことになるでしょうね。それでは皆さん、よろしくお願いします」