ペトリコール・ランデブー -CASE1-
星の数ほどある作品の中から見つけてくださりありがとうございます。
アニメイトバディ1に応募するために書き下ろした短編小説です。
もともと長編作品として世に出す予定で構成や設定を考えていたものから、今回応募するにあたり1話完結のストーリーを書き下ろした次第です。
そのため、本編のみでは理解しきれない設定がいくつか出てしまったので、ここで補足をしようと思います。
もちろんこの補足なしでも楽しんでいただけるよう書いたつもりではありますので、ここからは読み飛ばして本編に行っていただいても大丈夫です。
[人物紹介]
・南條蓮
レン。本作の主人公。東堂成美の経営するメンタルヘルスクリニックの精神科医。
対魔女討伐兵器“ペトリコール”の使用者。今回は拳銃型のペトリコールMr.27を装備している。
・南條華音
カノン。主人公の妹。聖セレスト学園に通う2年生。
黒髪のボブカット。前髪を留めた赤いピンが目を引く。
成績優秀・運動神経抜群・容姿端麗と3拍子揃っているが、周りの子と比べると遅い自身の身体的な成長速度をコンプレックスに感じている。
家事(という名の兄の世話)をするため部活にも委員会にも所属していない。
レンが魔女討伐に行く際はHRを抜け出してついていくほどの好奇心旺盛さを持っている。
・東堂成美
ナルミ、ナーさんなど。メンタルヘルスクリニックの院長 兼 魔女討伐部隊ACEの指揮官。
持ち前の人脈の広さで、研究者・警察官・政府関係者から協力を得て、魔女討伐部隊ACEを秘密裏に結成させた。
・水野典秀
ノリヒデ。警察官。特別捜査本部部長。
どこかやる気なさげで斜に構えた風だが、人情深く正義感が強い。
特別部隊を率いて魔女を包囲し、ACEに連絡をするのが彼の仕事。
表向きには彼の率いる警察部隊が魔女を討伐していることになっている。
・J
本名を隠したメカニック。対魔女討伐兵器ペトリコールを作成する唯一の技師。
[用語集]
・ペトリコール
“木下星乃”という研究者が発見した“クリスタル”と呼ばれるエネルギー体を用いて作成される武器の総称。
形状は様々で、レールガンからハンドガンまで試作されている。
“魔女”に使用すると、その能力を相殺させることができる。魔女狩りが可能な唯一の武器。
・魔女
“RAIN”の影響を受け特殊能力を手に入れた“ギフテッド”がその能力を暴走させてしまい、姿が大きく変化してしまった人々を指す。
魔女化してしまったほとんどのギフテッドは暴走状態にあり、周囲への被害は甚大。
通常の兵装では死滅させるのは困難であり、隔離するしか対処法が無かった。
・RAIN
異常気象と共に現れた。その姿は見る人によって様々で、幻覚の一種ともいわれている。
RAINに影響を受けた人はランダムに特異な能力を得る。その能力を与えられたものとして“GIFT”と呼んでいる。
・ギフテッド
RAINからのGIFTを得た人々の総称。手から火を出す、高く飛ぶ、といった特異な能力を持ち、一般にマジシャンや変わり者扱いされている。
その特異な能力を用いて犯罪行為に手を染める人や、暴走して魔女となってしまう事件が増えてからは、ギフテッドであることを隠す人が大半になった。
・クリスタル
RAINが発生した後に残された物質の一部。
非常に高いエネルギーを内包している鉱石のようなもの。
メカニックJはこのクリスタルからエネルギーを射出する機構を開発し、ペトリコールと名付けた。
上記設定は、この作品が連載作品として改めて世に出た際に深堀りしていきますので、参考程度にしていただければと思います。
それでは、本編のほうへどうぞ。
「レン、ちょっといいか」
今日のナーさんは少し様子が違っていた。いつもなら部屋に来て早々にファイルを適当に渡して俺を部屋から追い出すところだが、彼女は端末すら手に持っていない。
「……お茶でも淹れようか?」
「いや、いい。別に悩みがあって来たわけじゃない」
ナーさんはすっぱりと断って腕を組んだ。いつもは真っ先に座り込むソファーの背もたれに腰掛けている。長居するつもりはなさそうだ。
半端に止まっていた作りかけの資料を保存してナーさんの方に向き直り、先を促した。
「……最近、妙な殺人が起こっているんだが、何か聞いてるか?」
「妙な殺人? ……そういえば何人か、最近は物騒なニュースが多いとぼやいてる患者が居たな。両手を切り落とされた死体がいくつも見つかったとかなんとか」
「ちゃんと聞いてやってるのか?……まあいい、恐らくそいつだ。その連続殺人犯なんだが、どうも魔女の犯行って線が濃くなってきているらしい」
「……らしい?」
「特徴的な殺し方から一連の事件の犯人は同一人物として警察は調査をしていたんだが、どれだけ現場や被害者を洗っても、犯人を特定できる情報が出てこないそうなんだ」
「……それで?」
「監視カメラにも映らない。尻尾を出さずに何人も殺している。そんなことができるのは、恐らくGIFTを使えるギフテッド。それも飛びぬけた隠密能力を持つギフテッドともなれば、魔女化している可能性が極めて高い。警察本部もそう結論付けたそうだ」
そこまで聞いて、ようやく違和感の正体に気づいた。
今回の相手についての情報はほとんど無い。すべて推測の上で成り立っている仮説でしかなかった。
だから犯人が本当に魔女なのか、この連続殺人事件は魔女の被害なのかどうかを断定できない。
「まさかとは思うんですけど……今回、犯人捜しから始めるとか、言わないですよね?」
そう、俺の仕事は魔女の討伐。特殊部隊が足止めしている間に魔女を狩るだけの簡単な仕事。言われた場所へ行ってそこにいるやつを殺すだけ。推理だとか捜査は専門外。ただの精神科医の俺ができるのは精々、ぼそぼそと話す人にうなずき、適切な処置を施すことくらい。そこはナーさんも十分にわかっているはずだ。
「話が早くて助かるよ。詳しいことは署で聞いてくれ。担当はいつものノリヒデだ」
なのにナーさんは否定しなかった。そしてついに俺を部屋から閉め出した。
「……まいったな」
いつものように迷える子羊の庭から追い出された俺は、とりあえずノリヒデに会いに行くことにした。
目的地は、警察署だ。
*
「来たか。……ナルミから話は聞いてる。まぁ座れ」
特殊課特別対策本部……と仰々しく横断幕が掲げられている。部屋の表札には会議室Bと書かれていたが。
薄暗い明らかに急ごしらえの応接スペースに通され、パイプ椅子を勧められた。まるで取調室だなと思いながら腰掛ける。
「悪いな、こんなところで。……笑えるだろ? この街に巣食う魔女からこの街を救うACEの最前線がここなんて」
まるで笑えない。魔女狩りをした次の日にはニュースになるような功績を残し続けているのにも関わらず、他の課と比べて明らかに不遇な扱いを受けていると感じる。俺は首を横に振った。
「何をやらかしたらこんな隅に追いやられるんですか。もっと優遇されて当然の戦果を挙げているのに」
「馬鹿言っちゃいけねぇ」ノリヒデはすぐに否定した。「十二分に優遇されてるさ。こんな得体のしれない部隊に巨額の投資がされてんだ。とても元の課に戻ろうとは思えないね」
確かに場所は悪いが、とノリヒデは笑う。まぁ、これからする話は人の多い場所で話せる内容とも思えないし、むしろ好都合なのかもしれない。
俺はため息をついて本題を切り出すことにした。
「……それで、犯人の尻尾はどこまでつかめてるんですか?」
「ああ、それなんだが」
ノリヒデは机のわきに置いてあったホワイトボードを引っ張ってくる。
そこには被害者と思われる赤黒い写真がいくつも貼られていた。
「犯人特定のための情報としてはゼロに等しい。聞いてるかもしれないが、恐らく魔女の犯行だってことくらいだ」
「……さしずめ、捜査課が投げてきた案件なんじゃないですか? この街で起こる不可解な現象はたいてい魔女のせいだって」
現場の写真も捜査課が調査の一環で撮っていたものだろう。いつもの写真は加害者側の魔女のものばかりだったので、他の部署のものだとすぐに気づいた。
「察しが良いな」
苦笑いをしてノリヒデは続ける。
「それで今回の犯人は魔女と仮定して、こちらで捜査を引き継ぐことになった」
「オッサンも大変だな」
「仕事だからな。……次にターゲットの魔女の名前だが、サイレントと呼ぶことにした」
ノリヒデはホワイトボードの一部に赤で丸を付けた。
「姿を特定させないで犯行を行う能力――その静かさと、特徴的な殺し方からこの名前にした」
ノリヒデは一枚の写真を指差す。
「手を切断し、口を焼き塞いで殺す。叫び声はおろか、ダイイングメッセージすら残させない静か過ぎる犯行――」
「――それで、サイレント」
ドヤ顔で語るノリヒデを横目に写真を手に取った。確かにこれでは何も残せない……そう確信した。
「さて、もうわかっているとは思うが、姿がわからない以上、サイレントが再び現れるまで包囲することはできない。だから今回は、サイレントを発見するところから協力してもらう」
「発見って言ったって、俺にやれることなんて」
「……レン、お前には多くの魔女を見てきたそのカンで、何かを見つけてほしいんだ。サイレントにつながる何かを」
そう言ってノリヒデはホワイトボードの写真を集め、俺に手渡した。
「なんでも良い。気づいたことがあればすぐに言ってほしい」
「……まいったな」
渡された数枚の日付が書かれた写真の裏には被害者の情報が軽く載っていた。こんな写真を見ただけでは俺には情報を拾えない。そう思いながらも、一応受け取っておくことにした。
Prrrrr――
ノリヒデの携帯が鳴る。
「失礼。――水野だ。どうした?」
俺に断りを入れてからノリヒデは電話に応対した。何度か頷いたあと、ノリヒデは席を立った。
「わかった、すぐに行く。――おい、さっそくサイレントが出たみたいだぞ」
*
「酷いな、こりゃ……」
とあるアパートの1室。ノリヒデと、通報した女性同伴で現場を確認している。
部屋中に充満した血の臭いにむせながらも、椅子に縛り付けられた被害者を観察する。
「手を切断され、口を塞がれている……今回も確かにサイレントのやり口だ」
ノリヒデは確かめながらそう呟く。写真だとよくわからなかったが、口は布のようなもので縛られた上から何かで溶かしたような塞がれ方をしている。口の周りは酷く爛れてしまっていた。
ノリヒデは状態を確認するとさっさと死体から離れ、通報した彼女の同居人に話を聞きに行ってしまった。
「……気味が悪いな」
これまでの魔女は、そのほとんどが理性を失い、その能力をめちゃくちゃに振るうようなやつばかりだった。周囲に被害が大きく出ることが多く、人的被害も2次災害的な部分があった。
だが、今回は違う。明らかに人を狙った犯行。それもとても知性が感じられる殺し方だ。暴走した魔女ができる芸当じゃない。
「ノリ……水野さん、窓を開けても?」
「現場保全があるんだが……まあいい。俺らは捜査課じゃない。良いぞ」
外の空気を入れれば少しは気分も落ち着くだろ、と言うので、鍵のしっかり閉まっている窓を解放した。
「――っ」
瞬間、視線を感じ隣の建物の屋上を見た。そこにはこちらを窺うような人影が。
「悪い、ノリヒデ。すぐに戻る!」
窓の縁に乗り、手首のリングを起動した。
「お、おい!気でも狂ったか!?」
「外に怪しい奴が!」
言いながら俺は思い切り窓を蹴って宙へ飛び出した。
瞬間、雨靴と手首に取り付けられたリングに淡く光が灯る。
それは俺に異常なまでの跳躍力を与え、一気に向かいの建物の屋上に飛び乗らせた。
「おい、待て!」
バタン、と派手な音を立てて階段へ続く扉が遊んでいる。俺はすぐにその後を追いかけた。
階段を駆け下りると大通りに出た。時間が時間なだけに、人と車であふれている。
レインコートの着用が普通になったからと言っても、雨の大通りは視界が悪すぎた。
怪しいやつを見失った俺は、すぐにノリヒデに電話をかけた。
『この馬鹿野郎! 窓から飛び出す奴がいるか!?』
「最短のルートをとっただけだ。それより、すぐに周囲のカメラの映像を追加で収集してくれ」
『何か分かったのか?』
「怪しいやつがいた。サイレントかもしれない」
『……っ! 分かった。すぐに手配させる』
電話は切れてしまった。
「くっそ……」
人ごみに背を向け、ノリヒデのもとへ戻ることにした。
今は残った映像を頼りに犯人を見つけてくれるのを祈るしかない。
*
「……なにかあったの?」
オムライスをつつきながらカノンは口を開く。
はむ、と一口、美味しそうに食べるカノンを見て、俺は自分のスプーンが随分と止まっていたことに気付く。
「いや、その」
「珍しいね、お兄ちゃんがご飯も食べられないほど悩むなんて。三年ぶりくらいかな」
「あの時はだな……、……いや、ありがとう。助かった」
「良いよ。それより、今の悩みでしょ?」
俺は水を飲んで、美味しそうなオムライスにスプーンを入れた。
「……ちょっと見てもらいたい物がある。ここで見るのもあれだから、食べ終わったら時間をくれ」
「うん。わかった」
せっかくのカノンのオムライスが不味くなったら気分が悪い。
今は目の前の絶品に舌鼓を打つことにした。
*
「それで、話って?」
二人で洗い物を終えたところで、カノンがソファーに座り声をかけた。
「ああ、それなんだが……」
「お兄ちゃん」
カノンはポンポンと隣を叩く。隣に座れと言うことだろうか。
「……」
俺は何も言わずにそこに座る。
カノンも何も言わず微笑んだ。
「……最近、奇妙な殺人事件が起こってるって、聞いたことあるか?」
「殺人……?そういえばクラスの子がそんなことを言ってたような……、なんだっけ、サイレント?」
「ああ、それだ」
俺はノリヒデから貰った写真を取り出す。
カノンはそれを見て顔を顰めた。
「そのサイレントだが、魔女の可能性がある」
「そうなの?」
カノンは写真を手に取り、まじまじと観察している。
「……もしかして、これ、全部?」
「そうだ。サイレントの犯行後の現場だ」
「なるほどね……腕を切り落とし、口を焼いて塞ぐ。噂通りってわけ」
あーあ、とカノンは呆れたような声を漏らす。だが、どこか楽しそうに見えるのは俺の勘違いなのだろうか。
「確かにこれは食事中に出さなくて正解ね。……それで、私にこの写真を見せて、どうしようってわけ?」
「その写真から、サイレントにつながる情報を掴みたい」
被害者の写真。それらの共通点を見つけ、犯人の狙いや特徴を割り出せないか、カノンに頼んでみた。
捜査課が既にやった事だろうが、情報が出ていない以上、まだこの写真には価値がある。きっとノリヒデもそう思ってこれを託したに違いない。
「……女の子ばっかりなんだね」
「被害者か?……そういえばそうだな」
「それに……この制服、見たことある」
「制服?」
「近くの学校のやつだよ。帰り道によく見るし、間違いないと思う」
言われて横から改めて写真を見てみると、被害者はみんな制服を着ている。赤黒く汚れていて分かりにくいが、言われてみれば分かる。
それに、顔の半分が崩れてしまっているのもあって気付くのに遅れたが、全員女の子だ。
「あれ?この写真だけ制服じゃない」
カノンが見せてきたのは、今日撮った被害者の写真。椅子に座った状態で殺されている女性の服装は白のワンピースだ。
「それは今日撮ったやつだ」
「じゃあお兄ちゃんが撮ったの?」
「撮ったのはノリヒデのオッサンだ。俺は隣に居ただけ」
「もう、連れてってくれても良かったのに」
「何言ってんだ。授業は受けろ」
「この時間ならギリギリ終わってるし」
カノンはそっぽを向いてしまった。
まだぶつぶつ言ってるカノンを放っておいて、被害者の特徴を改めて整理してみる。
サイレントに狙われているのは女性。それも制服を着た女の子。
よく見てみるとそれぞれの被害者が来ている制服は別の学校のものらしく、デザインが異なっていた。特定の学校の生徒を狙っているわけではないらしい。
それを踏まえた上で今回の被害者の写真を見てみると、制服を着ていないことに違和感が湧いてくる。たまたま着ていなかっただけなのだろうか。
「……ちょっと、お兄ちゃん聞いてるの?」
そう考えると、どうしてサイレントは女子学生ばかり狙っていたのだろう。
「え、ちょっと!?」
カノンの腕を取る。手で握れてしまうくらい細い腕。サイレントはこれを切り落としている。
切り落とす理由は……ダイイングメッセージを残させないためだろうか。
「……そうか、この年齢の女の子は、腕が細くて骨も脆い。"狙いやすい"から選んでるのか」
「ちょっと、痛いよ」
「ああ、すまない」
カノンの腕を離す。
「……サイレントは切りやすいから女の子を狙ってるって、サイコパスなの?」
「魔女に正常な思考を持った奴がいるもんか。"そういう殺し方"に拘っているんだろう」
「そういうものなの?」
Prrrrrーー
携帯が鳴っている。カノンに断りを入れて電話に出た。
『レンか?今日の映像解析が終わった。ついでに犯人も捕まえた』
「…………は?」
*
「だから、オレはサイレントじゃねぇって!他のやつなんて知らない!」
取調室で叫んでるのは、青いレインコートを着た青年。犯人は魔女ではなかったのだろうか。魔女の特徴である身体の変化がみられない、ただの一般人のようだ。
「吐かせたはいいが、ずっとこの調子でな」
ノリヒデは容疑を認めさせたらしい。その辺りは相変わらず手際が良い。
「とにかく事情を聞いてみましょう。何かわかるかもしれません」
「……なぁレン、この時間の呼び出しだからって、彼女連れてくんのは無いだろ」
「彼女?私、彼女に見えてますか?」
なぜかカノンは楽しそうにしている。ノリヒデは頭を抱えてしまった。
「あー、とりあえず、話を聞きましょう」
面白そうなのでカノンとの関係は黙っておくことにした。今は少しでも情報を集めたい。話を聞くのが先だ。
「はぁ……。それで、サイレントじゃ無いというのはどういう意味だ?」
ノリヒデは諦めて青年に問いかけた。
「そのままの意味っすよ!オレはサイレントじゃない」
「……模倣犯」
カノンの呟きに青年は言葉を重ねた。
「そう、オレはサイレントを語っただけ。……あいつはオレを裏切った。だから、姿の分からないサイレントと同じやり方をすればバレずに殺せると……」
青年の話は続いた。凶器は糸鋸と工業用の酸。動機は私怨で、部屋の鍵をコピーしたものを使ったらしい。凶器類は、開発地区の工事現場から盗み出したとか。
一通り聞いたノリヒデは俺たちを取調室の外へ連れ出した。
「模倣犯なのか、あいつは」
ノリヒデがカノンに問いかけた。
「写真を見せてもらったんですけど……今回の被害者だけ、他の被害者の特徴と一致しなかったんです」
「……!」
カノンはノリヒデに、これまでの被害者は全員制服を着ていたという共通点があることを説明した。
「……そうだったのか」
ノリヒデは感心している。カノンは照れくさそうに笑った。
「でもサイレントがあいつじゃ無いなら、本物のサイレントはまだ誰かを狙っているはずだ。なんとか事が起こる前に捕まえたいが……」
「……今ある情報を集めてみよう。捜査課の情報も含めて、サイレントの行動を予測できないかな」
ノリヒデは頷き、俺たちを例の部屋に連れて行った。
*
捜査課の掴んだ情報は、"サイレントが誰か"を特定するには十分な証拠にはならなかったが、誰かを狙うタイミグについては特定していた。
サイレントは半月の夜、誰かを手にかける。時間は決まって深夜。被害者が1人のタイミングを狙っている。
その狙う相手は、カノンの言った通りなら、制服を着た女性。
「だが、制服を着た奴なんていくらでもいるだろう。深夜に1人になる奴だってどれだけ居るか分からない。次の犯行がどこで行われるかなんて予測できないだろう」
ノリヒデはそう言うが、カノンはすぐにそれを否定した。
「次に狙う学校は予測できますよ」
「なぜだ?」
「被害者の着てた制服、どれも違う学校のものだったんですけど……」
カノンは写真を並べた。そしていつの間に用意したのか、学校の名称と位置が書かれたリストを横に置いた。
「……サイレントは、写真の日付と制服の特徴から考えると、北にある学校の生徒から順に襲っています。次に狙う学校は……聖セレスト学園の可能性がかなり高いかと」
ノリヒデは目を丸くしている。スッと近寄ってきて俺に小声で耳打ちしてきた。
「……探偵かなんかなのか?」
「カノンはな……本物の"天才"なんだよ。他のやつと違って特別なんだ」
聞こえていたのか、カノンは得意げだ。カノンのポーカーフェイスで側から見たら分からないだろうが。
ノリヒデは首を振って、カノンに向き直った。
「学校が分かっただけでも収穫だ。あとはそのうちの誰が狙われるかだが……」
恐らく、カノンと俺の意見は一致しているはずだ。だから、俺から言い出すことにした。
「カノン、ひとつ、お願いがあるんだが」
*
「それで、私が囮ですか」
帰り道、カノンが助手席でぼやく。
「他に頼める人が居ないんだ」
カノンはわざとらしくため息をついてみせる。
「普通こういうのは、大切な家族を巻き込みたく無いとか言って、他の人に頼むもんじゃ無いわけ?私、死んじゃうかもしれないんだよ?」
意地悪な妹だ。本当は全部分かってるくせに。
「……信頼、してるからな」
だからもう少し付き合ってあげる事にした。
「俺を救ってくれたただ一人の、大切な家族だから」
これは本心。三年前……魔女に両親を奪われ荒れた俺に献身的に尽くしてくれたカノンに、俺は救われた。前を向いて、魔女討伐を志せるようになったのはカノンのおかげでもある。
「……えへへ」
「だからカノンも、俺を信じてくれないか」
信号で止まったタイミングでカノンの方を見た。カノンは気恥ずかしそうに目を伏せる。
「そんなの、当たり前でしょ。それに、断ったつもりは無いんですケド」
「ああ、ありがとうな」
必ず守ってみせる。俺は改めて決意した。
そして必ず、魔女を駆逐し、同じ目に遭う人を無くしてみせる。
*
「作戦はこうだ」
半月の夜。相変わらず降り続いている雨の中、車にノリヒデと二人で待機している。
「カノンに盗聴器を付けた」
「おい、何やってんだ。本人には言ったのか?」
「言ってない」
「犯罪だぞ……。……とりあえず、続きを言え」
「カノンには制服姿で1人で過ごしてもらっている。カノンの読みが正しければ、サイレントのターゲットになる可能性が高い」
「まさか高校生とはな。お前も罪なやつ…」
「あいつは妹だ」
「嘘だろ!?」
ノリヒデは唖然としている。確かにあの才能を見た後だと、信じてもらえないかもな。
「……そういうわけだから、サイレントがカノンを襲えばわかるはずだ。あとはサイレントが来るのを待つしか無い」
「まぁ……来たらいいなって言うのは変かもしれないが」
確かに、人の家族が狙われるのを望むのは、側から見ればおかしな事かもしれない。
それでも、これがサイレントを捕まえる最後のチャンスになるかもしれない。
「来てくれないと困る」
「………」
ノリヒデは黙ってしまった。
俺は盗聴器が拾う音声に耳を傾けた。
『ふんふんふふん〜』
どうやら洗い物をしているらしい。楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。これから殺されるかもしれないというのに、大したものだ。もしかしたら、サイレントに警戒されないための演技かもしれないが。
『……来るのは夜中って言ってたっけ。先にお風呂、済ませちゃおうかしら』
洗い物は終わったらしい。パタパタと移動する足音がする。
そして扉が開いて閉まった音を聞いて、俺は静かにイヤホンを外した。
「どうした?トイレか?」
「なんでそれが……、……いや、ちょっと休憩しているだけだ」
かなり焦った。受信機にはイヤホンをしっかり差して俺にしか音声は聞こえていないはずなのに、と。危うく墓穴を掘るところだった。
「そうか。……俺は仮眠を取る。動きがあったら教えろ。お前にしか分からないんだからな」
「ああ。分かった」
ノリヒデは目を閉じてしまった。
今はサイレントが食いつくのを待つしか無い。
**
『少年、あたしの助手にならないかい?』
三年前、最後に晴れ間を見た時。俺は契約を交わした。
対魔女討伐兵器ペトリコールを提供してもらう代わりに、すべての魔女を駆逐すること。
雨上がりのあの出会いは今でも忘れられない。
『ほら、ぼさっとしてないで、さっさと起きな!』
**
「…………ッ」
気を抜いたつもりはなかったが、意識が途切れていた。慌ててイヤホンに意識を集中する。
『…………』
微かにペンを動かす音が聞こえる。どうやら自室で勉強しているらしい。
「……さすがに、ハズレか」
隣のノリヒデは完全に眠ってしまっている。相当疲れが溜まっていたらしい。
もう日付は変わってしまっていた。普段ならカノンはもう寝る時間だ。
『……ッ!!ちょっと、あなたどこから――ッ!!』
なんて考えていたところにカノンの声が耳に届いたが、すぐに何かに塞がれたように声が途切れてしまった。これは明らかにビンゴだ。
「おいッ!起きろおっさん!!」
「ぶごぁッ!?」
起きるのを待つ時間は無い。思い切りノリヒデの頬をぶん殴り、車を飛び出した。
****
(ヤバいヤバいヤバいよこれ……!)
一瞬の出来事だった。
いきなり後ろから布を口にかけられ、すぐに声が出せなくなった。
気配は感じられなかった。それどころか、物音ひとつしなかった。
我ながらいい反応だったと思う。瞬時に反応して椅子から飛び退き、その静かな侵入者と距離を取れた。
そこまでは良かったが、机の上の小さな灯りに照らされたそいつは、ゆっくりとこちらに狙いを定めている。いつでも手が出る、絶妙な間合いだ。
(お兄ちゃん、早く来て……!)
コイツがサイレントなのだろうか。それならまだ幸いにも腕は切断されていないし、口が塞がっているだけだ。十分に戦える。
「……ッ!」
ゆっくりと構えたサイレントは、構えが終わるよりも早くこちらに飛び込んできた。咄嗟に反応したが、ひどく重い一撃が腕にのしかかる。
「ぅぐ……!」
刹那の一撃は身体で支え切る事ができず、いとも簡単に私の身体は吹き飛んだ。
ガタンッと派手な音を立てて窓枠に叩きつけられる。窓はひび割れてしまっただろうか。確認している余裕は無い。
(なんなの!? こんなの重すぎる……!次もらったら、絶対もっていかれる……!)
すぐに防御態勢を取るため立ちあがろうとするが、座り込んでしまった身体は足に力が入らず動かない。
(なんで……!? 早く立ち上がらないとヤバいわよ、私……!!)
だが、意志に反して身体は言うことを聞かない。
サイレントはゆっくりとその懐から何かを取り出す。
(……ッ! あれってまさか糸鋸……!? ダメだって、さすがにそれはダメッ!)
それでも力無く首を振る事しかできない。
(助けて……助けてお兄ちゃん!!)
もうダメかと目を瞑った瞬間、背後の窓が粉々に吹き飛び、凄まじい音が耳を突いた。
****
「このッ!!」
思い切り窓を蹴る。勢い任せの飛び蹴りだった割には、簡単に窓は散り散りに粉砕してしまった。
ぼんやりとした月明かりと街灯の光が部屋に差し込み、目の前に居た"そいつ"の姿がハッキリと映る。
灰色のフードの奥に、カラスのような、嘴の付いたマスクをつけている。いや、あれは顔が変形してしまった結果なのだろう。これがサイレントの素顔だ。
背丈はそれほど高くない。白い手袋に握られた凶器が鈍く光っている。
「……ッ!!」
俺の乱入に驚いたのか、それとも姿を見られた事に動揺したのか、サイレントは背中のマントを広げて身を隠すような動作を大袈裟に取った。
「……! させるか!!」
大きな動作のおかげで反応が間に合った俺は即座にペトリコールを手に取りサイレントへ向けて発砲した。
パァン――――
一瞬、サイレントの姿が消えかけたが、ペトリコールの弾丸がマントの一部を突き破り、瞬時にその能力を打ち消した。
「光学迷彩!? カメラに写らないからくりはそれか!」
完全に消えかけていたサイレントの姿が、再び目に写る。サイレントは酷く狼狽している。
だが俺が追撃のためにペトリコールを構え直したのをサイレントは見逃さなかった。マントが役に立たなくなったと分かったサイレントは、自身の後ろの壁へ背中から飛び込んだ。
その不可解な行動は、すぐに最も合理的な行動であったことを俺に理解させた。
サイレントの身体は音もなく壁に吸い込まれていき、その姿を消してしまった。
「まさか……壁の透過能力!?」
慌てて俺は破壊した窓から屋根へ上がり、サイレントの姿を追いかけた。
屋根伝いにサイレントは飛ぶようにして逃げていく。
「おっさん!」
『見えている! すぐに追いかける』
ノリヒデに連絡を取ると、既に動いてくれているようだった。ペトリコールの能力で透明化マントが機能しない今、サイレントは不可視の存在では無くなった。捕まるのも時間の問題だろう。後は特殊部隊がサイレントを追い詰めるのを待つしかない。
「カノン! 無事か!?」
ベランダへ戻り、部屋で座り込んでしまっているカノンに駆け寄る。
膝をついてカノンの口を塞いでいた布を解くと、カノンは俺の胸に飛び込み抱きついてきた。
「お、おい……」
「怖かった~!! 怖かったよお兄ちゃん!!」
カノンはわんわんと泣き出してしまった。
怖い思いをさせてしまったのには変わりない。カノンが天才と言ってもこのあたりの感性は年相応だ。いくら魔女との戦闘経験が豊富と言えどそこは変わらない。
俺は少しでもカノンが安心できるよう、強く抱きしめ、頭をなでる。
「怖い思いさせてごめん。……でも信じてくれてありがとう、カノン」
泣きじゃくるカノンが落ち着くまで、しばらくそうしていた。
もう少し到着が遅れていたら。考えただけで肝が冷える。
だが同時に、間に合ったのだという実感が追いついてきた。ちゃんとカノンを守ることができた。
でもやはり、カノンを一人で魔女と対峙させたくない。その思いはまた強くなった。
*
それからサイレントを討伐するまでそこまで時間はかからなかった。
壁をすり抜けるサイレントを追い詰めるのには苦労したらしいが、特殊部隊は最終的に海を背にさせ、サイレントに抵抗を強制したようだ。
すり抜け能力が機能しなくなれば、後は怪力だけだったので、あっさりと倒すことができた。
「それにしても、どうやって窓から入ってきたの?」
「コイツだよ」
俺は腕のリングをカノンに見せた。
「それは?」
「メカニックJのお手製、重力制御装置」
「重力制御? ……クリスタルの力って、なんでもありなのね」
「魔女の能力を打ち消すペトリコールも作れるし、J曰く、クリスタルは無限の可能性を秘めてるって」
「そう」
カノンは興味を失ったのか、パンにかじりついた。
『……連続殺人犯、サイレントが逮捕されました。警察関係者によりますと……』
「あ、もうニュースになってる」
「そうだな。……これでまた少し、平穏が戻ってくればいいが」
「あはは、お兄ちゃん、おじいちゃんみたいなこと言ってる」
カノンは茶化してくるが、それが俺の願いであることには変わりない。
俺はこれからも魔女を討伐し続ける。
きっといつか、カノンと平穏な日々を過ごす、その日まで。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
募集要項の文字数制限がある関係上、かなり苦しい構成となりましたが、楽しんでいただけましたでしょうか。
今回の応募を機に、さらに勉強していきたいと考えていますので、どんな些細なことでも構いませんので、感想等いただけましたら幸いです。
それではまた、どこかでお会いしましょう。