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家の中に入ると、すぐ部屋になっていた。
部屋の奥に暖炉やかまどがあるのが見える。
寝る場所は別なのか、扉が二つ壁についていた。
部屋の中央にはテーブルと椅子が二つ置かれ、
その一つに女性が座っていた。
薄茶色の髪に緑色の瞳。
パッと見て美人というわけではないが、穏やかそうな感じに見える。
目じりが少しだけ下がっているのが可愛らしい。
女性は突然の訪問に驚いた顔をしていたが、
私が入ってきたのを見て、慌てて立ち上がり臣下の礼をする。
…とても綺麗な貴族女性の礼の仕方だった。
「顔を上げてくれる?ごめんね、突然来て驚いたでしょう。
ダグラスが休み続けているのが気になって、来てしまったの。
ねぇ、ダグラス。話を聞かせてもらえないかな。」
「…もうすでにわかってるんじゃないのか?
この家の場所を知っているんだし。」
「うん、それでもダグラスからちゃんと聞きたくて。
勝手に調べてしまってごめんなさい。」
この家を知っているということは、この女性のことも知っているだろう。
ダグラスはそう言いたかったようだが、私はダグラスから事情を聞きたかった。
事実ではなく、どうしてこうなっているのかを。
「調べたのは仕方ないだろう。
ソフィア様の学友になった時に説明は受けている。
たしかに学友としての立場を利用しようとするものもいるだろうし、
学友をけしかけて何かしようとするものもいるだろう。
そのこと自体は仕方ないと思っている。」
「ある程度の事情はわかっているけれど、
どうしてこうなったのか教えてくれない?」
「わかった。とりあえず座ってくれる?」
テーブルの椅子を示して、座るように勧められると、
女性は奥の部屋に下がっているという。
私たちの話し合いに立ち会うつもりはないようだ。
椅子に座ると、お茶が出せないことを謝られる。
「すまない。まだここに来て二週間ほどなんだ。
荷物をそろえるような時間もなくて。」
「それほど急にここに来たの。
…彼女は侯爵家の侍女よね?」
「そうだ。エマ・ピエルネ。
ピエルネ伯爵家の三女で、一度ポネット伯爵家に嫁いでいる。」
「ピエルネ伯爵家の。
一度嫁いだということは離縁して戻ってきたということ?
どうして伯爵家に戻らずにダグラスの家で侍女をしているの?」
嫁ぎ先から離縁されたというのなら、何も問題なければ家に戻り、
もう一度嫁ぎ先を探すというのが普通だ。
それが、家に戻らずに侍女として働きに出るというのはめずらしい。
「ピエルネ伯爵家はうちの分家なんだ。
エマとはたいして交流があったわけではないが、伯爵夫妻は知っている。
ピエルネ伯爵家は子だくさんで、エマの他に兄弟が五人いる。」
「他に五人!じゃあ、六人兄弟だってこと?」
「そう。しかも母親は一人だ。
伯爵に後妻や妾がいるというわけではない。」
「それはすごいわね。」
家の存続のために子をたくさん産んでおきたいという家は多い。
そのため後妻や妾に産ませる家もある。
ただ、妻が一人で六人も産んだ貴族家というのはなかなか無い。
「エマはその子だくさんの家系ということで妻にと望まれたらしい。
…女官の採用試験の少し前、同じ伯爵家でも資産力が上のポネット家に。
ポネット家は一人息子しかいなかったから、
子どもを多く産んでもらうためにエマに求婚したんだ。
子だくさんのせいで持参金が出せないピエルネ家は、
支度金を渡すというポネット家からの申し出を受け、多額の支度金を受け取った。
エマには断る理由がなかったらしい。」
「…そう。」
それはたしかに断る理由はないだろう。
一人息子の妻として来て欲しい、そのために多額の支度金も用意する。
そこまでされたら断れないだろうし、普通は喜んで嫁ぐのではないだろうか。
…女官の採用試験前というのが気にかかるが、
女官に採用されれば断られるかもしれないと思い、先に手を打ったということか。
それだけエマが高く評価されて嫁いだともいえる。
「だけど、嫁いでから三年たっても子ができなかった。
結婚する時に契約していたそうなんだ。
三年たっても子が産まれない時は離縁すると。
ただし離縁したとしても支度金の返済は求めない。
離縁するとポネット家が決めた時にはおとなしく従うようにと。」
「そう…子どもが産まれなかったから離縁させられたの。」




