17話 領主の居城
ネルキアの町を望むことが出来る丘。その上に領主の居城は建っていた。
城の周りは高い石壁で囲われ、堅牢さが窺える。
俺とリゼルは行動し易くなる夜を待つと、城門付近の衛兵を避けるように城の裏手へと回り込んだ。
言わずもがな、そこにも高い城壁が立ちはだかっていた。
壁を見渡した限りでは、見張り窓や弓を撃つ際のアロースリットも無く、侵入する為の取っ掛かりになるものが何も存在していない。当たり前のように裏門も無かった。
よじ登るにしても、のっぺりとした壁には僅かな突起すら無いので、手足を掛けることもままならない。
誰もが侵入を諦めるような場所だ。
だからこそ、なのだろうか。
さすがにこの場所から侵入する奴はいないと踏んでいるのか、衛兵の姿も見当たらなかった。
「中へ入るなら、ここからだろうな」
「でも、どうやって?」
リゼルがそう思うのも当然だ。
壁がそそり立つ目の前の状況に加え、周辺には取っ掛かりとなるような高木も存在しないのだから。
俺が突き落とされたスウェイン峡谷の深さから比べたら、目の前の城壁などたいした高さではない。
内部に侵入するという目的だけなら、あの時と同じようにスピリット達に頼んで壁を破壊してもらうことも可能だろう。
だが、それをやってしまうと、さすがに衛兵に気付かれてしまう。
今回はあくまで隠密に徹する必要がある。
となると、
「アレで行く」
「えっ……アレ??」
「ついさっきも使ったやつだ」
「??」
困惑するリゼルを横目に俺は城壁の袂へと進み出る。
その場で見上げると、意識の中でスキル名を呟く。
――スキル、身体能力強化・両脚。
途端、両脚に魔力が宿るのを感じた。
軽く膝を曲げると、力を溜め――ジャンプする。
「ふぇっ!?」
リゼルが驚嘆の声を上げた時には、俺は彼女の遥か頭上で滞空していた。
そのまま城壁の上に着地する。
「なるほど」
「なるほど……じゃないよ! 何、そのとんでもない跳躍力!」
浮遊しながら後を追ってきたリゼルが訴えてくる。
「いや、上級スキルの強化だと、このくらいの高さが限界なのかなー……なんて思って」
「だったとしても普通じゃないからね?」
「どういう事だ?」
「私も昔、身体能力強化・上級のスキルを目の当たりにしたことがあったけど、そこまでの力はなかったよ」
「そうなのか?」
だとしたら、何が起こっているのだろうか?
百年前と今では同じ上級でもスキルの質が変わってきているのか?
それとも魔物スキルのように複数融合してもランクアップまでは表記は変わらないが、能力は確実に強化されている……とか?
今は取り込み中だから無理だが、ゆくゆくは検証が必要だろうな。
「俺はスキル無しでもここまで登ってこられるお前の方が羨ましいけどな」
「えっ、そう? そうなんだ……うふふ」
「……」
リゼルは照れ臭そうに身をくねらせる。
皮肉のつもりだったのだが……どうやら通じていないようだ。
と、こんな事をしている場合じゃない。
俺は城壁の上にある狭間に身を潜める。
その影から内部の建物を確認する。
大きな見張り塔が二基。
その間に居館と思しき建物が見える。
おそらく、ゲオルクはその中だ。
しかし、その建物のどこにいるのかまでは分からない。
勇者の墳墓を暴いた時のように魔音波透視を使って内部を透過することもできるが、今回は範囲が広すぎる。
なら、近付いて探ってみるか。
「行くぞ」
「わっ、待って」
俺はリゼルに合図すると、塔上の見張りの隙を突いて飛び出した。
近くにあった側塔の屋根に飛び乗ると、そこを足掛かりにして穀物庫の屋根を渡る。
そのままいくつかの屋根を足場にして、最終的に居館の中腹にあるテラスに取り付いた。
この辺りで一度、使ってみるか。
俺はその場で魔音波透視を発動させた。
途端、周囲の景色が透けて見えるようになる。
その目で部屋の内部をつぶさに窺うと、違和感のある構造を発見する。
上階から地下に向かって隠し階段のようなものが伸びていたのだ。
多分これは、有事の際に領主などの身分の高い者が外部へ脱出する為の秘密通路だ。
ということは、この階段の起点――即ち、この上階が領主の部屋である可能性が高い。
それなら――。
俺はその場から上階のテラスへと飛び乗る。
するとそこには格子戸が嵌められた窓があった。
そこから内部の様子をこっそりと窺う。
薄暗い部屋の中で燭台の炎が揺れ、三人の人物の影を壁に映し出す。
一人は騎士団の長らしき男。もう一人は彼の側で項垂れ、怯えた様子の町娘と思しき女。
そして二人と対面した形で立っていたのは――、
見間違うはずもない。不敵な笑みを浮かべた人物――ゲオルク、その人だった。
煮えたぎる思いを押し殺し、彼らの様子を探る。
何やら会話をしているようだが、ここからでは良く聞き取れない。
こういう時は、あのスキルだな。
一角兎を倒しまくって手に入れたスキル、地獄耳。
そいつを使うと内部の会話が鮮明に聞こえてくる。
「徴収は上手く行っているのか? 騎士団長」
「滞りなく。ですが、今月も払えないと言う民が数人おりまして」
ゲオルクと騎士団長は互いに企みに満ちた笑みを浮かべる。
「それは困ったものだな」
「ですので、取り敢えず一人ですが、いつものように徴収免除の代替品をお持ちしました」
騎士団長は側にいる娘を一瞥する。
ゲオルクは娘の姿を舐め回すように確かめた後、口角を上げた。
「ふむ、なかなか上物じゃないか」
「ええ、美人税の導入が上手く働いているようで……」
騎士団長は、まるで自分が褒められたかのように頭を下げた。
ゲオルクは怯える娘を見つめながら言う。
「お前も不憫だな。親に売られるとは。これからは我の側でしっかりと働いてもらうからな。なあに、悪いようにはしないさ。くっくっくっ……」
「……」
ゲオルクが目を細め、品の無い笑みを浮かべると、娘の顔は青ざめたものになってゆく。
一連の会話を窓辺で聞いていた俺は歯噛みし、内心で呟く。
――クソが。
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