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安兵衛走る

 相手は五人、その内の三人は既に鯉口を切っている。

 安兵衛もやむを得ず左手の親指で鯉口を切り右手で刀を静かに抜くと、一旦下ろした剣先を前にして左脚を引き正眼に構えた。

 この者達は何か勘違いをしているのではないか。だがいくら人違いだと言っても聞く耳を持たない連中なのだ。三人の内二人は左右に分かれ刀を構えている。

 こんな場面では、三人が同時に刀を突き出せば勝てると思うだろうが、そうはしない。その様な行為は自らの非力を認めるに等しい。武士のプライドがそうはさせないのだ。刃を交える瞬間はあくまでも一対一でなければならない。

 安兵衛が正眼に構えていると、正面の男は上段のままジリジリと間合いを詰めて来る。

 刹那、男の右脚が出る。同時に安兵衛の右脚が引かれ、


「デアッー」

「ウグッ」


 安兵衛の引かれた筈の右脚は再び前に出ていた。男が刀を振り下ろす間も無く、安兵衛の突き出した刃が男の胸を貫いていたのだ。その刀を抜きながら男を背に回転。斬り上げて二人目を制し更に体を返すと、迫る三人目も袈裟がけで切った。

 三人の男達が倒れるのは同時であった。

 残った二人の男達は刀を抜くでもなく、茫然と立ち尽くしている。

 だが次の瞬間、安兵衛は抜き身の刀を下げたまま駆け出した。

 視野の片隅に大勢の侍が走って来るのを見たからだ。

 安兵衛は何故襲われたのかよく分からないまま走り続けていた。恨まれるような事をした覚えはない。男達は他藩の上士のようでもあった。だが刀を抜いてしまった以上はやるか逃げるか、そのどちらかになる。


 散々走ってやっと一息つく。なんとか逃げ切った。

 見ると田んぼのあぜ道に来ている。安兵衛が立ち止まった足の先を、細長いものがするすると草むらに入って行く。膝を曲げて土手の背で刀の血糊を拭き取り鞘に納めようとする。

 しかしその安兵衛の顔が曇った。刀が鞘に収まらなくなっているではないか。見ると刀身が僅かに曲がっている。

 未熟……

 戦場で無数の敵と戦ったのならまだしも、たった三人を切っただけで刀身を曲げてしまうとは。

 しかしこれが秀矩様から頂いた刀ではなく良かった。安綱という名工が、竜神の力を得て創ったと語り継がれている刀を身に帯びてはいなかったのだ。

 安兵衛は刀の先を土手に当て、刀身の中辺りを足で踏み反りを直すと鞘に収めた。


 五島安兵衛は九州黒田藩の下級藩士であるが、何故か薩摩藩の剣術、示現流の達人であった。

 刀を立てて頭の右手側に寄せ、左足を前に出す八相の構え。安兵衛はそれを更に高く構える。その構えから繰り出す豪剣は、兜をも断ち切ると言われている。


 この安兵衛であるが、九州で秀矩の率いる豊臣軍に黒田藩が負けた際に、自刃した藩主黒田利則の仇を討とうと決意した。そして藩がお取り潰しとなった後、一人密かに機会を狙っていたのだ。

 やがて船頭を装って秀矩に近づく機会を得たのだが、秀矩の立ち位置が瞬時に変わり、安兵衛の刃が空を切った。初めて目にする空間移転、信じられない出来事ではあった。しかし自らの不覚と刀を捨てると、逆に秀矩の家臣に取り立てられたという経緯がある。

 ここで登場する秀矩とは時の旅人トキの手を借りて、現代から戦国時代に転生していたフリーターだった。

 その後は安兵衛も秀矩と共に時を旅している。未だに信じられない出来事の数々であった。

 あの未来からいらしたという方と会い経験した数々の不思議な出会いは、全て仙人か噂に聞く天界の出来事ではないか、安兵衛は今でもそのように理解している。つまりあの方は仙人なのだ。そうでなければ突然違う世界に行くなどという事は納得出来ない。


 しかしその秀矩様は天界に帰られて、既にこの時代にはいらっしゃらない。

 時代は変わり、今は太平の世である。武士の活躍する戦場はもう何処にも無い。だが未だ戦乱の余韻が抜け切らない者が多いから始末が悪い。城下を徘徊する力を持て余した者どもが、無闇に刀を抜いて人を切る有り様なのだ。誰と勘違いしているのか、人違いであると言っているのに、刀を抜いてしまう。血が騒いでいるとは、あの連中の事を言うのである。


 しかしその後、思わぬ展開が安兵衛を待っていた。秀矩様の後を継いで将軍となっている方がオスマン帝国に肩入れする話になり、安兵衛は鉄砲鍛冶仁吉の開発した火縄機関銃を運ぶ手助けをする事となる。太平の日本を飛び出して海外に行くのだ。久しぶりに安兵衛も血が騒いでいる。

 ところがこの度、その天界に帰られた筈の秀矩様が再び安兵衛の前に現れたのだ。ただ安兵衛は勘違いをしてる。秀矩ではなく秀頼なのだ。



「秀矩様!」

「安兵衛、着いて来い」


 秀矩様背後の空間が歪んでいる。しかもそう言った秀矩様は戦装束ではないか。安兵衛が面食らっていると、


「急げ、行き先は関ヶ原だ。西軍を助けるぞ!」



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