婚約破棄された魔法が苦手な令嬢は、おとぎの国の王太子に求婚される。
「ヴェロニカ、お前との婚約を破棄する!!」
近隣の国賓や公賓を招いた王国の生誕祭で、私、侯爵令嬢ヴェロニカは、婚約者の第一王子ライアンから突然婚約破棄を言い渡されました。
そして追い打ちをかけるように、父が大声を張り上げました。
「第一王子に婚約破棄されるような娘は要らない!お前のように魔法も碌に扱えぬ、不出来で不細工な娘は要らぬ!お前は我が侯爵家の恥だ!王家との婚約を破棄されるなどと侯爵家の名誉を傷つけた愚かなお前は、今この時を持って、我が侯爵家から廃除する!!」
血のつながった父である侯爵に、侯爵家からの廃除を言い渡されました。
どうやら事前にシナリオは出来上がっていたようです。
父の横に控えていた妹のオルべリアが、第一王子ライアンの元へ近づいていきます。
オルべリアは私と違って、優秀な魔法使いです。
姿は私によく似ていますが、私とは違い、いつも派手な化粧をして、派手に着飾っています。
心の中では、
(マジで?やったー!意地の悪い舅姑付きの性格の悪すぎる第一王子との婚約破棄に、私を虐げ続けるろくでなしがいっぱいの侯爵家からの廃除!!こんな幸運があっていいの!?私、今日死ぬの?幸せ過ぎて、死ぬの!?)
と狂喜乱舞していたのですが、表面上は悟られないように、不幸な侯爵令嬢の仮面を被ります。
消え入りそうな弱々しい声で、彼らに答えます。
「婚約破棄に、侯爵家からの廃除。謹んで、承ります。」
私が静々と会場から去ろうとすると、私の行く手を遮るように、目の覚めるようなイケメンが近づいてきます。
早く会場から出て、自由を謳歌する旅に出る準備をしたいのに、邪魔です、このイケメン。
進路変更をして、なんとか会場から出ようとするのですが、イケメンは私の進路上に移動してきます。
思わず睨みつけそうになったところで、イケメンが口を開きました。
「ヴェロニカ様。私はクルーム国王太子のパーシヴァルと申します。どうか、私と結婚を前提にお付き合いしていただけませんか。我が国は貴女を歓迎いたします。」
「は?」
会場内には、ざわめきが広がります。
クルーム国。
おとぎの国。
決して干渉してはならぬ国。
クルーム国の名前は、物語に出てくるので知ってはいましたが、実在する国だとは思っていませんでした。
おとぎの国、夢幻の国だと、この国の国民であれば、そう教えられてきました。
「クルーム国だと!?謀るな!!そんな国は存在しない!!」
第一王子ライアンがパーシヴァル様に向かって、大笑いしながら怒鳴るという、器用なことをしています。
そんな第一王子ライアンと、それに続き言葉を発している人々を無視して、パーシヴァル様は私に話しかけ続けます。
「貴女の研究レポートを拝見し、実際にお会いして確信いたしました。貴女は同志だと。」
同志?
何のことだろうと、思わずパーシヴァル様を見つめてしまいました。
するとパーシヴァルは、私が話を聞く気になったのだと思われたのか、声を潜め、私にだけ聞こえるように囁いてきました。
「科学を、ご存じですね?」
「!!」
驚く私に、パーシヴァル様は追い打ちをかけてきます。
「電気に冷蔵庫、洗濯機、エアコン、自動車、飛行機、ヘリコプター・・・銃に戦車。」
「!・・っけ、結婚前提云々は置いておいて、私は貴方様の国、クルーム国に行きたいです!!」
ここは魔法と剣とファンタジーの世界です。
私は物心ついた頃から、この世界に違和感を感じていました。
日々の生活の中で、頻繁に不便さを感じていました。
下水処理さえされない、衛生観念の欠落!
見た目が綺麗な街並みでも、匂いが、汚物が・・耐えられない!!
私の知っている便利なものが無い世界!
明かりが蝋燭に火を灯す以外の方法が無いって、どんだけ原始的なのよ!!
体調や状況に左右される不安定な魔法を、得意になって使っている不思議!
魔物討伐に行っても、今日は調子が悪いから魔法が発動できないって、人生運任せなの!?
保冷という概念がないため、見栄で大量の食材を買い込み、大量に腐らせる貴族の杜撰な食品管理!
腐らせたその食料があれば、どれだけの人の命が助かると思ってんのよ!!
移動手段は、馬と馬車!
乗ればお尻が痛いし、気持ちが悪くなるのよ!
そして、道が整備されていないから、普通に体鍛えて走った方が速いし!!
戦争に至っては、正面から攻撃魔法と剣で戦うという、能率の悪さ!
せめて頭使って、戦略くらい立てようよ!!
そしてそして、
なぜ魔法が上手く使えないというだけで、虐げられなければならないのよ!!
ずっとずっと疑問に思ってきて見つけることができなかったのに、この世界にも科学が発達している国があったなんて!!
「私、多少はお役に立てると思います!」
「はい。貴女が短期留学されていた際に書き溜められた研究レポートを拝見させていただきました。多少どころか、十分戦力に・・いえ、十分我が国での暮らしに順応できる器をお持ちだと確信いたしました。そして、こうしてお会いしてみて、貴女に魅かれました。どうか、私と共に、クルーム国を盛り立てていただきたいのです。」
「結婚前提云々を置いておいていただけるのであれば、ぜひ!」
(重要なことなので、2度言いました!)
そう言って、私は差し出されたパーシヴァル様の手を取りました。
魔法が上手く使えないことで不自由な思いを強いられていた私は、この国の外を見たいとずっと思っていました。
人生最初で最後の我儘に、短期間でいいので、他国に留学して見分を広めたいと、両親にお願いをしました。
一度も両親に何かをお願いしたことが無い私のお願いであったこと、王妃になった時に他国への留学経験があると箔が付くと考えた両親が、王家に打診をしてくれました。
これだけでも奇跡のような出来事だったのですが、なんと、現王妃様の母国である隣国への短期留学が認められました。
僅か、1ヶ月間でしたけれど。
学園の寮に入り、授業を受け、思ったのは・・・この国も同じなのか、でした。
そんな中、ある風変わりな先生の話を耳にしました。
魔法を使わない魔道具の研究をしているというのです。
私はほんの僅かな期待を胸に、先生の研究室を訪ねました。
先生の部屋は、どこか懐かしいもので溢れていました。
そして、私たちは意気投合し、先生に勧められるまま、研究レポートをいくつか書きました。
この世界でも簡単に再現でき、広まりそうな便利なものを。
粉を挽くための風車と水車。
低い川から高い用水路に水を上げるための水車。
地下から水を引き上げる手押しポンプ。
これらのレポートは直ぐ先生により商業ギルドに持ち込まれ、私の発明品として商標登録されました。
それどころか、私に発明者として販売価格の数十パーセントが入ることになると言われました。
しかしこれらは、もともと私が発案したものではなく、どこかで見聞きしたことがあるだけのものでしたし、これをきっかけに便利な世の中になってくれればとの思いから、最終的に1パーセントで妥協していただきました。
“ どこかで見聞きしたことがあるもの ”
そうなのです。
恐らく、この世界ではない、別の世界で生きていた記憶の欠片のようなものが、私の中にはあるのです。
故に、この世界が不自由に感じてしまうのです。
簡単に生活を便利にできる商品のレポートを更にいくつか書き終え、町を作る時には、区画を決めたら、まず下水道と地下空間を作ることを提案し、下水の処理方法をレポートにしたところで、留学期間は終わってしまいました。
授業で新しく学べたことは一切ありませんでしたが、先生と出会い、いろいろと話ができたことは、私の生涯の宝物になりました。
先生とお会いできたのはとても幸運でしたけれど、隣国も私が生まれた国と変わらず、魔法が上手く使えない者には、生きていくのが厳しい国でした。
留学は一ヶ月という短期間で終了し、私はまた窮屈な生活に戻ることになりました。
ただ、少し楽しみができました。
私は留学先の商業ギルドで口座を作り、そこに発明品が売れる度に入ってくるお金を貯めてもらっておくことにしたのです。
いつの日か、もしも私が自由になれる日が来た時のための資金が少しずつ増えていると思うと、留学前よりいろいろなことに耐えられるようになった気がしました。
私がパーシヴァル様の手を取った途端、外からバラバラバラバラという、記憶の欠片の中で聞いたことのある音が響いてきました。
パーシヴァル様にエスコートされ会場から外に出ると、そこには懐かしいと感じるヘリコプターが、空中に浮かんでいました。
(記憶の中のヘリコプターそっくりだわ。)
パーティー会場内は騒然としています。
この国では、空を飛べるのは鳥だけだと思われているからです。
魔法でも、未だかつて空を飛んだ人など、この国にはいないのです。
ヘリコプターからは縄梯子が降ろされ、パーシヴァル様が私を抱きかかえながらそれに掴まります。
「パーシヴァル様!お、落ちます!スカートの中が見えてしまいます!!」
「大丈夫です。クルーム国は科学が発達した国ではありますが、魔法が使えないとは言っていませんよ?」
とびっきりの笑顔で、パーシヴァル様は私にウインクしてきました。
物凄い破壊力です。
縄梯子はパフォーマンスのようです。
私たちは風魔法でふんわりと上昇していき、無事ヘリコプターに乗り込むことができました。
(この方は、ひょっとして魔法で空が飛べるのではないかしら?)
眼下にはこちらを指を指しながら、何かを口々に叫ぶ人々。
第一王子ライアンの横には、真っ赤な露出の高いドレスを着てライアンにしがみ付いているオルべリアが見えます。
「自分が浮気をしていたのに、貴女が魔法が使えないのを理由に婚約破棄をしようとしたんです。どうします?この国滅ぼしますか?戦闘用ヘリコプターなので、この国を焦土に変えられるくらいの爆薬は積んでいますよ?」
パーシヴァル様が笑顔で怖いことを言ってきます。
「婚約破棄できて、家から廃除されて、すべての柵から解放されて、私は今幸せなんです。冗談でもそんな怖いことを言わないでください。」
パーシヴァル様が楽しそうにクツクツと笑います。
「冗談だと分かってもらえて、良かったです。」
その黒い笑顔を見て、ちょっと早まったかもと思いましたが、現物を見てしまっては、科学のある暮らしやすい国であることを、信じるしかありません。
私はまだ見ぬ科学の国へ、思いを馳せるのでした。
そして、3年。
腹黒王太子パーシヴァル様に逃げ道を塞ぎ続けられた私は、明日、パーシヴァル様に嫁ぎます。
パーシヴァル様は国王となり、私は王妃になります。
王妃と言っても、名ばかりのものです。
科学が発達していて、魔法にも長けている国。
科学と魔法を組み合わせ、どこの国よりも平和で豊かな国。
万が一他国と戦争になったとしても、一瞬で勝利してしまうほどの戦力を持つこの国の名は、クルーム国。
国内には、私の記憶の中にあるコンクリートジャングルではなく、自然と調和した美しい街並みが広がっています。
おとぎの国と呼ぶことで、決して干渉してはならぬ国、存在しない国として扱われているため、他国との国交はなく、優秀な部下が揃っているから王妃としての仕事も特にないと言われたので、主婦兼家事便利グッズの製作に励む、ごく普通のお嫁さんでいいのでしたら、という条件でプロポーズを受けました。
魔法が上手に使えなくても、1人の人間として私を認めてくれたこの国で、私は大好きな人に愛される喜びを知り、幸せになります。
ちなみに。
論理的に確立された魔法発動のノウハウにより、私も立派な魔法使いになれました。
― 終わり ―