第4話 Listening
公爵様と食事をしてから数日が経った。
私は、最近では庭園の花壇に花を植えて育てることを楽しみにしていた。
どんな花が咲くのか、わくわくしながら水を上げるのが日課だ。
水を上げながら、食事の時に言われたことを考える。いや、あの食事の日から毎日ずっと考えていた。
『俺は、君が他の男性に心を向け愛人を作ろうと責め立てるつもりはない。先に伝えておくが、俺は君に愛情を求められても返すことはできないだろう。』
その言葉を何度も反芻する。
公爵様にいつか愛されたいという希望、夫婦として仲良くなりたいという希望、私の抱いていた希望は全てぐしゃりと崩れた。
私の両親はとても夫婦仲が良かった。
恋愛結婚ではないが、いつしかお互いを大切に思い、かけがえの無い存在になった。
そんな2人を見ていたので、いつしか私の夢は両親のような結婚生活を送るというものになっていた。
特別なところが一つもない平凡な私にとっての、ささやかな夢。
だけどそれも終わり。
そんな夢は叶わない。
「奥さま、お水は上げすぎても良くないんですよ。」
「え、あ。」
声をかけられ戸惑いながら手元を見ると、ジョウロの中の水は殆ど空になっていた。花壇には、水を上げ過ぎた為に水溜りが出来ている。
声をかけて来たのはジェラルだった。
「アレクセン様と食事をした時から、体のお加減はいかがですか? 良くなりましたか?」
「えぇ、良くなったわ。気にかけてくれてありがとう。」
ジェラルとはあの食事の時から顔を合わせるのは初めてだった。
私が自室に引き篭もりがちだったこともあるが、彼も忙しそうにしていたからだ。
「それは良かったです。」
ジェラルはニコリと笑う。
それにしても初めて見た時から思っていたがジェラルの顔は整いすぎている、眩しい。
サラリとした金色の髪に、中性的な顔立ち。もし女の子だと言われたらそれはそれで納得してしまう。だけど、声は確かに男性のものだし、体つきだって女性よりしっかりとしている。
私が、彼のような美しい容姿だったら。そんなことを思って少し気を落とす。
「聞いても、いいかしら。」
「はい、何でしょうか。」
私はジョウロを置いてから庭園のベンチに座り、ジェラルを隣に座るように促す。ジェラルは一瞬戸惑ったが、了承して隣に座った。
「公爵様には、心に決めた女性がいるのではない?」
私が問いかけるとジェラルは目を見開いて、それから首を横にぶんぶんと振った。
「そんな方はいらっしゃいません! アレクセン様は、恋人のような特定の女性を作ったことはありませんので。」
それはまた意外な話だ。
公爵様のことだ、周囲から好意を抱かれない訳がない。
私がまだ社交界へ積極的に出ていた頃も、公爵様はいつも女性に囲まれていた記憶がある。
「では、尚更なぜ私にあんなことを……。」
私がそう言いながら俯くが、すぐにジェラルが「でも!」と声を張り上げた。
「アレクセン様は、少なくとも奥さまを傷つける為に言ったのではないと、僕は思います。」
なんだか必死の形相で、彼が嘘をついて私を騙そうとしてる訳ではないということはわかった。
それから、私をどうにか元気付けようと言葉を選んでいることも。
「ありがとう、ジェラル。」
私はジェラルにお礼を述べると、彼は嬉しそうに顔を赤くして首をふるふると振る。
「さて、ガーデニングの続きでもやろうかしら。」
私は、ぐーっと伸びをしたあとベンチから立ち上がりジョウロを手に持った。
「僕もお手伝いします。」
ジェラルも立ち上がり近くにあったガーデニング用品を手に取る。
私は綺麗な花を咲かせる為、ジェラルを伴い再び花壇へと向かった。




