renniD 話3第
「アレクセン様、夕食の準備が整いました。奥さまは既に席に着かれていらっしゃいます。」
「そうか。」
ジェラルが俺を呼びに来たため、仕事を切り上げ席を立つ。
昼過ぎに妻であるティミリアが俺を夕食に誘った。そのため、今日は共に夕食を取ることに決めたのだ。
「良いですか、アレクセン様。余計なことは仰らないように。」
歩きながらジェラルが俺に釘を刺してくる。俺は眉を潜めて横目でジェラルを見た。
昼頃の嬉しそうな様子とは打って変わって厳しい態度に変わった。
相変わらず謎に起伏の激しい男だ。
「余計なこととは一体なんだ。」
俺が何か失礼に値することを言うとでも思っているのか、心外だ。
「とにかく、奥さまを傷つけるような発言の全てです。」
「俺はそんなことはしない。」
容姿批判、性格批判、俺は何もしてはいない。ジェラルはいつも口煩いのだ。
バタン、扉を開けてダイニングに入る。
椅子に大人しく座るティミリアの姿が見えた。いつもよりも華やかなドレスを着て、髪型も綺麗にまとめてある。
俺はその横を通り過ぎ、ティミリアに対面するように席に座った。
「待たせたな。」
「あ……いえ。」
ティミリアは頑なに目を合わせなかった。少し下を向いて俺の方を見ない。
地味だと思っていたが、良くみると可愛らしい顔立ちをしているのだなと初めてしっかりと対面して思う。
料理の1皿目が運ばれ、食べ始める。
ふむ、いつも通り美味い。
1皿目を食べている間、特に俺とティミリアの間に会話はなかった。
こういう時、世の夫婦とは一体どのような会話をしているのだろうか。
そんなことを考えている間に、料理は2皿目に突入する。
「公爵様は、日頃何をしていらっしゃるのですか?」
唐突に会話が発生する。
彼女は俺を公爵様と呼んでいるのか、もしかして俺の名前を知らないのだろうか。
それか、彼女の中でまだ名前を呼ぶに値しない仲だと思われているのかもしれない。
「仕事だ。」
呼び方に気が入って良く質問の意図を解釈出来ずに答える。
「それ以外では……?」
俺は一体何をしているだろう。
自身の行動を顧みるも仕事以外に大したことは思い浮かばなかった。
「こうして食事や睡眠を取っている。」
毎日仕事以外に行っていることを思い浮かべて、そのままティミリアに伝える。
突然、彼女が顔を上げた。
「そうではなく、趣味のことです!」
頬を膨らませながら、彼女のキッと強い視線が俺の瞳を捉えた。完全に睨まれている。
どうやら俺は返答を失敗してしまったらしい。
彼女は、すぐにまた元の様子に戻り下を向いた。
「あぁ、趣味のことか。」
ティミリアに指摘されて初めては俺は質問の意図を理解した。
中々察することが出来ないのは俺の悪いところだ。
「趣味かどうかはわからないが、散歩をするのが好きだ。」
「散歩……ですか?」
彼女の想像する散歩と俺のものは一致するのだろうか。
俺の可愛いペットのギンに乗り、色々なところを駆けていく。それが俺にとっての散歩だ。いや、それはギンが散歩をしていることになるのか?
「散歩、と言って良いのかはわからないが、近くの森へ出かけ狩猟を行ったりもする。」
「それは……楽しそうですね。」
あまり楽しそうだと思っていない表情だ。まぁ、女性が狩猟を楽しいものだと思っていないことは周知の事実だ。
男性が手芸を嗜まないことと同じだろう。
「何よりも爽快なのは森までの草原を駆け抜けているときだ。俺が使役する狼は、他のよりも数段早く駆け回る。」
俺がそう言うと、ティミリアはパッと顔を上げた。それは、先ほどの睨むような表情と違い、きらきらと輝かしいものだった。
狼、と俺が言った時に顔を上げたので、彼女はきっと狼という言葉に反応したのだろう。
「なんだ、狼に興味があるのか?」
俺が問いかけると、彼女はコクリと頷いた。それはいつもの小さい頷きとは違い、大きくハッキリとしたもので、彼女の意思のようなものを強く感じた。
「俺の狼は大きく美しいシルバーウルフだ。東洋の言葉でシルバーという意味のギンという名をつけている。」
彼女はそれを聞いて、目を伏せた。
それから穏やかに微笑む。
「きっと、とても綺麗なのでしょうね。」
そう言いながら俺をジッと見つめた。
ティミリアは、こんな風に笑うことが出来るのか。彼女の笑ったところを初めて見た。いつもの様子より笑っていた方がいい、と感じる。
妻のいつもと違う部分が見れたのだから、それだけで夕食を共にした甲斐があったな、と俺は内心思いながら愉快だと笑みを浮かべた。
「気になるのならば、今度共に散歩でもしよう。」
ティミリアは俺の提案に戸惑うように目 を泳がせ、それから伺うようにこちらを見て「はい」と小さく返事をした。
ティミリアは最初の時よりも随分と楽しそうに食事をする。美味しそうに食べ、3皿目をペロリと平らげていた。
細く見えるが良く食べるのだな。
ただ、こうして交流をすると、今まで考えなかったことを考えてしまう。
俺たちは紛れもなく夫婦になった、しかしその中に"愛"というものは存在していない。
普通なら愛し合い育み合う仲を、俺は築くことが出来ない。俺は他人から向けられた好意を返すことが出来たことも、誰か1人に特別な感情を持てた試しもない。
俺と結婚したことで、彼女の得るはずだった誰かからの愛情を彼女自身が諦める理由はない。
「君に確認すべきことがあるのをすっかり忘れていたな。」
「何でしょうか?」
ティミリアは食事の手を止めて、こちらをしっかりと見据える。
「恋人を作るつもりはあるか?」
「……は?」
俺からの質問が予想外だったようで、ティミリアは気の抜けたような声を出す。
「俺たちはお互い特別な感情を持っているわけではない。勿論、夫婦としての仲を保つことは大切だと思っている。しかしながら、そこに愛情まで求める必要はあるのだろうか?」
「仰る意味が、良く、わからないのですが。」
遠回しに言いすぎただろうか。
相変わらずティミリアは、こちらをジッと見つめている。
「俺は、君が他の男性に心を向け愛人を作ろうと責め立てるつもりはない。先に伝えておくが、俺は君に愛情を求められても返すことはできないだろう。」
世の中でも愛人を持つ貴族たちは多くいる。彼女がそうだからといって誰がそれを非難出来るだろう。そういう社会であり、何よりも夫である俺がそれを認めている。
少なくともこれは、最大限彼女を思っての進言だ。何も俺がそうだからだということではない。俺は感情が欠如した欠陥人間なのだから。
ティミリアは平然としながら料理を口に運ぶ。特に俺の言うことに何も言わなかった。
了承した、ということだろうか。
「ただ、公爵家の嫁として来たからには世継ぎを産んでもらう必要がある。すぐではないが、いつか夜伽を行うことは覚悟して貰いたい。」
ティミリアはこの言葉にも何も返事をしなかった。ただ、こちらをチラリと一度見てから一定のスピードで料理を口に運んでいくのみ。
視界の端でジェラルが般若の形相でこちらを見ているのが映った。
なぜだ、俺は伝えるべきことを伝えただけだというのに。
何より彼女にとって決して悪くはない提案だったはずだ。
「奥さま、顔色が優れませんのでお部屋の方で休まれますか?」
ジェラルがチラリとティミリアを見て、それから声をかけた。
ティミリアは小さく頷いて席を立った。
チラリと見えた顔は、青白く気分が悪そうだった。
「大丈夫か?」
「お先に、失礼します。」
こちらを見ることなくティミリアはそう言って部屋を出て行った。
早いペースで食事をしていたから、食べ過ぎたのだろうか? それとも、最初からあまり体調が良くなかったのか?
ティミリアを見届けたジェラルが怒りをあらわにしながらズンズンとこちらに歩いてきた。
「余計なことは仰らないようにと申し上げたはずです!」
「一体どこが余計なのだ、俺は必要なことを伝えたに過ぎない。」
なぜジェラルがそこまで怒っているのか、俺には全く理解し難かった。
ジェラルは何を言っても無駄だと言うように踵を返してティミリアの食べていた皿を持って去って行った。
"どうしてお前は人のことが考えられないの!!"
"お前は欠陥人間だ!!"
なぜ今、幼い頃に言われたことを思い出すのか、俺には良くわからなかった。