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公爵様、地味で気弱な私ですが愛してくれますか?  作者: みるくコーヒー


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第3話 Dinner

「奥さま、食事の用意が出来ました。」


 ジェラルが私を呼びに来た。

 初めての公爵様との食事だということで、レミーエは気合を入れて私を着飾った。


 勿論、外に出るほどのものではないが、それにしても家の中だというのに煌びやかすぎではないかと私は少し気になってしまう。


「あの、本当に変ではない?」

「えぇ! とってもお綺麗ですわ。」


 私が心配そうに問いかけると、レミーエは自信たっぷりに胸を張ってから「いってらっしゃいませ」と私の背中を押しながら部屋の外へと向かわせる。


「奥さまが席に着かれましたら、アレクセン様をお呼びいたします。」

「えぇ、わかったわ。」


 相変わらずジェラルは嬉しそうだ。

 ニコニコと笑いながら、私をダイニングへと連れて行く。


「公爵様は、私が伺ったあと機嫌を損ねていたかしら……?」


 私が問いかけると、ジェラルはキョトンとして、それから不思議そうな顔をして私を見た。


「なぜ、そう思われるのですか?」

「煩わしいと、思われたのではないかと。」


 私が伺った時、公爵様は常に無表情だった。

 いや、冷たく私を見ていたから機嫌を悪くしていたかもしれない。


 何度も訪問されては面倒だと私の提案を受けただけに過ぎないのではないか、と思わずには居られなかった。


「いいえ、公爵様はいつもと変わらないご様子でしたよ。」

「……そう。」


 ジェラルの答えに私は一先ずホッと息をついて安堵した。

 夫婦としては最悪の距離感である今を少しでも改善させたいと思っての行為だけれど、その行為が更に溝を生んでしまったのではないかと私を悩ませていた。


 これからは余り積極的に行動するのは避けるべきかもしれない。そうでなくとも"積極的"だなんて、慣れない行為だというのに。


 ダイニングに着き、私はジェラルが引いた椅子に座る。


「アレクセン様をお呼びいたします。」


 そう言ってお辞儀をし、ジェラルはダイニングを出た。


 結婚してから早くも1ヶ月が過ぎていた。その間私はここで1人で夕食を食べていたが、今日はやっと誰かと食事を共に出来る。


 待ち望んでいたけれど、緊張して仕方がない。


 バタン、と音がする。

 ダイニングの扉が開いた音だ。


 誰が入ってきたのかすぐにわかった。

 公爵様だ。


 公爵様は私の横を通り過ぎ、ピンと綺麗に伸びた姿勢でサッサと歩いて私の目の前の席に座った。


「待たせたな。」

「あ……いえ。」


 公爵様がこちらに目を向けて声をかける。

 対して、私は視線を合わせたらまた萎縮してしまいそうで少し下を向いて返事をした。


 それから、使用人が夕食の1皿目を私と公爵様の前に置く。公爵様と結婚してから毎日思っていたことだが、夕食の料理がレストランのディナーコースのようで驚いてしまう。


 私の実家もそれなりに豪勢であったはずだが比にならない。


 そしてどの料理も美味しくて毎日楽しみにしているし、ペロリと食べてしまう。このままでは私は肥豚になってしまうわ。


 そんなことを考えているうちに2皿目に突入する。

 未だ、私と公爵様の間に会話など無かった。私が食事に誘ったのだから、やはり私が話しかけるべきだろうか。だけど、正直何を話せば良いのかわからなかった。


 何より、私は公爵様のことが全くわからない。

 ……いや、それならば聞くべきことはたくさんあるはずだ。


「公爵様は、日頃は何をしていらっしゃるのですか?」

「仕事だ。」


 会話終了。

 もしかして、私と話すつもりなんてないという意思表示か何か?


「それ以外では……?」


 柄にもなくめげずに質問を続ける。

 折角、食事を共に出来たのだから少なくとも1つくらい彼についての情報を得たい。


 あぁ、かなり私にしては頑張っていると自分で自分を褒め称えたいところだ。


「こうして食事や睡眠を取っている。」

「そうではなく、趣味のことです!」


 私は公爵様のズレた回答に、ついムキになって反論してしまう。

 頬を膨らませながら、キッと公爵様を睨みつけるが、そこで我に返る。あぁ、やってしまった、と私は下を向いた。


「あぁ、趣味のことか。」


 公爵様は初めて合点がいった、という風に声を上げる。本当に尋ねていることに気付いていなかったの?

 いや、仕事が出来ると評判の公爵様がそんな惚けたことをするだろうか。


 そんなわけがない、きっと私の反応でも楽しんでいるのだろう。


「趣味かどうかはわからないが、散歩をするのが好きだ。」

「散歩……ですか?」


 公爵様がその辺りを歩いている様子があまり思い浮かばない。


 そんなことを考えているうちに2皿目が下げられ3皿目が出てきた。


「散歩、と言って良いのかはわからないが、近くの森へ出かけ狩猟を行ったりもする。」

「それは……楽しそうですね。」


 公爵様が狩猟を嗜む様子はすぐに想像できた。

 私はあまり魅力を感じなかったが、とりあえず肯定的な言葉を口にする。


「何よりも爽快なのは森までの草原を駆け抜けているときだ。俺が使役する狼は、他の狼よりも数段早く駆け回る。」


 狼、というワードを聞いた途端に、私はパッと顔を上げた。私は動物の類がとても大好きだ。特に大きくてもふもふしたものなんかはより一層。


「なんだ、狼に興味があるのか?」


 そう問いかけられ、私はコクリと頷く。


「俺の狼は大きく美しいシルバーウルフだ。ギンという名をつけていて、東洋の言葉でシルバーという意味を持つらしい。」


 大きく、美しい。シルバーウルフということは銀色の毛並みをした狼なのだろう。


「きっと、とても綺麗なのでしょうね。」


 公爵様は私の顔をジッと見て、それから弧を描くように口の端を吊り上げた。


 それが笑みなのだと、私は理解するのに時間がかかった。なぜなら、私は彼の笑顔を見たことが一度もないからだ。勿論笑っているということはわかる。

 それが意地悪いものなのかどうかの判断に時間がかかったのだ。結果、彼はただ楽しそうに笑みを浮かべていた。


 そして、無表情ではない公爵様はいつもより何だか美しく見えた。


「気になるのならば、今度共に散歩でもしよう。」


 笑みを浮かべながら、公爵様が提案してくる。

 まさか、そんな提案をしてくれるとは思わず私は目を泳がせた。それから小さく「はい。」と返事をした。


 何だか嬉しくなって、食べるスピードが少し上がる。

 3皿目をすぐに平らげて4皿目がやってきた。


 今日のメイン料理だ。

 肉料理で、見た目も美しいし、小さく切って口に運ぶと頬が落ちそうなくらいの美味しさを感じる。


「君に確認すべきことがあるのをすっかり忘れていたな。」

「何でしょうか?」


 公爵様が食事の手を止めて私に声をかける。

 私は、公爵様に少しだけ慣れて声を震わすことなく返答することが出来た。


「恋人を作るつもりはあるか?」

「……は?」


 公爵様の言ったことがよくわからず、私は間の抜けた声を出してしまう。


「俺たちはお互い特別な感情を持っているわけではない。勿論、夫婦としての仲を保つことは大切だと思っている。しかしながら、そこに愛情まで求める必要はあるのだろうか?」

「仰る意味が、良く、わからないのですが。」


 再び声が震えるのがわかる。

 心臓はドクンドクンと音を立てている。


 公爵様の真意を聞くのが怖い。

 私の少しの希望さえもガラガラと音を立てて崩れてしまいそうだ。


「俺は、君が他の男性に心を向け愛人を作ろうと責め立てるつもりはない。先に伝えておくが、俺は君に愛情を求められても返すことはできないだろう。」


 ヒュッと喉が音を立てた。


 私は公爵様に何も言えなかった。

 だけど、全てを自分の中で解釈することが出来た。


 公爵様が私に愛情を注ぐことはない。

 だから、その役目を他の男性に押し付けようとしている。


 もしかして、彼の愛情は既に他の人に向いているのだろうか。その人とは何かの事情で結婚が出来なくて、だから形として公爵夫人を置くために私と結婚した?


 私は平然を装うために、震える手に力を入れて料理を口に運んだ。


 味がしない。


「ただ、公爵家の嫁として来たからには世継ぎを産んでもらう必要がある。すぐではないが、いつか夜伽を行うことは覚悟して貰いたい。」


 そんな覚悟、嫁いで来る時に既にしていたというのに。それを無下にしたのは貴方だというのに。


 文句の1つでも言ってやりたいのに、私は何も言えずにただ料理を食べる事しかできなかった。


 味のしない料理。

 ただ口の中に運ばれて、喉を通るだけ。


 今、私は一体何を食べているんだっけ?


 食べたくない、そう思ってしまって手が止まる。

 いつも楽しみにしているデザートも今日ばかりは運ばれてくる前に要らないと感じてしまう。


 この時間が早く終わって欲しい。


「奥さま、顔色が優れませんのでお部屋で休まれますか?」


 ジェラルに声をかけられ私はハッとする。


 心底、心配そうなジェラルの顔が目に映った。

 私は小さく頷いて席を立つ。


「大丈夫か?」


 公爵様の心配そうな声が飛んできた。

 だけれど、公爵様の姿を見たくなくてそちらに目は向けなかった。


「お先に、失礼します。」


 私は喉から声を振り絞って、やっと出て来た言葉を伝えてからダイニングを出る。


 ダイニングの外にはレミーエがいて、私を支えながら部屋に連れて行ってくれた。


 私は、ただただ心が締め付けられていて、辛くて仕方がなかった。どうにか部屋までは涙を堪え、部屋で1人になった途端に涙がどっと溢れた。


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