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公爵様、地味で気弱な私ですが愛してくれますか?  作者: みるくコーヒー


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eucseR 話71第

「ティミリアがここに?」

「ここに、ロベルタ公爵夫人は辿り着いたと我々は判断した。」


 騎士団から連絡が入り、俺とジェラルは急いで向かった。

 そして辿り着いた場所は街外れの森の中にある、今は使われていない小さな小屋だった。


 普通であれば、短時間に彼女は歩いて辿り着くことは不可能な距離だ。

 足場の悪い道が多く、下手をしたら怪我をしてしまいそうだ。


 だが、そんなことより大事なのは彼女が本当にこの中にいるか、いないか。


 そうして、俺の連絡にすぐに動いてくれた騎士団の総司令官であるホーンベール伯爵は、この小屋に彼女がいると断定した。


 ランが友人で良かったとこれほどに感謝する日が来ようとは。


 雑念を考えている暇はない。

 ティミリアをすぐにでも救うことが何よりも先決だ。


 しかし、少しだけ不安も感じていた。

 もし、この扉を開けた先に誰もいなかったら?


 不安を感じつつも俺は小屋の扉へと足を進める。扉の前に立ち、すぅっと息を吸い込んでからバンッ! と扉を開いた。


 暗く小さな埃のかぶった部屋の中に、椅子に縛り付けられた女性とナイフを持つ男性が見えた。


 俺は女性の顔は見えなくても、それがティミリアなのだと何故だか理解することが出来た。


 男はこちらを見て目を見開き、ぐしゃりと顔を歪ませた。

 それがネイト侯爵だとわかるのに時間はかからなかった。


「そこまでだ。」


 もう観念しろ、というようにギッと睨む。


「なぜだ、こんなに早く見つかるはずが……。」


 俺の登場が予想外だったようで、ネイト侯爵は目を泳がせている。


 今、自分が動いてしまったらティミリアが危ないかもしれない。俺はどう動くべきなのか思考を巡らせる。


 そして迷っているときに、ガン! とティミリアがネイト侯爵の足を蹴った。それによりティミリアは椅子ごとガタリと床に倒れる。


 ティミリアがそんな行動が出来るのかと思いつつもこのチャンスを見逃さない。


 俺は怯んだネイト侯爵に向かって行き、ナイフを持つ手をガッ! と蹴った。

 それによりナイフが手から落ち、ネイト侯爵は無防備になる。

 俺の後ろにいた騎士たちがバタバタとネイト侯爵に駆け寄り、すぐに彼を捕らえた。


「くそッ!!」


 ネイト侯爵は声を上げながら騎士たちから逃れようとするが、全くそこから抜け出すことは出来なかった。

 恨めしそうにこちらを睨んでくるが、こちらも怒りを込めた視線送ると、悔しそうに視線を逸らした。


 所詮はその程度なのだ。

 俺の睨みに視線を逸らしてしまうような男なのだ。


 腹立たしい、そんな肝の小さい男が俺の妻に手を出し傷つけようとは。


 それから俺はすぐさま彼女を助けるべく駆け寄った。どこも怪我をしていないか、無事でいるのか心配で仕方がない。


 椅子を起こし、彼女の顔が見える。

俺の顔を見て強張った顔が安心したように見えた。


「アレク様……。」

「ティミリア、怪我はしていないか?」


 俺は彼女を縛る縄を急いで解く。

 中々硬くてすぐに外れず、ネイト侯爵の持っていたナイフを拾い上げ縄を切った。


「とにかく、無事で良かった。」


 ティミリアと対面して自分の中で安堵するのがわかった。

 彼女は無事だった、こうしてここにいる。間に合わなかったらどうしよう、と最悪の事態を考えてしまっていただけに、顔を合わせることが出来たのが嬉しくて堪らない。


 今すぐに抱きとめたいが、彼女はまだ俺を許していないということを思い出してグッと堪えていた。


 しかし、彼女は俺に対して怒っていたことなんて嘘のようにギュッと抱きついてくれた。


「私、アレク様に助けに来て欲しいって、願ってたんです。」


 その言葉を聞いて、反射的に抱きしめ返していた。


 俺の助けを待っていてくれた、その事実がただただ俺の気持ちを高揚させる。

この気持ちを、どうしたらいいだろう。


 今更、彼女に拒絶されてしまったらという恐怖すら覚える。

 だが、俺は彼女ときちんと話をしなければならない。そうしなければ、俺たちは少しも未来(さき)へは進めないだろう。


 抱きしめていた彼女から離れ、真剣な表情を向ける。


「外に馬車を待たせてある。家に帰る前に必ず病院へ行ってくれ。それから……話をしよう、俺たちの家で。」


 ティミリアは俺の目を見つめて、そして力強く頷いた。彼女も何か決心をしてくれたように思えた。


 ティミリアは、小屋の扉へ歩き出すがすぐに止まって不安そうな表情で振り向いた。


「アレク様は、私と一緒には来てくれないのですか?」


 ティミリアは俺が一緒に行くことを望んでいるみたいだ。しかし、俺はまだここを離れるわけにはいかない。


「俺はまだ、やるべきことがある。」


 ネイト侯爵に一瞬視線を向けると、ティミリアは不安そうな表情は変えなかったが「わかりました。」と返事をして、理解しているのだということを示した。


 ティミリアが小屋を出ていくのを見届けてから、ネイト侯爵に向き直る。


 さて、このどうしようもない男をどうしてくれよう?


 ネイト侯爵は俺と一切目を合わせようとはしなかった。ここで強気に出ていたのならば、俺もその心意気だけは買ってやったというのに。


「俺が何も知らないとでも? 随分と舐められたものだ、ロベルタの名をそんなにも軽んじられていたとは。ティミリアに軽々しく近づき傷つけた罪は重いぞ。」


 何も言わないネイト侯爵の首にナイフを突きつける。侯爵はゴクリと唾を飲み込み、顔をこわばらせる。


「お前が、お前が僕の人生を狂わせた! その報いを受けるのは当然のことだろう!!」


 やっと言葉を発したと思ったら、謝罪ではなく何とも身勝手な言葉とは。


「ほう、それが理に叶っているのならば貴様に謝罪をしてやろうではないか。さぁ、述べてみろ。人生を狂わせた、というその事象を。」

「もう何年も前のことだが、忘れたとは言わせないぞ! 王族が諸外国の要人を招いた記念パーティーで、俺は要人の受け入れを担当することになっていた! その重大な役目を担うはずだった! だが、お前がその役目を奪ったんだ!!」


 ネイト侯爵の発言を聞き、俺はすぐに喉元に蹴りを入れた。

 目の前の男はゴホッと咳き込み嗚咽する。


「どうやら貴様の記憶は随分と捻じ曲げられているようだ。誰に唆されたのか知らないが、その仕事は元々ロベルタ家が担っていたものだ。一時、父上が亡くなったことで仕事が流れかけたが俺が引き継ぐこととなった。さて、一体どこに貴様の入り込む余地があると?」


 ネイト侯爵は俺の言葉を聞き絶望する。


 では、一体自分は何を憎んでいたのかと、そもそも評価されていなかったのだと、現実を突きつけられたのだ。


「それで、お前の大したことのない事象が俺の妻を傷つけて良い理由になるのか?」


 ネイト侯爵に詰め寄ると、向こうは「ひっ!」と小さく悲鳴を上げながら後ずさる。


 これでは俺が悪者みたいではないか。

 だが、少しだって容赦をするつもりはない。


 じりじりと逃げ場をなくし、遂に侯爵は部屋の隅の壁に辿り着いた。もうこれ以上後ろへは下がれない、逃れる場所もない。


「どうだ、答えてみろ!」


 ガンッ! とネイト侯爵の顔の横の壁を足で蹴る。すると、侯爵はびくりと体を震わせた。その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。


 所詮は小物だったという話だ。

 これだけのことでこんなにも恐怖し、怯え、醜態を晒すのだ。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい。」


 侯爵は小さくなって、ひたすらに謝罪の言葉を口にする。


 あぁ、どうせなら最後まで威勢よく悪人を貫いていれば良かったものを。


 全てに怒りを感じる。

 憎たらしいこの男にも、そして自分にも。


 元はといえば俺が悪いのだ。

 ティミリアを傷つけてしまった俺が。


 そう考えているうちに机の上の紙に目がついた。目を凝らすと、そこには『遺書』と言う文字が見える。


「なんだ、これは。」


 ぴきりと額に血が上り、血管が浮かぶ。急いで封を切り中を見ると、確かにティミリアの字で遺書が書かれていた。


 俺が行った彼女への酷い扱いによって命を絶つと言う内容だった。


 勿論、彼女に自殺の意はない。


 これは自殺をしたという偽装工作の完全なる証拠であった。

 歩くには難しい距離を無理に歩かせ、そして殺そうとした。それだけでも罪深いというのに、この男は彼女の尊厳さえも踏み躙ろうとしたのだ。


 許せるわけがない。


 俺は剣を手にザッザッとネイト侯爵に近づき、そして思い切り足に剣を突き刺した。


「ぎぃあぁああああああッ!!」


 ネイト侯爵の断末魔のような悲鳴が響く。


 足一本、そんなもの何の償いにもならない。


「貴様がどれだけ画策しようと、ロベルタ家の全てを使って必ずや極刑に処す。アレクセン・ロベルタを敵に回したこと、ティミリアを騙し傷つけたこと、後悔させてやる。覚悟するんだな。」


 ガッと侯爵の足から剣を抜く。

 それと同時に騎士たちが両脇を固めて連行していく。


 オルギス・ネイト、1人の愚行でネイト家は没落するだろう。そして、その愚行は醜態にさらされ、歴史の中に残される。


 滑稽なことだ、だが足りない。


「アレク様、侯爵の処罰は僕にお任せください。必ずや、苦しんで苦しんで殺してくれと懇願するような、そんな処罰を、彼に。」

「ふむ、任せてやろうではないか。」


 ジェラルの提案を許可して、俺は薄暗い小屋の外に出る。


「それにしても、彼はどこまでもアレク様に執着していたようですね。厳密には、アレク様の地位と名声に。」

「馬鹿な男だ。」


 ジェラルの言葉に、俺は吐き捨てるようにネイト侯爵の背中を見ながら応答した。


「仮にネイト侯爵の作戦が成功して俺を陥れたところで、彼が俺の地位につけることなどはない。大方、俺を敵視する貴族連中に唆されたのだろう。権力に縋り付くものは堕ちやすいのだ。」


 馬鹿で、そして哀れな男だ。


「ただ、僕は疑問があるのです。ネイト侯爵はどうして奥様の居場所がわかったのか。」

「簡単なことだ、アン・ボニーだよ。」


 ジェラルは「えぇ!?」と目を丸くする。リージョン家の使用人の中にネイト侯爵のスパイが紛れ込んでいたと思っているのだろう。


 しかし、それは違う。


「アン・ボニーは、ただ自身の大好きな主人の幸せを願っただけの可哀想なメイドだ。きっとリージョン家はクビになるだろうが、大きな処罰は受けないだろう。ティミリアも、それを望まないはずだ。」


 アン・ボニーはティミリアとネイト侯爵が手紙のやりとりをしていることを知っていた。彼女は2人が親密な関係なのだと思っていたことだろう。


 そして、ネイト侯爵はアン・ボニーに近づいた。大方「ロベルタ公爵が無理矢理にも僕たちを引き剥がした。愛しいティミリアと少しでも話したい」なんてことをペラペラと話し、情にでも訴えかけて丸め込んだはずだ。


 そうして、アン・ボニーはティミリアを彼の指定した場所へ連れて行ったというのが俺の推理だ。


「アン・ボニーがすぐに話さなかった理由は何でしょうか? 彼女が全てを話せば、わざわざ僕たちが奔走する必要はなかったはずです。」

「ネイト侯爵が金を握らせていたんだ。無理矢理なのか、嬉々としてそれを受け取ったかどうかまでは分からないが。」


 金を受け取ってしまった手前、下手なことを言えば自分が逮捕され処罰を受けてしまう。

 その恐れから、彼女は真実を言えなかったのだろう。


「正直そんな細かな事情、俺にはどうだって良い。彼女が無事で俺は心底安心しているし、彼女を傷つけたネイト侯爵を許しはしない。それだけの話だ。」


 俺はそれだけ言って歩き出した。

 ティミリアの元へ向かうために、彼女と話をするために、彼女に全てを話すために。


 彼女に"愛"を伝えるために。


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