noitcudbA 話61第
「ティミリアが、いなくなった?」
その知らせを受けたのは、俺がティミリアの家へ訪問しようと支度を始めた時だった。
彼女の家に通うことは既に日課のようになっていて、だけれど未だに会話を交わせずにいた。
「奥さまは侍女と共に街に出ていたようです。侍女が冷菓子を買いに行っている少しの間に消えてしまったと。」
「捜索はどうなっている。」
「リージョン家が騎士団に伝え、従者と騎士たちで街中を捜索しているようです。」
リージョン伯爵家はティミリアの実家である。彼らは事態がわかってすぐに動いた上で俺に連絡を入れたのだ。
正直、もっと早く連絡を貰いたかったが、妻に出ていかれてしまった身なので家族からしたら信用できないということだろうか。
「大方、見当はつく。」
「ネイト侯爵ですか?」
「そうだ、それ以外に誰がいるのだ。」
いつ彼が動くか心配で仕方がなかった。
彼が動く前にティミリアに戻ってきて欲しいと思っていたが、上手くいかなかったみたいだ。
「俺たちもすぐ捜索にあたるぞ。騎士団に連絡しているなら、総司令官も協力してくれるだろう。」
俺とジェラルはすぐに公爵邸を出てティミリアの捜索を始めた。
彼女が消えた場所で捜索、聞き込みをした結果揃ってひとつの回答が得られた。
"ネイト侯爵と共に歩くティミリアを見た"
正直、意外だった。
ティミリアに何かあったとき、最後にネイト侯爵といたと誰かが証言したら不利になる。
では、なぜ彼はわざわざティミリアと一緒にいた? それを周囲にわかるようにした理由は?
「ネイト侯爵と奥さまは、街中で分かれたそうです。」
「ティミリアは1人でどこかへ失踪した……ネイト侯爵はそう思わせたいみたいだな。」
ジェラルの報告に俺は自信を持って考えを口にする。
側から見たら彼女がただ姿を消しただけに思えるが、ネイト侯爵がティミリアに接触していたという今までと俺に対して何らかの恨みのようなものを持っているという事実がネイト侯爵による犯行であると断定させる。
「早くティミリアを見つけなければ……何か、何か手がかりは無いだろうか……?」
俺はタンタンタンと足を鳴らしながら考える。1分1秒が運命を変える、そんな気がしてならない。
「奥さまは路地裏に消え、ネイト侯爵の足取りも追えませんでした。アレクセン様、奥さまは自ら歩いていたのです……本当にネイト侯爵は関係しているのでしょうか?」
ジェラルの言葉に、俺はキッと鋭い視線を向ける。
「それでは何だ? ティミリアは自ら行方をくらませたと?」
「お、お言葉ですが! 奥さまはとても悲しみ塞ぎ込んでいらっしゃったのです!」
「だから何だ?」
ジェラルの怒りを込めるように言い方に俺もきつく言葉を返す。
「ティミリアは全てを放って逃げ出すほど弱い女性ではない。彼女は、葛藤しながらも真っ直ぐぶつかってくる、そんな女性だ。ジェラルはティミリアが逃げるような弱い女性だと思っているのか?」
俺の問いかけにジェラルはハッとした表情をする。それから、ぶんぶんと首を横に振った。
「ならば考えるのだ、ネイト侯爵が一体どこに彼女を隠しているのか。」
侯爵邸? いや、それはない。
姿を見せることはしても、決定的な証拠は残したくないはずだ。
路地裏で雇ったゴロツキに拐わせた?
いや、それなら何かしらの目撃証言があるだろう。
だったら他にどこがある?
俺たちが見つけ出せない場所だ、突飛だと思えるような場所。
「アレクセン様、奥さまは自分で歩いて行方をくらませたんですよね?」
「そうだ、ネイト侯爵と歩いていたという証言がある。」
「その"歩いていた"というのがどうも引っかかるんです。」
ジェラルは腕を組み、うーんと考え込む。どこか引っかかるような点はあっただろうかと俺はあまり良くわからなかった。
「だって、奥さまがネイト侯爵と並んで歩いていたことやその後別れて自分で歩いてどこかへ行ってしまったから、簡単に言えば家出なのではないかという疑問は無くならないわけですよね?」
「あぁ、そうだな。」
「もしも、忽然と消えてしまったら拐われたと断定したわけですよね?」
俺はコクリと頷いてからジェラルの言いたいことに気がつき、ハッとした。
そうだ、ネイト侯爵はティミリアを見つけて欲しくないわけではないんだ。すぐに見つけられたら困る、というだけなんだ。
ティミリアの足でこんな短時間にどこかへ行くにはそんなに遠くないだろう。
そんな勝手な予想で捜索範囲は狭まっているが、もしも彼女の意思とは全く関係なく歩かされていたら? どんなに足が痛くても怪我をしても歩くようにされていたら?
例えば、催眠をかけられていたら。
「ジェラル、騎士団へ連絡し捜索範囲を広げて人目につかないような場所がないか探すんだ。休まず歩いて辿り着けるような場所を。」
「はい!!」
俺が命令をするとジェラルはすぐに動いた。
待っていてくれ、ティミリア。
俺が必ず君を助ける。
そして話をしよう。
俺の思いを全て伝えよう。
俺はもしかしたら、君に"愛情"を抱いているかもしれないんだ。




