第2話 Invite
あぁ、今日こそ言おう。
そう心に決めてから、もう裕に1時間は経過していた。
先日、夕食を共にしませんか? という一言が出て来ず撃沈してしまった。
夫婦で一度も営みがないことはまだ良い。いや、良くはないけれども。
しかし、一度も食事をしたことがないということは大問題ではないだろうか?公爵様は何も思わないのだろうか。
とにかく、向こうが何もしてくれないのならば私が勇気を出す他にこの最悪な状況を打開する道はない訳で。
だけれど、私の勇気は一向に出て来なかった。振り絞っても出て来なかった。
また言葉が出ず、公爵様に退出命令を出されてしまう未来が見える。
ただ、1つ褒めるべきことがある。
公爵様の執務室の前までは辿り着いていることだ。ここまで来るのに勇気を振り絞りすぎて、中に入る勇気まで残っていなかったのだろうか。
扉の前で行ったり来たりを永遠に繰り返していた。ここに着いてから既に10分は経過している。
いや、今日はやめよう。
壁と壁の間を数えきれないほど往復したところで、私は諦めて踵を返す。
その時、ガチャリと扉の開く音が聞こえた。
「先ほどから足音が聞こえていたが、俺に何か用か。」
淡々とした声が私に投げかけられる。
振り向くと公爵様が扉を開けて私をジッと見ていた。
公爵様の青色の瞳が一直線に私に突き刺さっている。
「あ、あの、あの、わたしっ。」
気が動転して、私は言葉を詰まらせながらも声を発した。
言うなら今しかない、言うなら今しかない!
心の中でそう反芻しながらも中々言葉が上手く出て来なかった。公爵様は未だ何も言わずに私を見つめている。
「わ、わたしっ、あの、夕食を一緒に!!」
焦りすぎて声が大きくなってしまう。
公爵様は私の声に驚いたのか、一瞬目を丸くした。それからまた冷たい視線を私に向けた。
「どうかと、思いまして……。」
付け加えるように私は小さく言葉を口にする。
それから内心で失敗したと思い、恥ずかしくて顔が真っ赤になるのを感じた。
「ふむ……。」
公爵様は顎に手を当てて考えるような素振りをした。
「食事か、それも良いな。では、本日は共にするとしよう。」
公爵様はそう言うと、バタンと扉を閉めて再び執務室に籠った。
緊張が解けて、力が抜ける。
壁に手を触れて自分を支えた。
まさか、公爵様が出て来ると思わなかったし、あんなにあっさりと私の提案を受け入れるとも思わなかった。
緊張が解けた後もバクバクと心臓が鳴っているのがわかる。心を鎮めるために、私はゆっくりと深呼吸をした。
少しずつ心が落ち着いてくる。
そうして感じる嬉しさ。
ついに公爵様と食事を共に出来ると思うと、明るい感情が湧き上がって来た。これが夫婦としてのスタートになるかもしれないのだ。
「奥さま、大丈夫ですか?」
目の前に人影が現れて私に声をかける。
公爵様の従者であるジェラルだ。
「えぇ、少し力が抜けてしまって。」
私がそう言うとジェラルが私に手を差し伸べた。
「宜しければ私の手をお使いになって下さい。お部屋までお連れいたします。」
「あ、ありがとう。」
私は躊躇いながらもジェラルの手を取る。彼は私を支えながらゆっくりと歩いてくれた。
「アレクセン様と何かお話でもなさいましたか?」
「あ……夕食を、一緒に取ることになったの。」
簡潔に先程の出来事の顛末を伝えると、ジェラルは「そうですか!」と嬉しそうに笑った。
やっぱり、従者からしたら夫婦仲が悪いなんてやりづらいよね。
自室に着き、別れ際にジェラルが「夕食前にお迎えに参ります。」と嬉しそうに言ったので、私は小さく頷いた。